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【完結】孤独な狼は愛を返す:たとえ惨めに打ち捨てられても、貴方のために祈ります  作者: 日室千種
 

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聖女をこちらへ


 それとこれとは違うのだ。温情ではない。解放も望まない。むしろ叩きのめしたい。だが、その過程をないがしろにしては、決してならない。

 それをしてしまえば、その人間は、今の国王へと一歩近づいてしまう。


「……個人的には、いますぐ首を捻じ切ってしまいたいですが、私は専門ではない。罪を裁くのは、裁く資格をお持ちの方にお任せするのがよいでしょう」


「オルヴェルト殿下こそ、裁く立場のお方でしょう。今は国王代理のお立場だ」


「法に則れば、本来国王陛下だとて、その立場にはありません。

 殿下の側近として発言に気をつけられよ、カークス殿殿下には、陛下同様、法など守る意志がないのだと、そう受け取られるぞ。――それとも、それで良いと殿下がおっしゃるのか」


「テセウ、それは差し出口というものだ」


 抑えた声での激しい応酬は、オルヴェルト王子の手がわずかに上がっただけで終わった。


「どちらにせよ、奴らは罰を受ける。であれば、牢に入れておくのが面倒がない。テセウ、取り調べたいのであれば、取り調べの手配をせよ。

 それより、聖女をこちらへ」


 そこで初めて、テセウが言葉に詰まった。


***


 長兄の靴の先が、横を向いたのを、アミナはぼんやりと認識した。アミナとオルヴェルト王子とを見比べでもしているのだろうか。


「アミナを、殿下に、ですか」

「そなたは職務へ戻れ。医薬局は王都の外に一度のみ医務部隊を送り出すことを認める。速やかに整えよ。聖女の祈りが途絶えたのだ。怪我人が溢れる。――用意は、あるはずだ」


 テセウが返答を迷っている。

 アミナはぐっと痛みを堪え、兄から体を離した。見下ろしてくる、自分とよく似た黄茶色の目を、しっかり見返してみせた。


「お兄様、行って。お兄様にしかできないお仕事もあるでしょう?」

「しかし」

「家族が道を選んだら、信じて、見守るんでしょう? 私も兄様を信じてる。門を閉めてるってことは、よくない状況なのよね? 私の祈りが、うまくいかなかったのかしら。わからない。でもね、兄様が次の砦よ。誰が怪我をしても、助けてあげて。門の外も、見捨てないで。

 ……ルード様を、たすけて」


 最後は囁くように言う。テセウは目を見開いて、それから、見たこともないほど眉を下げた。ルーディウスへの想いを諦めきれない妹を、不憫に思ったのだろうか。

 一瞬のことだった。テセウはすぐに表情を改めると、オルヴェルト王子に向き直った。


「承りました。殿下、アミナのことをお任せします。どうか……」


 頭を下げ、そっとアミナの背に手を添えて押し出す。

 よろりと踏み出したアミナへと、側近の男が手を差し伸べた。顔は知っている。歴史ある侯爵家の子息のはずだ。


「私が」


 だが、その手がびくりと固まったのを、アミナは不思議に思い、視線を巡らせた。

 男も、テセウも、目を見開いて、男の肩を掴むオルヴェルト王子の手を見つめていた。

 オルヴェルト王子自身も、ほんの一瞬、動きを止めたように見えたのは気のせいか。


「そうかお前は我が従兄弟でもあったな」

「……はい、私は確かに、殿下のお母君の弟を父に持ちます、が、それがなんと」

「よい。お前に非はない。すべて王家の業よ。……今は聖女が弱っている。私が運ぶ」


 交わされる会話にテセウはかすかに眉を寄せていたが、王子に促されてはそれ以上止まることができない。無事に取り戻した妹の手を、冷たく美しい主筋の王子の、剣を握る大きな手に託すと、踵を返して大きな歩みで立ち去った。

 そこにいかほどの断腸の思いがあったかは、アミナには読み取れなかった。


 アミナの手をとったオルヴェルト王子は、そのまま一歩距離を詰めて長身を屈めると、膝裏をすくい上げて抱きかかえた。


 急に視界が高くなり、わずかに見下ろす位置に絹のような金の髪と硬質な美貌の横顔があったので、アミナはさすがに慌てて仰け反った。だがアミナの反応など気にもとめず、オルヴェルト王子はさっさと歩き始める。人ひとりを抱えていると思えないほど、安定した動きだが、歩くたびにアミナの上半身は揺れて、たまらず、アミナは片手を遠慮がちに広い肩に置いた。


「で、殿下」

「耳元で喋るな」

「だ、だってそれは」

「腕が痛むのであれば、こうして抱えるほかなかろう。黙っておけ」


 途中指示を出すのを聞いて、向かう先がオルヴェルト王子の宮だと察したアミナは、知らず、ほっと息をついていた。おそらく、いつもの部屋に連れていかれるのだろう。

 牢ではないことに、ほっとした。あの恐ろしい地下牢に比べれば、天国といって良い。よほど安心できる場所だ。


 歩くたび、あるいは曲がり角を曲がるたびに、王子の肩に力が入ったり抜けたりするのが、厚手の布地越しに手に触れた。脇や片腿の密着したところから、鍛えられた体の高い体温が、じわじわと伝わってくる。

 いつもは手を乱暴に引かれる程度の距離までしか近づいたことがないので、普段はどうかわからないが、高貴な男性につきものの香水の匂いは、まったくしない。戦中のために省いているのかもしれない。かわりに、馴染みのない男性の匂いの気配がする。

 不思議と、あらゆる感覚が不快ではない。

 どころか、どことなく懐かしく思って、アミナは不思議だった。



全体を見直して、あまりに説明が乏しかった前半に、説明を追加しました。

エピソードも話の流れも変更はありません

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