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ゴスロリ少女と一期一絵  作者: だいふく丸
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【第一話】【3】

【第一話】【3】


 午後十時、日暮里駅構内――。

 ――変じゃないよな、これ……?

 店の窓ガラス前に立つ英郎は、どこぞのむらで買ったカーディガンと重ね着風のチェックシャツに紺のデニム、そしてループタイの服装を気にしていた。

 しきりに金具の位置を気にする高校生を、ガラス越しから女子大生店員がクスクス笑っている。 「これからデートか。別れろ!」そんな風に。

 だが、彼自身はそう思われているとはつい知らず、昨夜を思い返す。

 ――電話主の鳥海シェリは、

『朝一〇時、日暮里駅内の花屋前にきて』

 とだけ彼に告げ、電話を一方的に切ったのだ。

 バイトの内容はちっとも教えてくれず、もしかしてデートのお誘い、そんな淡い希望に胸が躍るも、夜が明けると、

『ループタイとか、おじいちゃんじゃん!』

 と、今朝帰宅した母親に服装をいじられながら、彼は約束の場所にきていた。

 ――だけど、三万で一回デートって……レンタルDK? JKじゃなく?

 絵を見て俺を知ったって……やっぱ、ニセ札の依頼かな?

 もしかして、三万円はニセ札? 作らせて試しに使わせる的な?

 じゃあ、彼女の正体はどこかの組長の娘とか……ありえるじゃん。 

 手ごろな男子高校生をスカウトして、実は闇堕ちさせる半グレの幹部とか!

 なんと恐ろしい! 見た目はロリっ子巨乳なくせして、実は闇の住人かよ!

 しかも、JKでゴスロリカフェを経営するコスプレギャングだったら……?

 それはそれで小説の題材には……すごくイイ!

 小説家志望ともあり、想像力豊かな彼の右肩をトントン、一人の少女が叩いた。

「ごめん、待った?」

「うわっ、ゴスロリギャング!」

 英郎は声を出して驚いた。黒縁メガネ、黒のブラウス、黒のスカート、さらには黒のタイツと黒のローファー、締めに黒のトートバックを右肩にかける、真夏なのに全身ゴスロリファッションの鳥海シェリがいたのだ。

 ムスッ! 

 失礼な第一声は、少女を怒らせたようだ。敵対心あらわに吐き捨てる。

「おじいちゃんファッションのくせに!」

 口をすぼめてループタイを指さした。母親のいじりを思い出す。

「お、おじーちゃんじゃない! こーいうオシャレだし!」

「フン」鼻で笑われた。

「フンってなんだよ! 怪しい組織ファッションに言われたくない!」

「そんなファッションないもん。バカじゃんっ!」

 グサリ、三日ぶりの『バカ』発言はキレ味抜群だった。

 これには彼がムスッ! 

「そんなこと言うなら帰るよ?」

 あくまで俺の方が立場は上です、と頼まれ側の権利を発動させたとき、シェリは淡々と告げる。「もう、お金振り込んだから。帰るなら叫ぶから」

「叫ぶのはやめましょう」トラウマが蘇りつつ、「振り込んだって、俺の口座に?」

「うん。昨日教えてくれたから。前金として振り込んだの」

「え、いつ?」

「さっきだよ」

「どこで?」

「駅前のATM」

「マジかよ」

「マジだよ、ボーナス込みで十万」

「……ありがとうございます♪」

 英郎は丁重に頭を下げた。昨夜の電話で、シェリは彼の口座を聞いていた。

『直接渡すのはアレだから、口座に振り込みたい』

 全ては前金によって拘束するためで、彼は彼女の口車にはめられたのだが、そこまで彼は考えていなかった。少女もそれ以上は何も言わず、くるりと回れ右で、池袋方面のホームへ歩き出す。

 ここで帰ることはできる。構内のATMで前金を返すこともできる。

 だが、モヤモヤする。男のちいちゃなプライドかもしれないが、大金に目がくらむ。

 ……行くだけいくこう! 何のバイトかも気になるし!

 本当は小遣いが欲しいのだ。あと、夏休みは基本暇人なので、刺激がほしかった。

 小説の題材になればと……少年は知らず知らずに、人生の扉を開けていくのだった。


 山手線に揺られて三十分――

「原宿~、原宿~」電車のドアが開くとともに、乗客は一斉に降りていく。

 その一人、黒装束の少女もスタスタ降りていく。

「(原宿?)ちょっと、待って!」

 乗り込んでくる人波をかきわけ、長崎英郎も遅れまいと降りた。

 夏の割には涼しげな気温でも、七月下旬週末の原宿駅には関係がなく、同年代の男女や観光客で密集空間となっており、駅構内はサウナみたく暑苦しい。

 ハンカチで額の汗を拭いながら、少年は改札を出た少女、鳥海シェリを探す。

「あ、いた」表参道口、コンビニ前の日陰にいた。

 なにせ彼女はブラック、白カーペットにコーヒーをこぼしたよう、晴れやかな景色から浮いていた。「鳥海さん、先に行かないでよ」

 彼に気づき、店内から漏れる冷気でゆるみにゆるんだ表情をキリリと戻す。

「遅いから」氷のようなトーンだ。

「原宿で降りるって言わなかったじゃん」

 車中、二人は離れていた。そのわけは、彼が彼女の服装をいじろうと話しかけたところ、『話しかけないで』と突き放されたからだ。ショックだった。その理由はわからない。話しかけてはいけないので知ることもできない。なので、日暮里から原宿まで会話ができなかった。

 もちろん、バイトの内容のこともわからないまま、ようやく放置プレイから解放された英郎は不満顔でシェリに訊くも、「ついてきて」と、ここでもスルーだった。

 ――この子、上級者向けだよ。俺は初心者だよ。選択肢すらないってなに?

 スマートフォンでプレイしたことのある基本無料、恋愛シミュレーションゲームのチュートリアルは役に立たないようだ。ムス顔で、人波をスルスルかき分けていく黒い少女を追う。

 

 サッ、サササササ! 

「まるでGだ」その外見色と素早さから人類最大の敵を思い浮かべる。

 意外にも足が速い少女が向かった先は代々木公園だった。入口そばの移動販売車、クレープやサンドイッチ、アイスには目もくれず、奥へ奥へと進んでいく。

 休日ともあり、噴水が連なる中央広場へと続く水回廊には、ジャグリングをする大道芸人に家族連れやカップルが拍手を送っていた。その先でシェリが立ち止まる。

 池が望めるベンチに座るので、英郎も少女の隣に腰掛けた。

「バイトの内容って、公園デートなの?」

 まん丸い目を線のよう細め、「デートじゃない」と答えた。

「じゃあ、いったい――」

 シェリは黒いトートバックからスケッチブックと色鉛筆を取り出した。そして、気持ちを落ち着かせるよう深く息を吐き、

「これで、夢を描いてほしいの」と告げた。

「え、夢?」池の噴水がしぶきをあげる。

 うん、シェリは言葉少なめに頷く。口元にちいさなくぼみが浮かぶ。

 英郎は首を傾げる。「夢って、俺の夢を描けってこと?」

 返事の代わりに差し出されたスケッチブックを手にするも、小さなプライドとは違う、苦々しい薬を出されてためらうよう、素直にはなれなかった。

「うーん……でも、夢ないからなぁ~」

「ないの?」シェリは眉をひそめた。「アニメーターとかならないの?」

 ドキリ、心を見透かされた気がした。

「誰から聞いたの?」

「ううん。なんとなく。長崎君、絵が上手いから」

「上手くても、『なれる』かは違うから、さ」

 語尾を強めつつ、彼は池のふちで親子に絵を描く絵師を見つめた。

 その横顔はどこか切なくなる。予期せぬ風邪を引いたように。

 ごっほん、シェリは咳払いして切り出すことにした。

「誰かに夢インタビューして。その夢を絵にしてプレゼントするの。それがバイトの内容です」

 きょとん顔で向く。「おっしゃっている意味がいまいち……」

「公園にいる人に『夢はありますか?』ってインタビューするの。持っていたら、詳しく聞いて、それを絵にしてほしいの」

「それは変わったご趣味なことで……」

「趣味じゃないから。あなたのバイトだから」

 何を言っているかはわかっている。ただ、その夢インタビューが彼にはしっくりこなかった。疑問がぽんぽん、ポップコーンのよう弾け飛ぶ。

「なんで、人の夢なんか聞きたいの?」

「聞きたいから。そこに理由って必要なの?」

「いらないのかな……一人でやればよくない? 俺って必要かな?」

「いるよ。だって、私、絵が下手だもん」 

 そういって、スケッチブックをペラペラめくり、あるページを見せた。

 うわ……英郎は絶句した。犬か獣か、はたまたムンクの叫びか、世にも恐ろしい黄色と緑の犬が描かれていたのだ。

 ――ワンコの顔がムンクのアレだよ。なんか叫んでいるよ。ちょー怖ぇ!

「よくこんな下手くそなムンクのアレが描けるね……」 

 本音をラップでぐるぐる巻いて、できる限りオブラートに包んだのだが、

「ムンクのアレじゃない、犬だから……」と、少女は顔を覆った。

 英郎は焦る。「いや、わかる! 頑張ったってわかる! うん、天才!」

「それ、褒めてない! けなしてるっ!」

「そ、そんなことないっすよ! これは……そう、味がある! ワンコをここまでアレンジできる発想力は凡人にはありません! そう、ピカソ!」

 よほど頭にきたのだろう、シェリは勢いよく立ち上がる。

「フツーに描いたの! そーやって、絵が上手な人はわたしみたいな、センスのカケラもないへたっぴをバカにすんだよ! 犬がムンクになる悲しさを、猫がムンクになる絶望感を少しは考えてよ! 叫びたくもなるんだよ!」

 自覚してんだ、怒りの地団太を踏む彼女を見て、彼は続けて思う。

 怒るとフツーの子だな、鳥海シェリの素を見た気がした。今さっきまで、細目の口を結んだロボット顔で感情がわかりづらかった。

 けれども、くしゃくしゃに潰す彼女の顔は、ゲームに負けて悔しがる、可愛らしい幼さに満ちていた。「からかったのは謝ります。――それで、俺はどうすればいいの?」

 シェリの涙目が輝く。「やってくれるの?」

「そりゃ、バイト代もらったし……。やってみて合わなかったらやめるけど、そのときはちゃんと返金するけど」

「ううん。お金は返さなくていい」

「返さなくていいって、十万でしょ? 大金じゃん!」

「お金のことは大丈夫だから」

 淡々と返す彼女に少々疑念がわく。「怪しいバイトは……やってないよね?」

「バカでしょ? それともアホ?」即答。

「なんでもないです」なんとなくではあるけれど、シェリが使う『バカ』のニュアンスがわかってきた。『アホ』はまだわからない。「……鳥海家はお金持ちとか?」

「黙秘します」詮索する彼が不快なのだ。

「だって、もっと遊びに使えばいいって思うじゃん」

「黙秘します」と、童顔がだんだんロボット顔に変形していく。

 どうやら金銭事情は聞かれたくないらしい。

「あ!」少女はバックに入れてある小さなメモを英郎に渡した。

 その紙には夢インタビューの詳細が書かれていた。


《夏休み 夢インタビュー まとめ》

・内容 代々木公園内の人たちに夢を聞く→お礼に夢の絵をプレゼント

 *スケッチブックと筆記用具を忘れない! *曲のテーマを考えること!

・バイト代 一回につき三万円

 *前金で振り込んでおく *口座番号を聞いておく *断らせないため

・日程 週二回ぐらい

・目標 一日五人ぐらい 合計三〇人ぐらい

・ルール バレそうになったら中止 危ない人には話しかけない

 *できるだけ大道芸人や家族連れ、カップルにお願いする

 *ステージの下見、ゴスロリを忘れない


 一通り読み終えたのを確認すると、少女はさっと取り返す。

「――こんな感じでやりたいけど、大丈夫?」

 少年はさまざまな疑問を抱くも、「やってみないとわからないし。――でも、気になったんだけど、『バレそうになったら』ってなに? 学校や友達にってこと?」

「黙秘します」味を占めた言い方だ。

「そーですか。――じゃあ、流れについてだけど、鳥海さんがインタビューしていく感じで、俺はただ聞いて、ささっとその人の夢を描けばいいんだよね?」

「ううん。私が気になる人を長崎君がインタビューして、長崎君が絵を描く感じだよ」

「え、ワンオペじゃん? てか、むずいでしょ?」

「大丈夫、どーにかなる♪」ビシッと親指を立てた。

 ひまわりのよう、晴れやかな笑顔なシェリに一瞬時間が止まるも、不思議と悪い気はしなかった。話を聞いて、やってみたい気持ちが少し大きくなっていた。もちろん、めんどうくささを感じているも、部屋を掃除するよう気が向いていた。

 ――もしかして、プロの小説家かマンガ家……それならバイト代も出せる……。

 通信制に通う理由をも詮索し、チャンスかもしれない、とやる気がみなぎる。

「そーかもしれない。じゃあ、早速、やってみましょう!」

 セミが鳴き、太陽が照らす、都会の真ん中にぽつりとある緑豊かな公園には、二人がまだ知らない人生の扉がいくつもある。その一つを、今まさに開けようとしていた。

 それが少女の願いでもあり、少女が求めているとは、隣にいる少年が理解するにはまだ少しズレていた。夏休みが終わる、そのときまでも――。


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