プロローグ③
2021.8.4一部手直し実施しました。
流れに変化はありません。
十年経った。
“イの塔”の街は、今も変わらず多くの人が暮らしている。最近は少なくなったが、時々魔物や盗賊に家族を殺された少年少女が助けられ、街で暮らし始めていた。今日は久々のそういう日だ。小さな子供たちが孤児たちの住まう建物に連れてこられていた。
「そこでおじいさまのおじい様、面倒くさいのでおじい様に統一しますが、女神に出会われ、この塔を解放されたことを祝福されて、この街を開かれたのです。この“イの塔の街“を!」
腰まである長い赤髪の少女は、両手を広げ満面の笑みを浮かべた。
「クシナのやつ、いつもいつもよく同じ表情で何度も同じ話をできるなぁ」
黒い前髪を目にかかるまで垂らした少年スザのあきれたようなつぶやきに、隣の少年もうんうんと頷いている。その声が聞こえたのか、教室の後ろでこそこそと立ち話をしていた二人に、教壇に立っていたクシナは、睨みながら小さく右手を“しっしっ”と振った。二人は小さく右手を上げて、教室の外へと逃げてゆく。
「ここは祝福された土地。豊富な水と肥沃な大地、野生の動物しか存在しないの。魔物は出ないし、大人たちがあなた達のように身寄りのなくなった子を守って暮らしていける街よ」
クシナは席に着く男の子たち、女の子たちを笑顔で見渡した。
「実りの多い土地はあるけど、人手は足りないわ。あなた達も手伝ってほしいの。そうすれば元の村に戻ってもどうすれば暮らしていけるかわかるようになるわ。農作物を育て、収穫し、野生の動物も狩って食料にしていく。そして教育も受けてもらうわ」
男の子たちも女の子たちも一斉にキョロキョロし始める。どうすればよいかわからず、不安がっているのであろう。
「大丈夫よ」
クシナは大きな声で笑顔を見せながら頷く。
「ここにいるお兄さんやお姉さん、おじさんやおばさんもあなた達と同じ戦災孤児よ。この街は出自なんて関係ない、全員で協力して暮らしているの。もちろんさっきも言ったようにここで暮らした後に自分たちの村に戻った人たちも多いわ」
クシナは顔を巡らし、全員と目を合わせる。
「自分たちの村に戻っても、みんなこの街の人たちと繋がっているわ。食料を交換したり、協力して野生の動物の駆除をしたり。だからここでは勉強して働いて食べて大きくなって立派で健康な大人になることだけを考えて暮らしていけばいいの。まずは・・・」
クシナはパチンとウィンクする。
「ご飯を食べましょう。」
クシナは、笑顔を教室の外に向けて大きく息を吸った。
「さあ、みんな持ってきて!」
教室の前側の扉が開き、少年少女が両手に容器を持って入ってくる。教壇と横の机に容器を置いて蓋を取ると、湯気が上げてパンやスープ、肉などが現れた。同時にうわぁと大きな歓声があがった。
「連絡が来ないのか?」
赤髪の中年男性に報告に来た青年は、
「はっ」
と頷いた。
執務室には二人を除いて誰もいない。机についていた赤髪の中年男性は、書類から目を上げ、握っていたペンを置いた。毎週の鉱物輸送時に、定時連絡がなかったらしい。今までは一度もそんなことはなかった。
「何か起きている可能性があるか・・・」
赤髪は顎に手を当て一瞬考える。
「わかった。“カナヤマ”の仲間に使いを出せ」
青年は大きく頷き、部屋を出て行った。
「ただの取り越し苦労ならいいのだが・・・」
赤髪は一瞬窓の外へと目をやったが、再び机の上の書類を処理し始めた。
「ねえ、ユウ。またスザいないの?」
クシナはキョロキョロと食事の終わった教室を見渡している。目当ては、さっき教室を追い出した黒髪の前髪目隠し男スザだ。
「ふわぁぁ・・・スザはいつもの食事後の休憩さ」
スザと一緒にクシナにあきれていた少年ユウは、あくびをもう一つつき、中断された昼寝を再開した。
スザは、イの塔の頂上の部屋にいた。この部屋にはいくつかのミニチュアが部屋の端にあったが、他には何もない。机も椅子も。ただ透明度の高い大きな窓があり、街も遠くの山々も海も見渡せる。いつも寝起きしている集合部屋にはベッドだらけで、光が入る透明な窓なんてものはない。ただ空気を入れ替えるだけの、開くか閉まるかの板の窓だ。
スザは、ただこの部屋の窓から外を眺めるのが好きだった。午前中の畑仕事を終え、皆が食事の後に昼寝休憩を取るのに、スザだけは欠かさずイの塔の最上階の部屋に上って、何をするでもなく、遠くを眺めるのだ。
今日も海は太陽の光を反射し、水面がキラキラと輝いている。空は青く、雲がゆっくりと動いている。時には鳥が山から上がってはくるくると回っている。眼下の街には、多くの人があちらこちらに動いている。ゆっくりと時が動いている。
何かをしたいとか思わないけど、生きているとほんのり感じることができる。
スザは、ただこの大きな窓から外を眺めるのが好きだった。
「なぜ・・・」
倒れ、血を流しながら、最後の力を振り絞り発せられたのは、疑問だった。
「・・・ぬるいからだ」
倒れた老人は、その回答を聞くことはなかった。なぜなら言葉を発せられる前、心臓に剣を突き刺されていたからだ。
「あんた!何てことを・・・。自分たちが何をしようとしているかわかっているのかい?!」
部屋の端で縛られた女性が、じたばたとしながらわめいている。
剣を老人の体から抜き取った左頬に傷のある男は、縛られた短い銀髪の女性を一瞥し、ふんっと鼻を鳴らす。
「これからは、俺たちのやり方でこの世界を正すのだ」
血糊をふき取った剣を腰の鞘に入れ、くるりと女性に背を向けた。部屋を出て行く後ろ姿を銀の長髪の青年が、まるで忠誠を誓うように片膝を立て、頭を垂れたまま何も言わず見送った。
入れ替わるように若者たちが現れ、縛られた女性と死体を部屋の外へと運び出していった。