プロローグ②
『大きな目だ!将来、色んな女の子を泣かせるぞ、こりゃぁ』
『まだ5歳よ、もう!でもかわいい!私に似て大きな目!本当にかわいいわ!』
父も母もいつもそう言って、頬をつつき、覗くように目を見ながら黒髪の頭をよくなでてくれていた。
「スザ逃げろ!」
そう言って黒髪の少年スザを背にかばった父は、突然乱入してきた男たちに切り伏せられた。母も叫び声を上げ、倒れた。二人は目を見開き、口から血を流して血だまりの中に横たわっていた。スザは身動きできず、尻餅をついて座り込んでいる。
「ここにも何もないか」
父と母を切り伏せた男は、部屋の中を少し見ただけで物色をやめた。開きっぱなしの扉に別の男が顔を覗かせ、顎をしゃくる。それを見た男は剣をおさめ、仕方ないと呟きながら、座ったままのスザを肩に抱えた。暴れもしない。目の前で父と母を殺されショックなのだろう。
家からスザを抱え出てきた男を含めて5人がスザの住む小さな村を襲った盗賊たちだ。
「戦利品は・・・ちっ・・ガキ一匹だけか」
抱えられたスザを見た頭目らしき男は舌打ちして、撤収の指示を出す。手に入れた馬にスザを乗せ、ロープで固定した。
「よし、行くぞ!離れた村にでも売りはら・・」
頭目の言葉が止まる。残りの4人の目が頭目に集中した。
「どうしたんで?」
頭目は何も言わず、ドスンとあおむけに倒れた。額に穴が開き、焼け爛れていた。
「正面か!?」
4人は一気に散開する。馬のスザを人質にしようとしたのだろう、男が駆け寄るが炎の槍が頭を吹き飛ばした。残る3人も炎の槍に貫かれ、地面に倒れた。あっという間だった。
「もう大丈夫だ」
赤髪の中年男性が馬に縛られた少年に近寄る。少年は何も言わず、ただ地面に転がった男の顔、横たわる死体を見ているだけだった。
少年を連れた赤髪と仲間たちは、自分たちの街にスザを連れて行った。小さな集落は赤髪たちが倒した5人によってスザを除いて全員殺されていたからだ。
「ここは“イの塔“の街だ。これから君が住む街になる」
馬上の赤髪は、自分の足の間に抱えるように座らせた黒髪の少年スザに声をかけた。スザが暮らしていた集落は家が5件、人数も12人と少なかったため、多くの人がぞろぞろと動くのが珍しいのだろう、赤髪の言葉にスザはキョロキョロと周りを見渡す。こちらの言葉を聞ける余裕が出たらしい。赤髪はそう判断して、
「名は?」
「スザ」
「スザくん、君が住むところに連れて行こう」
その言葉に首がぐるんと振り返った。
「大丈夫。君のように家族を亡くした子が集団で暮らしているところだ。そこで勉強して食物の育て方や狩りの仕方を学びながら、自分の身の振り方を考えればいい」
見上げる大きな眼。ちょこんと首をかしげる。
「君は可愛いな。大丈夫、君たちにさみしい思いはさせないし、飢えさせない。一生懸命生きて、学べばいいんだよ」
「お父様!お帰りなさい」
女の子の声にスザは前を向いた。建物の前、自分と同い年くらいの赤髪の少女がブンブンと手を振っている。可愛い。その少女の前、馬が止まりスザは抱えられ馬上から降ろされた。
「クシナ、スザくんだ」
赤髪の少女は両手をスカートの前に合わせ、ちょこんとお辞儀した。
「クシナです。7歳です」
顔を上げた。目の大きい可愛い女の子だ。ニッコリと微笑む。さらに可愛くなる。
「す・・スザです。5歳です」
「スザくん、これからよろしくね。とっても目が大きいのね」
クシナから父と呼ばれた赤髪の男性がスザの黒髪をなでる。
「なあ、クシナ。スザくんは目が大きくて可愛いな。惚れた?」
「ばっ!バカなことを言わないでよ父さん!」
顔を真っ赤にしながら、父の太ももにポカポカと両手を振り下ろす。
「可愛いなあ、なあスザくん」
「は、はい・・・」
クシナの頭をなでる笑顔の赤髪の男性。突然、スザの動きが止まった。大きく目が開かれ、ガタガタと震え始めた。
「どうした?」
「どうしたのスザくん?」
足が折れ、地面に倒れる寸前、赤髪が抱きかかえた。
「どうした!?」
『可愛い、大きな目』
『本当に大きな目だ。可愛いなぁ』
両親が笑顔で頭をなでる。その顔が笑顔のまま、地面に落ちた。地面は血の海だ。その地面の上でも2人は笑顔だ。
『可愛い、大きな目』
『本当に大きな目だ。可愛いなぁ』
血が口から噴き出る。横たわったままの両親。動かない。でも声だけは響く。
『可愛い、大きな目』
『本当に大きな目だ。可愛いなぁ』
「うわぁぁああ・・・」
叫び、スザは気を失った。
数日後、スザは起き上がった。顔はうつむいている。
「おはよう!スザくん、大丈夫?」
「・・・うん・・・」
クシナに小さく頷いて、足早にスザは去る。クシナも父も声をかけるがスザは返事をくれるが打ち解けようとはしなかった。
気が付くと、スザは前髪を伸ばしていた。誰に言われようとも切ろうとしなかった。数か月後、両目が前髪で隠れた。そこからやっとスザは同じ境遇の子たちと話をできるようになった。しかし、クシナや父には必要以上の話はしなかった。