第148話 教会の少女⑥
ハルカは階段を駆け上っていた。神が外を見よと、そう言われたと思ったのだ。自分の部屋に戻り、ドンッ!と窓を勢いよく開ける。
「何?あれ・・・」
ハルカは一人呟いていた。海が黒い。それがどんどん陸に上がっていた。門から遠く離れた北側。山の間から黒い染みが出てきて、平原を黒く塗り潰していく。ハルカは再び階段を下りて行った。
通りの向こうから、逃げて行った難民たちが背後を振り返りながら再び町へと押し寄せてきていた。
「きゃああ!」
悲鳴と共に、
「魔物だあ!」
と小さく聞こえる。その声は難民たちが近づくと共に大きくなってくる。
「おい!お前!レンか?早くこの土壁をどけろ!難民たちが戻ってこれない!」
兵士たちはレンとカイトを押さえたまま、どうすればいいかわからず互いに顔を見合わせた。
「騎士団!そいつらは解放しろ!この土壁の向こうから難民たちが逃げてきている!その背後に魔物が来ているんだ!レン!早くしろ!」
サトシの言葉を信じ、兵士たちは2人を解放した。レンが土壁を崩し終えた時、隣にサトシが監視櫓を下りてやってきていた。サトシはレンとカイトの首を捕まえ、
「黙って聞け。お前たちは祈りの部屋に行って、ハルカと共にこの町から逃げろ。いいか!ハルカを生かすんだ!」
サトシの言葉に、2人は顔を見合わせる。
「どれだけ俺たちが魔物を押さえられるかわからん。ハルカを連れて、壁を越え、逃げろ!」
サトシは2人の返事を待たず、2人を後方へと押しやった。
「騎士団!難民を町へ入れろ!盾を構え!中央を開けろ!いいか!魔物から町を守るんだ!矢を番えろ!狙いは難民の後方!魔物だ!」
逃げてくる難民を門の内側に入れるよう捌きながら、
「射よ!」
走りくる難民を超えて、矢は放物線を描き落下する。そこには魔物の大群がいた。矢に倒れる魔物たち。しかしその隙間を瞬時に他の魔物が埋めていく。圧倒的な数だ。
「退きながら矢を射よ!門の近くまで退くぞ!」
まだ難民はやってきている。しかし難民の後方は魔物に食いつかれていた。
「サトシ殿!このままでは我々も難民たちと共に全滅です!」
サトシは騎士団と下がりながら、ギリリと歯ぎしりした。
「門を徐々に閉めよ!いつでもすぐに閉められるように準備せよ!」
騎士団は門の手前まで撤退した。そこから魔物に矢を射る。30m手前まで難民と魔物が来ていた。
「門を閉めないと!このままでは難民と共に魔物が町へと入り込みます!門を守れません!」
「くそっ!撤退を・・」
言いかけた時、突如難民の最後尾、道の全幅に土壁が立ちあがった。
「急げ!難民と共に門に入るぞ!魔物は入り込むが少数だ!門を閉めた後囲め!」
土壁を作ったレンは、カイトと共に教会を目指して走り始めた。
ドオオン!と門は閉まり、難民と共に入り込んだ魔物は神聖騎士団によって排除された。生き残った難民は300人もいないだろう。
ドカァ!ドカァ!と門を殴る音がする。
「門の内側に障害物を持ってこい!弓箭兵はありったけの矢を射続けろ!」
門を押し破れないように木のつっかえ棒や台車などが置かれ始めた。それを確認しながら、サトシは監視櫓に上る。
「なんだ!?これは・・・」
道の両側にあった小さな小屋群は、すでに影も形もなかった。見渡す限り一面に魔物がひきめしあっている。トカゲのような顔、青色のヌメヌメする鱗を纏った魔物だ。騎士団は壁に上り、そこからも矢を射続ける。
ドオオン!と音を立てて扉が破られた。
「ハルカ!」
その声と共に少年2人が祈りの部屋に飛び込んできた。白いローブを纏って壁に祈りを続ける少女が振り返る。
「レン?カイト?」
2人はハルカに駆け寄り、手を握って立たせた。ハルカは驚いたままだ。
「逃げるよ!」
レンの言葉にカイトも頷いている。2人はハルカの両手を握ってかけ始めた。3人で扉から外に出ると、
「教祖様!」
「白の御使い様!」
「我らを魔物からお救い下さい!」
階段下の広場に大勢の人々が集まっていた。難民だけではない。町の住民も集まっていたのだ。その場にいる全員がハルカを見て、膝を折り、祈りを捧げていた。
「ふざけるな!」
突如カイトが叫んでいた。怒りに肩を振るわせながら、
「何が教祖だ!何が白の御使い様だ!たった1人の女の子にすべてを背負わせようとするな!」
「そうだ!」
レンもカイトに加勢した。
「祈る暇があったら、武器を持って魔物と戦え!こんな小さな女の子に何をさせようというんだ!戦え!」
2人の声はまったく届くことはなかった。
「教祖様!」
「白の御使い様!」
「我らを魔物からお救い下さい!」
繰り返される呪詛の言葉。レンとカイトは恐怖した。
ハルカの手が、2人の手からするりと抜ける。
「民よ!神の御子たちよ!」
ハルカは両手を広げ天に掲げた。
「我と共に神に祈ろう!」
「教祖様!」
「白の御使い様!」
崇める声に、ハルカは1歩、2歩と進み出て、ゆっくりと振り返った。
レンとカイトに小さく微笑み、再び前を向いて歩き始めた。歩みに従って民たちはハルカに道を譲る。門へと続く一本の道が見えていた。