第143話 教会の少女①
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窓から光がさしていた。少女が1人、床に両膝をつき、両手をギュッと握って目を瞑り、顔を上げて祈っているようだ。その正面には壁画があった。
その光景に見とれていた鎧を纏った青年は、部下たちの咳払いに気付き、
「教祖さま」
と優しく声をかける。
「もうそんな時間なのですか・・・」
答えを期待していない呟き。
少女は立ち上がり、青年騎士とその部下の兵士たちに正対した。
青年は、その立ち姿に神を合わせこんでいた。
美しい。
ただ一言で言い表せられる。腰まである黒髪、色白の肌に大きな目、全身白いローブを纏われている。しかし光を浴び、その下には起伏豊かではあるが、細い体があると影が映し出していた。
歩き出す少女に道を譲り、兵士たちは横へと移動して頭を垂れる。少女は歩みを止めることなく、大きな扉へと向かう。ギギギ・・・と音を立てながら大扉が開いた。
「教祖さまぁ!」
「白の教祖さま!」
「白の御使いさま!」
ワアアアァ・・・と歓声が上がる中に、少女を称える声が満ち溢れる。少女は続く階段を下り、兵士たちが睥睨する民衆の手前まで出て、歩みを止めた。バーン!バーン!と二度銅鑼が鳴る。
民衆が静まった。
「今日も教祖様が皆の治療をしてくださる!」
先ほど教祖を呼びに行った青年騎士がそう叫んで、一人を指差した。
「さあ、前へ!」
青年騎士に指名された母親が前へ進み出る。兵士が道を開けた。その腕には子供が抱かれていた。
「教祖様!お助け下さい!」
跪き、震えながら差し出された子供を教祖は抱き上げ、
「ヒール」
と呟く。光が子供を照らし、吸い込まれた。少し顔色がよくなったようだ。
「食事を」
子供を母親に渡しながら、青年騎士に指示を出す。頷いた青年騎士は兵士を呼び、母親を別室に連れていった。
「さあ、次は!」
民衆は手を上げ、私にお願いしますと声を上げている。青年騎士にまた別の人が指差された。
青年騎士は、壁画に祈りを捧げる教祖を見つけた。
「ハルカ様。じっとしておられないと、魔力も気力も回復しませんよ」
午前中の公開治療で力のすべてを出し切ったハルカは倒れ、寝かされていたはずだ。食事をとり、体を安静にすることで、また治療魔法が使えるようになる。しかし、目の前の教祖と崇められる少女は、少しでも体力が回復すると、このように壁に祈りを捧げるのだ。
「騎士サトシ様。私の力が足りないばかりに・・・少しでも皆さんの幸せを神に祈ることしか私にはできませんので」
青年騎士サトシは、ハルカが祈る壁に目をやる。
この広間の壁いっぱいに描かれた壁画。左から右にこの世界の歴史が描かれていると言われていた。描かれたのがいつか、描いたのは誰か、誰も知らない。
水に沈んだ建物と人々、その海原の上に巨大な船。山の上の船から降りる人々と動物たち。血を流し戦い合う人々。赤く燃える都市と空を覆う黒い雲。灰色の天を貫く建物と空を飛ぶもの。星々の輝く紺色の空の中で光る物体。干乾びる大地と死に絶える動物たち。噴火する山々と灰色の建物を崩し、人々を踏みつけ食べる魔物たち。襲い来る魔物たちと逃げる人々、その間で魔物に立ち向かう人の背中が輝いていた。
壁の真ん中、ハルカが見上げ、祈るところには、透明な球が壁に埋め込まれていた。しかし球には大きなひびが入っている。
「人々は、この輝く背中の人が教祖ハルカ様だと言ってますね」
ハルカは祈りをやめ、立ち上がり、騎士サトシへと近づく。そして首を横に振りながら、
「この方は、もちろん私ではありません。私はただこの教会に命からがら逃げてきた難民です。このひび割れた球から神の声を聞いて、この魔法を授かっただけです」
騎士サトシも、目の前の教祖と崇められる少女が数か月前に難民と共にこの教会の町にやってきて、誰に気付かれることなくこの壁画の前に現れ、倒れていたのを知っていた。一緒に倒れていた少年2人と共に連行されようとした時、少女の身を守ろうと抵抗した少年1人が兵士によって剣により切られたのを、その魔法によって治したのだ。
その行為以降、司教によってこの壁画に描かれている、人々を導く教祖と祭り上げられていた。一緒にいた少年たちはいつの間にか姿を消していた。司教によってお金を掴まされ、追い払われたらしい。
司教らによって、満足な食事を与えられ、身なりを整えることで、今少女が担っている教祖が誕生したのだ。この白の教祖に無理やり慣らされた少女ハルカは自分の身をわきまえており、増長することもない。逆にその姿が真の教祖と人々に思われることになっている要因なのは皮肉なことだろう。
「しかし、その魔法で人々を救っているのも事実です。明日も今日のようにたくさんの怪我をした信者が現れます。きちんと食事をとって体を休めて下さい」
ハルカは、ありがとうございますと頭を下げ、祈りの部屋から去って行った。