第130話 裂き乱れる兄弟愛⑥
ショウタは会議があるとのことで、スザたちは夜まで自由に町の中を見てよいということになった。自分の成果である町の繁栄をスザたちに見せたいと言うことだろう。
スザたちは食事の後、自分たちの望みと一致したため、町の中を歩いた。隊長と侍女が一緒について案内をしてくれている。隊長については、監視役といったところだろう。
活気の溢れる町を歩き、女性に人気がある甘味処へと案内された。さすが侍女である。イズ、クシナ、ミナミは大喜びで飲み物と団子を頼んだ。隊長を含め、男たちは甘いお茶である。
「奥にもっとおいしい物を用意しております」
侍女が笑顔で女子たちとスザ、ナギに話しかけた。いつの間にか隊長は柱にもたれかかり眠っている。
スザは何も言わず、侍女の後へと続き、部屋の一つに入った。
一人が座ってお辞儀をしていた。スザは気配感知で人が一人おり、危害を加えることもないとわかっていた。
侍女は5人が入った後、襖を閉めた。そのまま襖の前で座っているようだ。
「突然すみません。お時間を頂きありがとうございます」
顔を上げた。スザと歳が変わらないくらいの少年だ。黒髪の丸顔。笑顔のためか、可愛いという印象だ。
「おかしいな。約束もなかったと思うのだが」
イズはそう言いながら少年の左前に座る。スザも少年の正面に座り、クシナ、ナギ、ミナミも続いた。
「兄たちの兵士を助けて頂き、ありがとうございます。一番末の三男、トクジュと申します」
「さて・・・なんのことかな?」
スザはとぼけた。トクジュは笑いながら、
「隊長には少しだけ眠ってもらっています。あと、周囲は私の手の者が外からの脅威がないよう監視しておりますので、ご安心ください」
外からの脅威だけでなく、皆さんも監視しているよということだろう。そしてトクジュに何かあれば、その手の者がスザたちに襲い掛かるという、やんわりとした脅しだ。
「部屋の外で見張っている侍女は私の手の者です。同じような者がショウジのところにもいます」
スザとイズは目を合わせた。
2人との会話はすべて聞かれたと考えた方がいい?
『そうね。じゃないとこの機会を狙って来れないわ。この子、可愛い顔して色々とやってるのね』
「兄2人と話され、皆さんが今後どのようにするのか、気になりまして参上しました。父テルの元では、2人は優秀な内政官と軍司令官でした。その2人のおかげで、この社の国は魔物を退けながら繁栄を続けて来れました」
トクジュの言葉を5人は無表情で聞いている。
「しかし父が倒れたことで、右足と左足が勝手に動き出し、体を引き裂こうとしています。そうなったら、この社の国は内戦へと突入し、互いと魔物を敵として戦うことになり、衰退、滅亡へと進むことになりましょう」
スザたちの認識と一緒だ。
人はまとまらないと、魔物に勝てない。数のゴブリンと、高い戦力のオーガ。他にも強大な魔物がいるかもしれない。
「敵は魔物であり、人ではない。そう兵士におっしゃられたと伺いました」
スザは頷いた。
「人がまとまるのに、力をお貸し願えませんか?」
トクジュはそう言って、ゆっくりと手を胸に入れ、ゆっくりと書状を取り出した。どうぞとスザに手渡しする。トクジュと視線を交わした後、書状を開いた。
「これは・・・」
スザの呟きに、4人が書状に注目した。
ショウタ、ショウジの兄2人はとても優秀であるが、社の国を治めるには器量が足りない。互いが互いを下に見て、自らが上と思い込み、どちらを後継者としても片方はそれを認めることはないだろう。それは内戦を引き起こし、魔物の動向次第によっては、滅亡へと突き進むことになる。これは国民にとって、とてつもなく不幸なことだ。
よって、後継者は三男トクジュとする。村の統治、軍の扱い方、諜報による情報管理、すべてが兄2人より優れている。己のすべてをかけ、社の国を繁栄に導くことを望む。
社の国国主テル
「これは父テルが倒れた時、父の部屋に入る直前、父と共に政務をしていた側近から渡されたものです」
バッとトクジュは頭を下げた。
「このように後継者を指名されましたが、兄2人に比べ兵力も財力も劣っております。今のまま、この書状だけを頼りに後継者を名乗り出ても、実権を握ることはできず、兄2人に攻め滅ぼされます。またこの書状を無視していても、このままでは兄同士で戦いを始め、内戦に突入します。それを止めることもできません。互いが攻め合い、戦力が落ちたところを狙えば私も勝てるかもしれませんが、その時は国力が落ちて魔物からこの国を守ることもできないでしょう」
さらに頭を下げ、トクジュは畳にドンッ!と額を打ち付けた。
「後継者争いに巻き込むなという言葉も聞いております。それでもお願い致します。イの国の国王スザ様!私に力をお貸しください。それが魔物からこの国を守ることになります!」
スザは黙って、頭を下げ続けるトクジュを見つめていた。そしてゆっくりと口を開く。
「頭をお上げください」
顔を上げたトクジュと目を合わせ、スザは話を再開した。
「私には、その書状が本物かわかりませんし、トクジュ様が後継者になるべき人物なのかわかりません」
トクジュはスザの言葉を聞き逃すまいと、視線を合わせたまま、じっと聞いている。
「今、私たちはあなたの兄上2人の町を見せて頂きました。トクジュ様、あなたの村を私たちに見せてもらえませんか?」
トクジュは黙って頭を下げた。
「今日は突然どうしたのだ?」
床の間に現れたショウタは、その下で頭を下げている弟トクジュを見ながら、床の間の座に座った。
「兄上。いえ、ショウタ様。突然すみません。ショウタ様とショウジ兄の兵を魔物から救った者たちがこの館に招待されたとショウジ兄から聞きました」
「あいつ、余計な・・・」
小さく舌打ちしながら、ショウタは小さく頷いた。
「ショウタ様は、父上のことに絡んで忙しいと聞いております。ショウタ様がどれだけ後継者にふさわしいか、私が国内を案内してその方々に説明したいと思いまして、その許可を頂きに参りました」
「そうか。それは殊勝なことだ」
視線をチラと横に向ける。そこには、父の側近と自分の側近が控えていた。2人ともに頷いている。
「わかった。私は父テルのことで忙しい。トクジュ、歳の近そうなお前に任せる。何をしても良いから、私の協力者となるよう説得せよ」
「はっ。承りました」
トクジュが下げた頭を見ながら、側近を引き連れてショウタは部屋から出ていった。伏せたトクジュが微笑んでいたことに気付いた者はいなかった。