第115話 ダンジョン五重塔⑦
3階は秋。
遠くに見える山々が紅葉に色付き、赤、黄、茶、緑がちりばめれている。丘の上、大きな銀杏の木の下に一人の男が立っていた。
「この国には、四季がある。その中でも私は秋が好きだ」
キラキラと輝く鎧を身に纏った男は、手にイチョウの葉を乗せ、スザたちに話しかけていた。
「だからキドウマル様に頼み、私はこの3階、秋を守っている」
イチョウの葉をフッと息を吹いて地面に落とし、丘を下り始めた。
透き通るような色白、切れ長の目は青く、顔立ちは整っていた。髪も鎧と同じくキラキラと輝いている。鎧も髪も凍っていた。いや、氷でできているとスザは理解した。スザたちから10m離れたところで止まる。
「1、2階の戦いは見させていただいた。見事な戦いで感服した。まさか人の身で我らを圧倒できるなど、この目で見るまで信じられなかった」
氷の鎧の男の足元がパキパキと音を立て始めた。丘がどんどん凍っているのだ。それは男の足元を中心にして円状に広がっていく。
「私にもその戦いを存分に見せてほしい。出し尽くした上で、私が君たちを超えていこう。この氷竜レイゼが!」
レイゼが叫ぶと同時に体が膨れ上がり、見る見るうちに大きくなる。
それは人の形から変わり、巨大な胴体と翼を持ち、長い首をもたげる竜となった。体全体が氷の鱗に包まれているようだ。
魔物名:氷竜レイゼ 特徴:氷の支配者であり竜。人化可能。他は表示拒絶 属性:見た目通り氷属性だからね(改変)他は表示拒絶 備考:レイゼも俺も戦いを楽しみにしているよ(改変)
全長は15m、翼を広げると、全幅は20mあるだろう。太い足と、胴体には小さいが2本腕がついている。
「基本隊形!後方15m!」
ナギの叫びにスザはクシナとミナミを抱え、15m後方に飛び退る。ナギも同様に飛び、氷竜レイゼから25m離れた地点でいつもの1-1-2(ナギ、スザ、クシナ・ミナミ)の形をとった。
『どう出る?』
頭に声が響く。氷竜レイゼの声だ。
レイゼは口を大きく開き、首を前に出す。口の中が青く輝き、一気にブレスが噴き出てきた。
「ウォール!」
スザの声が響き、ナギの前方に1、2、3枚と土壁が地中から飛び上がる。1枚、2枚と土壁が瞬時に凍り、すぐさま砕け散る。
「ハアァッ!」
クシナの気合と共に、3枚目の土壁が炎に包まれた。土壁は凍らず、氷のブレスを弾いている。しかし、レイゼ側の土壁がじわりと凍り始めた。
「ダメッ!」
クシナの声に、すぐさま
「回避!」
スザの声が重なる。
ナギは右横に飛び退き、スザはクシナとミナミを抱いて左横に飛ぶ。
3枚目の壁も氷のブレスが突破し、4人がいた場所を氷で薙ぎ払った。
『素晴らしい!初見殺しをよくぞ耐えた!』
レイゼは翼をバサバサと扇ぎ、上空へと飛び上がる。そして、その場で体をくるりと横回転した。尾が体の後から付いてくる。遠心力でブゥゥン!と振りきられ、その軌道が半月状にキラリと光った。
「後ろへっ!」
スザの指示通り、後方へ飛んだナギとスザたちは、宙を移動しながら氷の刃が地面をえぐったのを見た。飛ぶことが遅れたら、4人とも巨大な氷の刃に体を分割されていただろう。
「クシナッ!」
「!」
スザの呼ぶ声と同時に、レイゼに向かって地上から土の円錐が伸びあがった。その円錐が炎を纏う。レイゼは体をくるりと左にローリングした。炎の円錐は空を突くのみ。
『素晴らしい!冷や汗をかいたぞ!』
レイゼは着地しようとしている4人に向かって突っ込んでくる。口が大きく開いた。
「ここっ!」
スザとクシナの周囲が揺らめき、無数のフレイムランスがレイゼの顔に向かって殺到する。
ドオオオン!
巨大な爆発が発生し、4人は着地寸前で吹き飛ばされた。何度か地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がり停止する。スザはすぐさま立ち上がり、体ごとレイゼのいた方へ向けた。
レイゼは地面に着地していた。しかし、顔周辺は煙で見えない。
『ふふふ・・・ふははぁ!』
首が何度か振られた。煙が晴れる。
顔から首にかけて、氷の鱗が半分程度取れ、赤い血が流れていた。スザたちの炎の槍とレイゼの氷のブレスがレイゼの目前で衝突、水蒸気爆発を起こしたのだろう。
『素晴らしい!本当に素晴らしい!お館様に生み出され、幾百年。このような傷を負ったのは初めてだ!さすがお館様が認めた人間たちよ!』
レイゼは翼を畳み、首を天に伸ばした。そして、起き上がり、構えを取ったスザたち4人に顔を向けた。
『もう一度、名乗ろう。我はキドウマル様の腹心氷竜レイゼ。強き人間たちよ、できれば名を聞かせてもらえないだろうか』
「イの街、そしてイの国の英雄をお守りする、我が名はナギ」
「イの国の英雄スザの未来の妻、ミナミ」
「・・・コホン!イの街の英雄、赤髪のクシナ」
スザは、え?という表情で名乗る3人を見ていた。
クシナがスザを肘でつつく。
「・・・イの国の英雄兼国王スザ」
レイゼは長い首を傾げる。
「はて?聞かぬ国だな。イの国とはどこにあるのだ?」
「言うわけないだろ!この会話もすべてキドウマルが聞いているはず!」
それを見て、聞いていたキドウマルは、スクリーンに向かって杯を頭上に上げていた。
『グハハハ。では、続きを始めようか』
レイゼは翼を小さく揺らす。前衛を張るナギに向かって氷の散弾が噴出された。
ナギは構わずレイゼに向かってダッシュ、そのまま剣を右上に切り上げる。軌跡上に現れた斬撃が進路上の氷を弾き飛ばした。
「ハアッ!」
気合と共に両手持ちで体ごと振り下ろされた剣は、空を切ってザクッ!と氷の地面に突き刺さる。すでにレイゼの姿は宙にあった。
小さな右腕の延長線上に氷の剣が出現し、足元のナギに向かってブンッ!と振り下ろされ・・・
ガキッ!
途中で弾き返されたレイゼの巨体は勢いに跳ね上がった。
レイゼの懐には、剣を左上に切り上げたスザが右手を剣から離し、前に突き出すところだった。掌から炎の刃がバウッ!と噴き出る。レイゼは体をずらし、胴体への直撃を何とか躱した。ボホォッ!しかし炎の刃は左の翼を貫き、穴をあけていた。
『やるなっ!』
しかしスザたちの攻撃はそれだけでは終わっていなかった。レイゼは、動けない自分に今気づいた。風が渦巻き、レイゼの行動を制限していたのだ。地上で緑の服を着た乙女が杖を掲げていた。すでにナギもスザも魔法の効果範囲から退いている。
「ハアアァ!」
緑の乙女の横で、赤髪を振り乱す美女が右腕を天に向かって突き上げた。渦巻く風の内側に、突如炎を舞い上がる。そして風の動きに合わせて炎が渦巻き、レイゼを包み込んだ。
『グアアアアァ!』
叫び声が上がる。炎の竜巻が消え、レイゼがズンッ!と地上に落下した。レイゼは鱗がほぼ取れ、プスプスと音を立てながら体中から煙が上がっている。炎に焼かれたようで、翼はもうない。
一歩踏み出したスザは、
『・・・フフ・・・フフフハハハハ!』
笑い声を聞いて足を止め、再び基本隊形に戻る。
レイゼは煙を上げながらゆっくりと体を起こした。