プロローグ①
大きな音が響く。木が擦れあう、ギギギ・・という軋んだ音だ。その音を響かせながら巨大な扉が開かれた。
「おお!すごいな」
その声とともに、黒いマントに身を包んだ5つの人影が現れた。彼らの前に広がるのは、はるか遠くまで見える山々の連なりと、その間をぬって流れてくる河だ。その河から彼らの足元まで一面石の河原が続いている。
「きれいな青空。今まで以上ね。ここが本当に塔の中なんて今でも信じられないわ」
身の丈ほどの杖を持った黒髪の女性のつぶやきに、全員が無言でうなずく。
「おい、あそこ!」
大きな盾を持った男が空を指さす。
そこには、先ほど通ってきたものと同じ扉が見える。だが、その扉までの階段がどこにも見えない。その時、背後で再びギギギ・・と軋む音が鳴り響く。扉が閉まっていくのだ。
5人が見守る中、最後にドンッと大きな音を立てて扉が閉まり切った。と同時に目の前にあった扉が消え去った。
「あの空の扉に、帰り道が消えるなんて・・・初めてのパターンだね」
背に双剣を装備した青年が肩をすくませ、ため息をつく。
「本当にあったんだな、守護者の部屋が・・・」
赤髪の青年は真っすぐ前を見つめている。視線の先には巨大な影が現れ、次第に色濃くなってゆく。それを見て、細身の長髪が背負った長刀を抜いて、静かに構えた。
他の3人も、その動きに合わせて瞬時にフォーメーションを組むため移動する。大盾の男を頂点にして、後ろに長刀と赤髪が並び、さらにその後ろに女性と双剣が並ぶ。基本フォーメーションを組む5人の前方には、5mを超える魔物が現れていた。
「一匹だけど」
「首が八つあるな」
女性のつぶやきを赤髪が引き継ぐ。
全身緑色の鱗をまとい、一つの胴体から八つの長い首をもたげてトカゲのような顔が各々前後にゆらゆらと動いている。目は赤く、口からは舌ではなく、チロチロと炎があふれ出ていた。でかい胴体の後ろには太くて長い尻尾が一本生えており、河原の上をズリズリとゆっくり動いている。
「行くっ!」
そう発した双剣の姿は瞬時に消えていた。一呼吸後、
「グアアア」
八つ首が叫び声を上げたと同時に双剣を振り開いた青年が現れ、右端の首がポンッと音が鳴ったかのように胴体との接合部から跳ね上がっていた。
切断された首がくるりと回る間に双剣の姿は消え、ドサッと河原に落ちた時には女性の横に戻ってきていた。
「クリティカルヒットォ!」
ドヤ顔で鼻息荒くアピールした双剣の言葉を受け、
「次っ!」
赤髪の右腕が振り上がった。その右腕の軌道上から赤く輝く炎の槍がゴウッと音を立てたかと思うと、また右端の首の中ほどに着弾。その中ほどから吹き飛ばした。
「ストップ!」
赤髪は飛び出しかけた長刀に指示した。
「なぜっ!?」
疑問を発した女性に
「ベールッ!」
ハッとした女性は、依頼の呪文を杖から飛ばした。虹の輝きが頭上から半ドーム状となって5人を包む。と同時に、炎の噴流が虹のベールに直撃した。残った六つの口から、ブレスの熱線が噴き出してきているのだ。バチバチと接触部が音を立てる。
「きゃうぅ・・」
女性が悲鳴を小さく上げた。
「大丈夫か!?」
大楯の男が振り向きながら気遣う。
「ストーンウォール!」
赤髪が右手人差し指と中指をくいっと上げると、八つ首とドームの間に石壁が河原からせり上がり、炎のブレスを遮った。石壁にぶつかり、ブレスが表面で激しく飛散する。しかし、見る見るうちにブレスの当たったところが赤熱していき、その範囲を広げてゆく。偶然にも、八つ首の視線を遮ったかたちだ。
「チャンス」
赤髪のつぶやき声を聞いて長刀と双剣の二人が一瞬のうちに姿を消した。
「ガ、ガアァ」
八つ首の叫び声が聞こえたと同時に、ブレスが止まる。長刀が左端の首を、双剣が右端の首を切り飛ばしたことでノックバックを起こしたのだ。
残った四つ首がのけぞりながらも長刀と双剣に気づき、噛みつこうと頭を振り下ろす。
「任せろッ!」
八つ首の体が大きく揺らぎ、その噛みつきは空振りした。盾の男が懐に潜り込み、盾ごと胴体を跳ね上げたのだ。
「右ィ!」
赤髪の声で即座に盾を右側面に移動し構える。同時に衝撃が盾をドンッと大きく揺らす。背後に逃げ隠れた長刀、双剣と共に3m近く弾かれた。八つ首は空中で胴体を回転させながら、その回転力を加えて尻尾を振り抜いたのだ。
「ベーシック!」
赤髪は無数の炎の矢を八つ首に向かって雨あられと降り注いだ。追撃しようと進み出た八つ首は、うっとおしそうに首を揺らし躱そうとしてそれ以上進めない。その隙に危ねぇ、危ねぇとつぶやきながら、3人は元のフォーメーションに戻ってきた。
炎の矢が止み、手負いの八つ首と5人がにらみ合う。
「ギャヒギャヒヒヒ・・・」
突如残った4つの首から気味の悪い笑い声?が聞こえた。そのまま八つ首は笑いながら、残った端の顔がゆっくりと首の切断面まで下りてきてなめ上げる。
「うわぁ・・・」
女性は眉をひそませビクッと背を揺らす。
切断面から肉がモコモコと盛り上がり、ぐんぐん伸びてきて鱗が形作られたかと思うと、ポンッという勢いでトカゲ顔が出てきた。それもなくなったすべての顔がである。
「再生するのか」
大楯の男がチッと舌打ちしながらつぶやいた。
「それだけじゃなさそうだ」
八つ首の体は、赤髪の言葉を肯定するように銀色に輝き始めた。
部屋の壁にスクリーンがあった。上空から撮影したような、俯瞰の映像が映し出されている。そこには、ゆらゆらと銀色に輝く八つ首とにらみ合う5人の姿があった。八つ首から一筋の光が放たれた。虹色の球体は一瞬で壊れ、杖を持った人影が二つに分かれた。フォーメーションが崩れ、大楯の男が二つになった杖の人影に近づき抱きかかえようとしたところで、再び放たれた光によって爆発した。
机の上に両手を握った腕を投げ出し、椅子に座った金髪の女性がスクリーンを見上げている。両手には、スクリーンに映し出されたものとそっくりな八つ首の人形が握られていた。
赤髪の周辺からは、無数の炎の矢が沸き立ち、八つ首へと収束していく。その隙に長刀と双剣が八つ首の両側へ瞬時に移動し、剣を振り回す。二人が持つ三つの刀身は赤髪によって炎の剣と化していた。真ん中の二つの首を残し、二人によって六つの首が吹き飛ばされた。と同時に残った二つの首は、長刀と双剣の顔に噛みつき、首を食いちぎる。赤髪の右腕から伸びた赤い光の刃が残った二つの首を切断し、そのまま胴体を真っ二つにした。ゆっくりと倒れながら元八つ首の胴体は燃え上がった。金髪の女性の両手からこぼれた八つ首の人形は、バラバラになって机に散らばっていた。
四人だった肉体は、装備を含めてゆっくりと河原に飲み込まれていく。空中の大扉から階段が現れ、無言の赤髪の足元へと届いた。赤髪は眉間に大きな皺を寄せ、階段下から大扉を見上げる。
赤髪はもう一度地面に飲み込まれていく仲間だった肉体を見つめ、ハァァ・・・と一呼吸ついた後、階段を上り始めた。
大扉の前についたと同時に、扉がギギギ・・・と大きな音を立てながら外側に開いていく。部屋の中がゆっくりと赤髪に見えてくる。部屋の一番離れた机の前に白色のワンピースを着た金髪の美女の立っている姿が目に入った。