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七話

 アレクは戻ってきてリーファの元気そうな姿を見て安心したが、それでも懸念の全てが無くなった訳ではない。聖竜に卵を託されリーファの無事を確認した時に左手にスキル紋が顕現した時に娘の将来を心配したのだ。


 リーファが竜騎士になれることは自分の夢が叶わなかったことを考えると本来であれば喜ばしいことなのだろう。


 しかし、元Cランク冒険者として護衛依頼をこなし王国内を移動してみればいつも見たのは困窮する農民達である。


 土地に縛られる彼等が不幸だとは思っていない。最低限は生きては行けるし、今の自分の生活も農民とそう変わらないからだ。


 自分一人なら自由に王国内を移動し根無し草として生活するのも悪くはないだろう。だが、自分には妻ナタニアと娘リーファの生活を守る義務がある。


 狩りをするときも無理はしない。十代・二十代と違って身体能力は確実に落ちてきている。


 冒険者の中には高ランクを目指し不自由ない生活を夢見る者もいるがどれくらいの人間がその生活を手に入れたのだろう。


 高ランクとなっても自分よりランクの高い魔物を狩ろうとして帰らぬ人になった冒険者など幾らでもいるのだ。


 初めて組んだパーティメンバーを亡くしてしまっているし、組んでいたパーティが結婚や怪我で解散を余儀なくされた時もアレクは危険を極力侵さずにDランクの依頼と腕を鈍らせない程度のCランク依頼を受けて生活していたのだ。


 アレクが安定志向となったのもEランク冒険者の時にそのとき目標であったBランクパーティが全滅したことを知ったからでもある。


 Bランクとなり更なる高みを目指す為にワイバーンの討伐依頼を受けて巣に潜入するまでは良かったが、群れを守ろうとしたワイバーンの餌食となったのだ。


 Aランクを目指さなければ彼等は生きていたのかもしれない。Bランクであれば社会的信用もあるし金に困ることもなかったはずなのだ。


 才能が無かったと言ってしまえばそれだけなのかも知れない。彼等が見た景色を見てみたくなり、Bランクを目指したが高い壁に阻まれた。


 それで良かったのだと今では納得しているが、リーファの将来が左右されるとなれば話は別である。元いたCランクパーティは各々の生活があるだろう。


 広い様に思えて冒険者業界は狭い。一番近くの街にその周辺の農民の子が集まるが、生活苦の将来高ランク冒険者を目指す若者たちが武器を買えるだけの金を持っているとは考えにくい。


 親心として多少の金銭を持たしても街で生活すれば直ぐに無くなってしまうだろう。


 かと言って帰る場所のある者はどれくらいいるのだろうか。村には無限の土地が有り余っている訳ではないのだ。


 将来、親の畑を継ぐことのできる長男は危険を冒す必要がないし、長男であっても勘当に近い形で出奔していれば畑は次男以降が引き継ぐだろう。


 嫌な現実であるが、冒険者は家族を養えなくなった農家の人減らしの一つなのだ。死んでも遺品を受け取ろうとしない遺族がいる一方で遺族が高価な装備品の所有権を主張することもある。


 全てを持ち帰れない場合、魂石とギルドカード・金目の物を死体から回収することがある。前者の二つは冒険者ギルドに無料で引き渡す冒険者も多いが最後の一つは拾得者の物になるのが一般的であった。


 冒険者ギルド内規にて明文化されており、貴族も風習として認めているのである。


 その遺体が貴族の子弟であった場合、拾得者の冒険者が買い叩かれることもあるが、十分な報酬を渡さなかった貴族家の名は直ぐに噂となって駆け巡るために相場で買い取るのが常識となっている。


 平民同士の場合、所有権は既に移転しているために遺族に暴利で売り付ける場合もあるが、買うか買わないかは遺族に委ねられており、その冒険者の悪名が広まることもあるが、法律上は文句を言われる筋合いはないのだ。


 もしその遺品がパーティの共有財産であった場合も割合でなく、全ての権利が移動するが回収しなかったパーティが悪いのであって揉めたくない事情が無い限りは拾得者が、自由に処分できるのである。


 アレクが少なくとも故郷であるココナシ村に戻って来てから五年が経過している。


 年齢的に三十代前半はまだ引退する歳ではないが、五年は長い年月が経っていると言っても差し支えはない。


 一時は領都で生活していたこともあったが、北の辺境にあたるこの地は過ごしにくいのだ。竜を狩るほどの実力があるのであれば、この地での生活も我慢できるのだろうが、基本的に穀倉地帯のある聖竜王国南部で活動するCランク以上の冒険者は多いのだ。


 物が動けば人も動くし王都も聖竜王国では南よりにある。


 護衛依頼が絶えなければDランク以上の冒険者達も生活がしやすく商人達も対価を払う必要はあるが安全が買えるとなれば必要経費と割り切ることも出来る。


 昔の仲間に連絡を取るとしてもまだ生きているかは不明だしココナシ村には冒険者ギルドがない。大きな都市でないといくら領主が誘致しようとしても採算が取れない為にギルド支所が開設されることはないのだ。


 Cランク以上であれば資格を維持している可能性は十分にある。アレクも本格的には依頼を受けていないが、ギルド年会費として納める分の最小限の依頼は達成しているのだ。


 領外へと移動できる権利は貴重であり、ココナシ村の権利を有している辺境伯が悪いとは思っていない。北は竜峰があるのみで他の国と国境線を有していないが、聖竜王国にとって重要な土地であることには違いはない。


 ワイバーンの群れが村を襲うことがあるために軍備は必要だが、大概の場合、村は蹂躙されてしまう。


 ベントー辺境伯軍も領主軍として飛竜からなる竜騎士団を保有しているが、救援に駆けつけたとしても多勢に無勢では意味がない。


 馬に騎乗した騎士もワイバーンの移動速度に勝てるものでなく、竜は畏怖される存在でもあるのだ。王国騎士基準で従士がE~D程度、騎士がCランク程度で隊長格がBランク程度。団長はC~Sランク程度と実力に幅がある。


 ベントー辺境伯軍は竜害や魔害の為に精鋭揃いであるとされている。竜に限らず魔物は魔力の濃い土地を好む。


 人が魔法を行使する際には大気中の魔力も消費するために人口密集地ほど魔力が薄く安全な土地なのだ。


 逆に言えば辺境は土地はあるが消費される魔力が少なく、魔物が強いために危険が多いとなる。弱兵では民を護ることなど出来ないとベントー辺境伯家は兵を鍛えてきたのだ。


 そして、体内魔力が多い魔法師の育成に力を注いでおり、王国政府からも補助はでるが他の目的に使われることの多い聖別の儀の儀式代を辺境伯家が負担し、魔法師以外の育成にも力を入れている。


 聖竜信仰があるために聖竜が与えた卵が奪われる可能性は低いだろう。だが、契約者を放っておくことはない。貴族でなくとも半ば義務として王立竜騎士学校に入校させられるだろうし、禍根となりそうであれば闇に葬りさられる可能性もあるのだ。


 領主の意向に逆らえなくなる可能性は高く、平民の後ろ盾となる貴族はいても待遇は良くない可能性がある。


 それならば最低でもAランク可能であればSランク冒険者の後見を得た方が良いと考えるのは悪いことだろうか。


 後見人となった冒険者の武勇が広く知られるほど貴族も無理を言えなくなるだろう。どこまで強くなるかは未知数であるが、リーファが少なくとも自衛できるだけの実力を得るまでで良いのだ。


 十歳までの期間は後五年しかない。中途半端にしか使えない気闘術をリーファに教えるくらいであれば専門知識を持った熟練の魔導師に魔闘術を習った方が良いだろう。金銭的な見返りを求められた場合、ナタニアの反対を押し切ってでも工面してみせる。


 借金奴隷となってもそれでリーファの未来が拓けるのであれば喜んで礎となろう。


 アレクの決意はかたかった。だが、その必要もなくなる。魔法師としての地位を築き、王立魔法学園の卒業生の中で魔法ギルドに認定された者だけが魔導師を名乗ることが出来る。


 そこまで行くと求道者達は俗世の倫理観に囚われない者も多くいるが、真理を知るためならお金は道具だとしか思っていないと研究など出来るわけが無いのだ。


 ただ願わくば常識も持って欲しいと師事することになる偉大なる先人に直葉(リーファ)が懇願するだけである。


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 直葉は石から手を離して観察している。石から手を離せば魔力が吸われることは無い。相変わらず頭の中では喧しい声が聞こえたが意図的に無視することにした。


 前世知識とは言え小説や漫画の設定だが、枯渇すると不調に陥り、枯渇寸前まで使用することで体内魔力量を増やすという修行が行われるのを見聞きしてきた。


 突然、魔力量が増えた理由は分からない。生まれた時から徐々に魔力量が増え人によっては三十代を過ぎてなお増えることもある魔力だが、気とは反発する性質を持ち気闘術と魔闘術は同時に扱えないとされているし気力を鍛えると魔力は増えなくなると聞く。


 これは父アレクとの記憶であり、一流の戦士であり、一流の魔法師を【勇者】と呼ぶことからも間違いはないだろう。


 魔族と他種族の戦争【人魔大戦】を元に書かれた寝物語は親から子へと変遷しながらも平民にも引き継がれており、悪い子がいると魔族が攫って喰らってしまうと脅すのも定番である。


 人魔大戦は身体能力も高く特に魔法適性の高い種族【魔族】と平凡的な能力だが時に突出した力を持つ種族【人種】の間で起きたとされる二十年に及ぶ戦いである。


 創造神と邪神の代理戦争であったとされているが遥か昔のことであり、劣勢となった人種に魔法が与えられるきっかけとなり、人ならざる種族【亜人種】も味方することにより、人類側が勝利したとされているが、人種と亜人種の関係は今は良くない。


 数が増え、魔法という力を手に入れた人種は魔族だけでなく、亜人種達をも今は支配している。人種が君主を務める国家では人種だけでなく、亜人種を奴隷にすることを認めている場合が殆どである。


 亜人種国家の場合は人種だけが奴隷となり、同胞を奴隷とすることをかたく禁じている場合がほとんどなる。


 聖竜王国は元勇者の家系が王家となり、その仲間達が貴族となって成立した国だとされている。


 特に竜と親和性の高い竜人は亜人種と言えど奴隷とすることが禁止されている。初代国王の妻の一人が竜人であったとされ、半竜人も公の場では差別の対象とならないのだ。


 竜人の血が流れるからこそ人竜一体とまでは行かないが竜騎士を国軍の主体として国防が可能となっているのだから国民から文句は出にくい一方で純血至上主義である亜人種国家からは目の敵にされることが多いのである。


 ただ、聖竜王国は亜人種国家と国土を接していないので戦争になったことは皆無である。


 直葉は魔法修行とは別に文字を習わなくてはならなくなった。魔法とは魔法言語を理解し操るだけの力が無くてはならないとされているし、この世界の歴史を知る必要があるからだ。


 本にはこれまでの先人達の知恵が詰まっている。歴史書はどこまでがあてになるか分からないが無知が死へと繋がる場合もあるだろう。日本語と英語であれば直葉は理解できる。


 論文は英語で書かなくてはならないことも多く、最先端の医学知識を得るために勉強したからであった。


 残念な事に家には本どころか紙すらなかった。日本で良く使っていた大学ノートすらこの世界では高級紙になるし、汚い話になるがトイレットペーパーもない。


 よく分からん葉っぱで拭いた時には涙が出そうになった。そりゃ異世界転生もので定番の温水洗浄便座が異世界人に受け入れられるわけだ。


 日本人でも使うかどうかはその人、次第であるし一度も使ったことはないという人もいるだろうが、それは選択肢があるからだと実感する出来事であった。


 個人の家にトイレがあるのは貴族か裕福な家庭だけだろう。


 人糞も適切な処理をすれば肥料になるし日本も水洗トイレが使われ始めたのも人類史からみればごく最近のことである。


 この世界であるとしたら水の魔力が込められた魔石を使用した魔道具だろう。勇者が本当にいたのかは現状では定かではないが、その勇者は創造神が異世界から招いたとされる描写もあり、地球人であった可能性もないとは言いきれないのだ。


 直葉が転生している以上は何でもありで過去に一人や二人、転移者や転生者が居ても不思議ではないのだ。


 学術的な興味があるのは勿論だが、それ以上にファンタジー世界で魔法を使わなくてどうするのだという謎の使命感が直葉にはあった。


 そして気絶なのか睡眠なのかの境界線が曖昧な魔法修行が始まったのであった。

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