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三話

 アレクは目を覚ました。そして致命的な失敗に気付いた。疲労が蓄積していたとはいえ冬山の洞窟で寝てしまったのだ。


 短剣を傍に置いておき出来る限りのことをしていたとはいえ失態だった。魔避の香は特定の魔物に効きやすくする反面、かえって魔物を引き付けてしまう可能性を失念していたのだ。


 狼系の魔物が嫌がる臭いを発生させる香はスノーウルフには確かに役に立った。鳴子も魔物の接近を報せる役割を果たしたが、受け取る側のアレクが寝ていたのであればどうしても対応に遅れがでてしまう。


 この竜峰は聖竜と聖竜王国初代国王が出会った土地として有名であり、竜を生涯の友として共に学び強くなる竜騎士達の聖地でもある。

 一般人にも登山を認めているのは、ここが竜の土地であり、登記上は聖竜王国の土地であっても実態は竜の繁殖地であることで人の支配が及ばない土地であるからだ。


 火水土風の基本魔法属性と同様に竜にも属性がある。血統もそうだが、生まれるまでに与えられた魔力の性質によって変化すると言われ確実ではないものの通説であると認知されるくらいには有名な話だ。


 全ての竜の始まり【原始龍】は人と様々な契約をしたらしいが、公に出来るものを含めてそう多くの逸話は残っていない。


 異世界から召喚された勇者の相棒であったとか、神が創造し、土地を治める存在として人類を見守っていると様々な話があるが、竜も人と敵対する個体もいれば聖竜の様に人に恩恵を与え人とともに生きる竜もいるということだ。


 竜騎士を目指したことのあるアレクは目の前の生物が翼竜ワイバーンで無いことに気付いた。


 実際のところは聖竜王国の竜騎士と言っても属性竜と契約できるものは大貴族だけで平民では稀である。劣化亜竜や雑種竜と呼ばれるワイバーンと契約出来るだけでも最低限の竜騎士としての条件を満たすからである。


 Aランク冒険者であっても対空攻撃の手段を持たない前衛職では荷が重い。空を飛ぶというのは確かにアドバンテージとなって牙を剥くのだ。


 大人数で狩れば一人あたりの報酬は減りかと言って一つのパーティで狩るのは余程の実力がなければ難しいからこそ竜騎士という職業が聖竜王国では花形として人気があるのだ。


 斥候としての経験が生きた形になったが、アレクは嬉しく無かった。ワイバーンですら鋭い牙や爪で人体を紙の様に文字通り切り裂くのだ。


 ブレスも属性が乗っていないとはいえ飛翔には翼だけでなく魔力を使用しているというのが一般的な認識であり、巨体を支えるだけの魔力によって人は簡単に殺傷されてしまう。


 目が良いことは斥候の必須能力だが、人よりも嫌なものが見え過ぎてしまうという欠点があった。


 目の前の竜は知性ある目をしていたが、口元を汚すスノーウルフの血が台無しにしていた。竜は確かに年月が過ぎる程に巨大化していく傾向にあるが、属性竜で強力な個体である程に一定の大きさから変化しなくなるのだ。


 そしてその特徴的な白さはこの国の国王の愛騎である聖竜の特徴と一致していた。否一致してしまったのだ。竜騎士の愛騎の竜は竜舎で生活しているはずだった。


 王城にも王族のための竜舎があり、王国竜騎士でも位の高いもの達のために莫大な費用をかけつつ維持・管理されていた筈だ。


 契約竜の中には、限られた土地で費用と時間をかけたブランド牛を要求する竜もいて使役されることに対しての対価を露骨に要求する竜がいる一方で竜騎士と狩りに行った獲物で満足し、普段は勝手に狩りをする自由気まま性格をもつ竜がいたりと個性はある。


 国に登録する義務を持つために使役竜として首輪をつけることが義務付けられている。どう見ても首輪など着けていない野良竜である。


 首輪を着けた使役竜を攻撃した者は犯罪者として弁済の義務が生じるし、逆に使役竜が損害を与えた際には竜の主人である竜騎士に弁済の義務が生じる。


 竜との契約には詳しくないが人を攻撃させる事に制限を加えることは可能であり竜騎士と使役竜の絆が竜紋であるとされている。アレクの目の前の竜に首輪も竜紋もなかった。


 狩ることも狩られることもある野良竜であったが、現在のアレクの実力ではアレクは一方的に狩られる獲物でしか無かった。


 消費した気も寝ることによって回復していたが、万全の状態であったとしても逃走することは賭けなのだ。ワイバーンであっても元Cランク冒険者だったに過ぎないアレクには荷が重過ぎた。


 娘リーファの為にもここで死ぬ訳には行かない。高価な竜殺しの武器でもあればまた違ったのかも知れない


 特化武器とも呼ばれる〇殺しはその種族に対して絶大な効果を持つ一方で人種の手では生み出すことの出来ない魔武器と呼ばれるものだ。


 竜殺しの魔武器は所持自体は合法であるが、聖竜王国では国に所持の申請を出さなくてはならない厄介な武器という側面を持つ。


 竜と共に生きる王国であるからこそであるが、竜は竜騎士の資産であると同時に国の最大戦力の一角を担っているのだ。


 竜の不審死があれば真っ先に所持者が疑われ、王国民も竜騎士に護られていることを知ってるために所持者に向けられる目は厳しい。


 竜も天敵である竜殺しの魔武器を持つ者に対して好戦的であるためにワイバーンを狩ることで生計を立てている冒険者も普段は魔法的な封印が施された鞘の中に納め滅多なことでは抜く事がないのである。


 竜殺しの魔武器所持者は聖竜王国への入国審査が厳しいことでも知られているのである。アレクの居たパーティでも遺跡で手に入れる機会があったが、商人を通じて王国政府へと売却していた。


 王国としても管理できない竜殺しの魔武器があるのは政治的に問題であるために色をつけて購入することを御用商人に推奨していた。


 問題なのは目の前の竜だった。抵抗する事の無意味さをアレクは知ってはいたが、死ぬ訳にもいかない。高位の竜ほどに知能が高く戦闘にならない可能性もある。


 そこに一縷の望みをかけるしかなかった。盟約は聖竜王国の王族と結ばれたものであるが、その中には、王国民を傷付けないというものもある。


 そして、聖竜王国は三百年の歴史がある国で没落することで貴族の血が平民と混ざっており、竜騎士になることで与えられる準貴族の爵位の中にも貴族出身ではあるがスペアにもなれない三男・四男が家を維持できずに子や孫の代で平民となることは割とあることであった。


 古代竜語は地位のある偉い学者が勉強するものであって平民には敷居が高い。ここ百年ほどで使われている簡単な単語や意志を伝える事の出来る現代竜語であればアレクは片言であるが話すことは出来る。


 白く綺麗な紙は高価であり、一般的に使用される羊皮紙もそれなりの値段がする。活版印刷も主流ではなく、金のない魔法師が生活費や研究費を稼ぐために行う写本は高価で貴族の財力を示す為に書斎に読めもしない高価な本を置くという愚行がその昔に流行った。


 その為に知識の継承が行われた経緯もあって図書館の保証料は安いものでは無かったが、本心では諦めきれなかった竜騎士への夢への慰めにはなっていたのだ。


「キュウシ アレク 敵対 意思はない」


 竜と人が信頼関係を築くのは難しい。この言葉は知性ある竜と出会った時の定型文の一つであった。


 《人の子 アレクよ 何故に竜の聖域を侵した》


 脳内に響く声にアレクは驚愕するしか無かった。人は少なくとも魔力を持っている為に他者の魔力を阻害する【魔法抵抗力】を持っている。


 魔力保有量が多いほどに魔力抵抗力は強くなり、Cランクと言えど多くの魔物を倒してきたアレクは魔法職には敵わないがそれなりに魔力を有している。


精神感応テレパシー】を使える魔物は推定ランクA-以上とされており、知能だけでなく、魔力保有量が人とは桁違いであるとされている為に属性竜の中でも永く生きた個体であることが確定したからでもある。


 魔法については対抗する為に軽く勉強したことがあるくらいでバフ・デバフを魔法によって行う職【支援士】が使う高度な魔法の一つと言う認識でしかなった。


 前衛に盾士と剣士。そして後衛に魔法師・治癒士・弓士と言った構成が冒険者パーティの主な構成であり、支援士は言わばおまけみたいなもので近接戦闘能力も高くなく、また魔法攻撃も中級までしか使えないとあって荷物持ちを兼任し、パーティのなかでも冷遇されることの多い職であった為にアレクには縁が無かったのだ。


 初級→中級→上級→王級→聖級→亜神級→神級と職業と魔法は分類されており、中級上位弓士がアレクの正式な階級となる。


 初級であれば冒険者ランクでF~E、中級であればD~C、上級であればB~A、王級でA~Sとなる。


 同じランクでも認定されたばかりの者とそれから研鑽を積んだ者では実力が違う為にあくまでも目安でしかない。Aランクは特に辿り着ける者も少ないがそこからの実力差も大きいランクとなる。


 Aランク昇格条件に王都支部のギルドマスターに認められること、Sランク昇格条件に王都支部ギルドマスター二名以上の推薦の上、ギルド本部の承認によって昇格する為に実力はあっても性格に難ありで本来のランクと乖離していることもある。


 ギルドへの貢献は最低条件であり、ランクに相応しい実力がなければ昇格は出来ない。


 〇級上位・中位・下位はスキルレベルと総合戦闘能力での分類であり、神殿で転職の儀を行うことで上位職へとなれるために目安でしかない。


 転職を行える神官は清廉でなければならない。汚職に関わるとスキルを失うとされており、転職の神官というだけで教会内で強い発言力を持つことができる。


 神官も(かすみ)を食べて生活している訳では無いので必要な布施を貰うことは可能であり、特定の神官でしかなれない職もあると噂されており、王侯貴族に囲われている神職者も居るという噂があった。


 経緯を説明するように意思を込めて送る。使用言語が異なっても違和感なく、翻訳して送れるかは術者の力量次第であり、聖竜の眷属らしい目の前の竜であれば不足はないだろう。


 竜は確かに縄張り意識の高い種族であるが、問答無用で襲う様であればアレクは既にこの世にいないだろう。洞窟の入口は確かに広かったが、目の前の竜が通れるほどでは無かったはずだ。


 竜も分類上では魔物になっているが、神が遣わした賢獣は聖獣として各地で信仰の対象になっており、聖竜王国では闇竜を除いた属性竜が信仰されていた。


 信仰と言っても熱心な者がいる一方で無関心な者がいるのはどこも変わらないがアレクは聖竜教信者である。


 《人の子 アレクよ 事情は分かったがこれ以上、聖域を血で汚すことは許さぬ。これを娘の為に持っていけ 必ず為になるはずだ》


 渡されたのは拳大ほどの固い石。アレクが望んでいたグリーンリーフではなかった。だが、竜のすることだ。


 娘リーファの症状を伝え与えられたものであれば信じて下山するしかない。


 敵対意思ありと問答無用で目の前の竜と戦闘になることを考えれば生きて下山できるだけでも儲けものだと考えることにした。


「その子が人と共に健やかに生きることを願う」



 聖竜に託されたものの価値を知ることもなく、アレクは妻と娘のいるココナシ村を目指して移動し始めた

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