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一話

 アレクは山の天気が変化するのを感じて、身を休ませることの出来る洞窟を探していた。今、自分が怪我をしてグリーンリーフを持って帰れなければここまで来た意味がなくなる。


 そして家長である自分がいなくなれば家族は路頭に迷う事になる。ココナシ村は相互扶助をすることで何とか生活してきたが、赤の他人を養う余裕のある者はいない。


 それだけの余裕があるのであれば既に街へと引越しているからだ。


 冒険者が定宿として外貨を落として行くが、辺境の外れにあるココナシ村には冒険者ギルドがない。冒険者ギルドは一定の規模の街にしかなく、冒険で得た素材は安く買い叩かれるか、街まで自分たちで運ぶしかないのだ。


 村の商人の中にはがめつい者も居るだろうが、危険の多いこの世界では輸送には多くの費用がかかり、素材を売っても利益どころか損失がでることも多い。


 それでも買取を行っているのは、生活に必要な素材もあれば、必要でなくとも換金ができないとなれば滞在する冒険者は少なくなり、その村出身の冒険者に実力があるとは限らないからだ。


 領主に討伐依頼を出してもほとんどが無視され最後に頼るのが冒険者である。自警団を持っている村もあるが実力などたかが知れている。


 粗暴であることに目を瞑る価値のある冒険者を引き止めることは村にとっては存亡の危機に直結する大事なのであった。


 トイレの穴を掘るや雪を固めるなど便利に使える為にアレクは鉄製のスコップを持って来てはいたが出来れば雨風を凌げる洞窟を発見したいところであった。


 斥候を兼ねることが多かったアレクは魔物の気配を察することに長けていたが、魔物だけが脅威ではない。その地域、特有の疫病もある。


 なにより、人は環境の変化に弱い生き物であり、質を数で補っている所が大きい。貨幣分業制は確かに発展をもたらしたが、身分制度という弊害を生んでいる。


 個として最強の一角であるSランク冒険者もAランクの時点で貴族と関わり単純な強さだけでは権力には勝てないことを知り専属護衛に転身する者もいる。


 Aランクというだけで余程の事がない限りは金に困ったりはしなくなる。そして、金欲が満たされれば次に求めるのは名誉欲である。金の権力に囚われた冒険者は堕落し、人類の防波堤であった戦力が減って喜ぶ人間は少ないだろう。


 そんな権力者すら支配できないのが、疫病だったり、自然災害なのである。大きな都や街ほど食糧を周辺の農村に依存している。


 畑の大きさによって税は決まっており、不作であっても減税しない領主は多い。領主も王家への納税もあるが、何より自身の懐が痛む事を嫌うのである。


 そして、どうしようもなくなった農家は子を奴隷商に売り安価な労働力として使い潰されるのだ。成人女性で見目が良ければ娼婦として、成人男性は過酷な鉱山労働や下水処理、中には非合法に新薬や魔法の実験体として消費されていくのだ。


 水も食料も五日分を用意してきた。往復で三日とかからない距離にあるが、不測の事態を想定して動くのが癖になっていたからだ。


 竜峰の麓で見つかれば良いがそうでなければ、危険な山道を登らなくてはならなくなる。水の魔石を嵌め少量の魔力を流すことで水を生みだす魔道具は値段こそそこそこするが、命にかえる事は出来ないので、冒険者時代にも重宝したものであった。


 この世界の住民は丈夫である。魔物も居れば戦争もある世界で逞しく生きている。


 近隣の植生を年長者から教わり、可食可能な食材を自分で採取できなければ飢えてしまうということもあるが、多少、腐った物でも平気な胃袋を持っている。


 食べ物がなければ魔物すら食べるのがこの世界の流儀である。高位貴族ほど体に穢れを入れることになると食べることを拒否する者もいるが、実際は適切な処理さえ出来れば、乳幼児や高齢者でもない限り体調を崩すことはないとされている。


 騎士爵や男爵と言った低位貴族は魔物の被害が減るばかりでなく、食料にもなるのだからと積極的に狩りに出る者が多い。


 街や村でもそうだが、中心部になるほど権力者が住む構造になっている。簡易的な木の柵と土魔法師と職人によって築かれた城壁では、防御力は天と地ほどの差があるが、防衛力の高低が税金の額に比例するのは常識であった。


 稀に生活魔法すら使えない者もいるが、ミッドガルドの住民は大なり小なり体内に魔力を有している。【着火】の規模を大きくしたのがボール・アロー・ランス系統であり、ボールもしくはアロー系統が使えて初めて魔法師を名乗れるのである。


 お金さえあればアレクも【魔法のテント】を購入したかった。【拡張】のついた一番安い物でも快適度は段違いなのである。


 野営をする時は見張りをたてるが、大きいほど守り辛くなり、耐火機能を持つ魔物の革も過信すれば燃えるがそれでも、魔法がかかっていると言うだけで死傷率が変わるとなれば金を惜しむ冒険者は失格であるとされているからであった。


 もし、依頼を失敗したとしても生きてさえいれば、違約金を支払い立て直すことは可能である。高位冒険者ほど依頼の違約金も高くなる傾向があるが、稼げる金額も違う為に一度は冒険者ギルドが立て替える。

 報酬から引かれるという形になるが、過酷な借金奴隷にならなくて済む可能性もあるからだった。その冒険者に信用が無ければ、高位冒険者でも借金奴隷になるが、強靭な肉体を持っているだけで借金の返済期間も短くなるのだから鍛えていて損は無いだろう。


 アレクの行く手を阻んだのはスノーウルフであった。狼系の魔物で討伐ランクD相当の魔物であるが、足場が悪くまた集団戦を得意とするためになるべくであれば戦いたくない相手でもある。


 力の差を理解できるだけの知能があるために圧倒的な差があれば良いがそうでなく、怪我をしているとなれば最悪の敵である。


 優れた嗅覚を頼りにどこまでも追ってくる追跡者となるのだ。腰より低い角度からの攻撃は実に避け辛く、また噛みつきと引っ掻き・体当たりに注意していれば良いとはいえ、初心者の域を抜け出せていない新人冒険者は武器・防具ともに貧弱であることが多いことが主な原因である。


 Cランク以上の冒険者になればある程度の生活に余裕が出てくるがEランク以下の冒険者は街の便利屋といった位置づけであり、Dランクはやっと魔物を倒し始めた戦闘経験の浅い者が多い。


 先輩冒険者に酷使されながら戦闘経験を積むか同じランク同士でパーティを組んで行動するかは冒険者次第であるが、前者は金に困窮し、後者は命の危険が高すぎることになる。


 複数のパーティを纏めた単位であるクランに所属できたといってもそれが安泰であるとは限らないのが冒険者の厳しい所である。


 高位クランほど冒険者ギルドからの信頼もあつく、割の良い依頼にありつけることになるが肉体労働者でもあり、力こそが正義と言った風潮のある冒険者達に教養を求める方が間違いなのである。


 アレクは仲間に恵まれた為に生きて引退できたが、脱退に法外な金を求めるクランも遺憾ではあるが存在してしまうのである。


 矢を消費する弓士は遠距離攻撃が出来ることで重宝されるが、それは主に対人戦であり、対魔物では無難に長剣を使う者が多いのはリーチと維持費のバランスが良いからでもある。


 都市によっても多少のバラツキはあるが、鉄はありふれた資源であり、価格は安定している。鉄より純度の高い黒鉄や魔法要素を含みながらもミスリルよりも安価で丈夫な白鉄。


 冒険者になってからの最初の試練が自分にあった武器を購入することであり、Fランク冒険者は街の中で雑用の依頼を引き受け安価な宿に泊まり冒険者として活躍することを夢見て耐えるのである。


 中にはEランク冒険者への昇格目安である単体ゴブリンの討伐を素手や落ちている石の投擲で達成する豪の者もいるが、冒険者ギルド職員と仲良くなり、ギルドに信頼されることで借りれるようになる武器で達成するかはその冒険者の依頼に対する真摯さによって篩にかけられるのである。


 矢筒から鳥の羽で出来た木の矢を取り出しアレクは集中する。出来れば一矢一殺で接近される前に倒したいところであるが、肉体的に強化がされている魔物を矢で倒すのは難しい。


【纏矢】気を纏い攻撃力を上げることで敵を倒すことも不可能ではないが、体力・気力を消耗することは避けたい。【気闘術】を使いこなしているとは言い難いアレクの実力では、連続戦闘に制限がかかる。


 だからこその敵に見つかる前に発見し、戦闘そのものを回避するスタイルなのだが、スノーウルフ達はアレクを見逃すつもりはないみたいである。


 アレクの放った矢はスノーウルフの目を貫き、脳へと達しその生命活動を停止させたが、悪条件の中で目を射抜く奇跡はそう何度も起こらないだろう。


 防寒対策をしてきたとは言え厚着は動きを阻害する。流石に雪山に金属鎧で来るほど愚かでは無かったが、一般的には金属鎧の方が革鎧より防御力が高いとされている。


 生前に強い魔力を持つほどその皮は硬質化されており、職人の手によって革となった後は使用者の命を守る鎧となる。


 境目はCランクと言われており、普通の鉄製の武器では攻撃が通りにくくなる。魔闘術・気闘術の初歩である【纏体】その発展である【纏部】。


 更にその発展である【纏武】を使えないと有効なダメージを与え辛くなるのだ。目や関節といった弱点部分を狙う技術と武器を振り続けられる体力があればまた別だが、体力は有限であり戦闘中に他の魔物が乱入してくる事を想定すれば気闘術は高位冒険者には必須の技能であった。


 一般的には魔物を倒して身体能力が上がるのは倒した魔物の魔素を吸収しているからだと言われている。身体強化とともに才能の器を大きくするのは誰にでも与えられた神の祝福であるとされているが、魔素の濃い土地には強い魔物が蔓延っており、その土地に居続けたとしても特別な才能を持たない限りは強くなる事はない。


 そのために貴族は子弟に配下の兵を率いさせてゲーム用語で言うところのパワーレベリングを行うのである。


 纏武を扱えるアレクは弓士としては初級の壁を突破していたが、やはり農民出身であり特別な才能などなかった為に上級の壁に阻まれた。


 豪商とまではいかなくとも中流階級の商人であれば伝手のある冒険者に依頼してレベルアップが出来た筈なのでやはり冒険者という職業はハイリスクハイリターンな仕事であると言えた。欠かす事の出来ない仕事ではあるが相対的な社会的地位は低いのである。


 纏矢は気力を余分に消耗するために纏武に切り替えて戦うことをアレクは選択せざるおえなかった。鉄製のスコップでスノーウルフを牽制しながら確実にダメージを与えてことでスノーウルフリーダーを倒し、魔石を回収する。


 皮を鞣している時間はないし、吹雪も徐々に強くなってきている。視界が悪い中で雪山を彷徨うことは自殺行為ではあるがこのままでは確実な死が待っていると思った際に何とか洞窟を発見することが出来たのは幸運であった。


 魔物の住処でないことを確認し、魔避の香を焚いて少しでも暖をとることにした。まだ山を登り始めてそう高い位置まで来ていないが周辺を探索する価値はあるだろう。


 拠点が定まったのであればソロの冒険でも生存率は上がる。だが、十分な休息は難しいだろう。洞窟への襲撃を考慮しなくてはならず、交代を考えれば最低でも三人は必要だった。


 寝不足による戦闘能力の低下は無視できるものではなく、竜峰に辿り着くまでにも既に消耗しているからであった。冒険者の中で堅パンと呼ばれる長期保存に適したパンが食事であった。


 本当であれば食事も眠くなるために避けた方が良いのだが、食べれる時に食べておかないと体力が持たないのもまた事実であった。


 Eランクに相当するスモールスパイダーの糸を加工した鳴子を念の為に設置する。目を閉じて体を休ませるだけのつもりのアレクであったが、疲れていたのかそのまま熟睡してしまう。


 運が良かったのか魔物には襲撃されたかったが、それ以上に厄介な存在が起きた時に傍におり、驚愕するのであった。

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