8曲目*走馬灯
ああ。
これでいける。
長かった。
しんどかったな。
結構、簡単じゃないか…
もっと、早くにやれば良かったよ。
こんなときでさえ二の足踏んでたんだから、駄目なんだよね。
えっと…
人?
人と言えば人だけど…そうじゃない気もするし…
黒っぽい感じもするし…白っぽい気もする…
というか、何にも見えないはずなのに…見えるような…
『ごきげんよう』
ああ…
あたし、死んじゃうんだもんね。
『そうね。「お迎え」ってやつ。でも貴女は、まだ「狭間」の状態よ』
ハザマ?あれ?ハザマカンペイって死んでるんだっけ?
『冗談が言えるなら、まだ元気ね。貴女にはまず、「走馬灯」を見せてあげるわ』
走馬灯?
あの死ぬ人が見る、今までの人生をバババッて、フラッシュバックするやつ?
『そうよ。貴女が生きた人生。さあ…しばし…ご覧あれ…』
死神さん…?
本当に今度こそ、真っ暗になっちゃったんだけど…
何にも見えないし…聴こえないよ…
…あれ?
…すごい…
前も横も後ろも全部ぜんぶが大きいスクリーンになってる…。
…始った…小さい赤ちゃん………しわしわだ。
『未熟児だった貴女ね』
…保育園の運動会…父さんと母さん…観に来てくれてる…。
『かけっこで一等賞。活発だったのね』
…小学校に上がって、父さんと母さんが離婚した…。
『貴女は離婚理由で父親に引き取られた』
…中学受験も失敗した…。
父さんは再婚して、新しい奥さんと子ども出来たし…あたしと喧嘩が耐えなくて…この頃から…よく、殴られるようになった…。
『学校も行かなくなったわね』
ねえ、こんなろくでもない走馬灯見てさ、何になるの?
意味なくない?
なんなの、本当。
とっとと早く連れて行ってよ。
『規則なの。我慢なさって』
何とか学校も卒業したし、とりあえずその辺の会社にも入った。
生きて行くため、あのクソみたいな家を出るため。
会社行って人間関係広がるかもって期待したけど…
ランチ行く同僚もいないし休み時間は一人で本読むしかないし。
遊ぶ友達も恋人もいない。あたしのスマホは鳴らないの。
今も見たでしょう?あのスクリーン。
何にもない毎日なの。
夢もない、趣味もない、何もない。
虚しいだけの下らない人生。
あたしを気にかけてくれる人間なんて、この世には誰一人いないの。
これまでも、これからも…!
『そうなのかしら?今映っていた「人間」は違うのね?』
え?誰?
『巻き戻してみる?』
巻き戻すって、どういうこと?
『これは、貴女の人生を「一本の映画」にしているの。映画ってフィルムでしょ?その場面まで「巻き戻して」みる?』
「こんにちは、いい天気ですね」
「新しい本が入ったんですよ」
「これ、前にお話しした私のおすすめなんです」
「少しの間いらっしゃらないから…待ってました」
「貴女からしたら、『お母さん』より年上でしょうけど…お話していると楽しくて。…今度、よかったらお茶でも行きませんか」
あ…この人…
よく行く区民図書館の人だ…。
…そういえば、最近行ってなかったな。
…本……返しに行かなきゃ…。
今頃……心配、して…くれてるかな…。
『お茶に行く約束は『走馬灯』によると果たせていないわね』
………
あたし……
『貴女、勘違いしているようだけど、「走馬灯」は必ず「死ぬ人が見るもの」じゃなくてよ?』
そうなの?
…だったら…あたし、まだ……
『生きる気がある人間に、あたくしは用はないわ』
***
まどろんだ意識の中、誰かがあたしの手を握ってくれた感覚があった。
いや、握らせてくれた、というのが正しいかもしれない。
握ったスマートフォンが勝手に通話になっており、電話口から「110番ですか?救急ですか?」とだけ聞こえた。
あたしは、「薬を…いっぱい…飲みました」と必死に助けを求めた。
『遠い未来に、また会いましょう』
終
3・4・5曲で書きました「死神」話です。