1.唯一無二の友の死
第一部
この国には未来がない。形だけの民主主義に、偽善に浸る政治家、ウイルスは蔓延し、貧富の格差が大きいから医者にも掛かれない。騙し騙される関係が横行し、強者が弱者を食いものにする。法律?もちろんあるさ。でも、裁判官が賄賂で不正な判決をしてしまうから何の意味もない。不信感が浸透した結果、いじめは当たり前のことで何万人も自殺する。そして誰も止めようとしない。
「ばかばかしい。」
僕はニュースを見ながら吐き捨てた。そうしてスマホを布団に放って、その横に寝転んだ。しばらくボーッとした後、明日も学校だったことを思い出して、僕は宿題をすることにした。でも、この時の僕はまだ自分には関係のないこと程度にしか考えていなかった。
朝6時30分、いつも通りの起床だ。外を見ると雨が降っていた。雲は黒く、朝なのにまるで日没のような暗さだった。でも暗い天気は嫌いではない。それどころか好きな方だ。だってこの国の状況そのものを表しているかのようで皮肉だと思ったからだ。サッサと制服に着替えて、朝食をすませる。そうして学校に行く。いつも通りの一日が始まった。
「おはよう!」この暗い天気に相いれない明るい声が聞こえる。声の主は中学の頃からずっと同じクラスの京だ。京は僕とは正反対の明るい性格の持ち主で、友人も多い。僕と京の馴れ初めは中学2年生の時だった。僕がある童話を読んでいると、彼女が話しかけてきた。最初はあしらっていたけれど、何度も話しかけてくる彼女に僕が根負けする形で会話が始まって、今となっては僕の中で一番の仲良しになっていた。
「おはよう。」僕があいさつを返すと、京は僕の隣を歩く。
「今日も雨だねー。こんなに雨ばっかりだと、お外で遊べないから退屈だよー。」
「そうだな。京って意外とアウトドア派だよな。」
「意外ってなによ(笑)。散歩するとね、景色の変化が楽しめるの。するとね、私の住む世界って思ったより広いなぁって思うの。」
京のこういった考え方は好きだ。自分の世界で完結せずに、拡張しようとしているように感じて彼女らしい。彼女が現状維持に満足して、向上しなくなることは僕にとって考えられなかった。
「確かにそうかもしれない。今度俺も一緒に散歩してもいいか?」
僕は少し悩んだが、京の向上精神を今回は見習ってみようと思った。
「…」
僕の似合わない発言に戸惑ったのか京は僕を見つめてキョトンとしていた。
「あのなぁ、僕だってたまには京を見習おうかなとか思ったりもするんだぞ?」
さらに僕に似合わなかったのだろうか。京はしばらく黙って、傘を持っていない右手を下あごに当てて首を傾げた。
「もしかして、熱ある…?」
この女、あろうことか心配しているのだ。彼女の中で僕は存外ひどい位置づけなのだろう。
「お前…。」
僕は肩をすくめながら、ため息を吐いた。
「だって、そんなこと今まで言ってこなかったじゃんかー(笑)。でもまぁ、いいよ。じゃあ今週末ね?」
「わかった。」
そんなやり取りをしていると、前に女子の集団が見えてきた。
「あれ。京のお仲間じゃないか。」
「う、うん。そうだね。」
京は下を向きながら、そう答えた。その声は少しか細くなった。
(ん…?嫌がっている?)
僕は少し不審に思って京に聞いてみることにした。
「なにかあったのか?」
京はうつむいたまま、数秒後に僕を見上げ、「何でもない何でもない。うんうん!じゃあ行くね!週末楽しみにしてなさいよー?」と言って、前の集団に走っていった。京の背中が僕から遠ざかり、同時に僕の耳には雨の音だけが聞こえた。
授業は全て終わり、僕は帰路に就いた。自慢にはならないだろうが僕の帰宅はかなり早く、僕が学校を出る前に学校を出ている人の方が少ない。そして僕より前に学校を後にする人は大抵僕と同じでクラスの中で孤立している。でも今日はいつもとは違った。ずっと前に京がいる。僕はまず本当に京なのか疑った。傘で顔が見えないし、立ち姿だけで判断するには僕はあまりにも京を見てこなかった。そうして京かどうか分からないまま、自宅に着いた。
帰宅後は昨日と全く変わらない時間を過ぎしていた。いつも通り、スマホでネットニュースを見た。殺人が数件と、交通事故が数十件、自殺は30人前後、窃盗は三桁と悲惨なニュースが次から次へと表示されていた。それぞれの専門家がもっともらしいことを述べて、記事は読者に問いかけるようなフレーズを用いて終わっている。僕は憂鬱になった。その僕をさらに憂鬱にさせたのは動画投稿サイトだった。そこには不愉快な動画であふれていた。『コーク一気飲みしてみた』や『格安店で爆買い』や『交差点の真ん中でソファに座ってみた』といった動画があった。きっと僕みたいに歪んでいなければバカバカしくて面白い動画だと感じるのだろうけれど、僕は毎日たくさんの人が死んでいる中で、どうして浪費を押し出した動画を作るのか理解できなかった。一方は食べるものにも事欠くのに、もう一方は浪費を享受する。
「本当に嫌な世界だ。」
僕はそう吐き捨てて、眠りについた。
次の日の朝、僕は寝起きが悪かった。それは嫌な夢を見たからだ。夢の中で、僕の目の前で誰かが首吊りしている夢だった。僕は叫んでも誰も助けに来てくれなくて、死体を前に何もできない。そんなひどい夢だった。そのせいか僕はいつもより30分遅い登校になった。今日も雨だった。
京は休みだった。先生が言うには、京は風邪とのことだ。僕は京以外と話すことはないため、その日は久しぶりに一言も話すことがなかった。
次の日も京は休みだった。さすがにあの元気だけが売りの京が2日連続で休むことは考えにくく、僕は心配になった。でも僕は連絡する手段がなかったし、京の家を知らなかった。だから僕は明日来なければ、先生に聞いて京の家を訪ねることにした。でも後になって思えば、このときの僕は悠長に構え過ぎていた。本当は既に動いておくべきだったんだ。そうすればきっと…。
事件は次の日に起こった。僕はいつも通りの時刻に通学し、学校に着いた。そうして教室に向かうと、教室の前には教師陣が並び、窓からは生徒が覗き込んでいた。
(どうしたのだろう?)
僕はあまり人だまりが好きではなく、例え有名人がいたとしても人だまりの中から見ることは絶対に嫌だと感じる人間だったため、できることならば迂回したかった。でも、教師陣も生徒も僕の入る教室の前で人だまりになっているから、僕は避けることができなかった。そうして僕の目に一生忘れられない光景が映った。
「え……。」
僕の目に映った光景は京だった。腕にいくつかの火傷を負い、机に突っ伏した姿で刃物が片手を貫通していた。京は死んでいた。制服はところどころ破れ、いつもはサラサラした黒い髪はぼさぼさになっていた。京は死んだのだ。僕は結局その事実を京の通夜まで理解できなかった。僕の時間は止まっていた。
その日のニュースに自殺者が8件と表示されていた。
「そうか。こんな気持ちになるのか。」
僕の独り言が部屋の中で虚しくこだました。誰もいない部屋に僕の声が響き、居場所を失うように消えていった。だがそれ以上に僕の心はすでにおかしくなっていた。
「京の死さえ、ただの数字になるのか。」
僕は今まで感じたことのない虚無を味わい、自らの共感性のなさを痛感した。そうだ。件数として表示された数字だってその中身は人なのだ。京のように誰かに大切に思われていた人なのだ。
「僕はなんて心のない人間になのだろうか。」
僕は急に自分が情けなくなった。そして僕は京の死について自分だけで調べることにした。京の死を解明し、殺した奴を絶対に殺す。僕はそう誓った。
「ここに希望なんてない。」
僕の小さな一言が壁に溶けていった。
「まずは教師に聞くべきだろう。もちろん話してくれるとは思えないが、まずは聞かなくては。次は親だ。京の家は昨日のニュース記事から分かっている。」
本来は連続という形式を取るつもりはありませんでした。ところが駄文なのか文字だけはたくさん書いてしまい、さらに構図まで浮かんでくるものですから、もう幾つかにパート分けすることにしました。
読んでくださる方に感謝を表明します。
現在のところは、一日一投稿を目指しています。