紅鶴
夕暮れ時の寒さが際立ち始めた十月の中頃。
もやもやと糸が絡まったように優れない内心が、無意識に親指の逆剥けを爪弾くように毟る動作として現れる。
賑やかな歓楽街とは対照的に、寂れて萎んでいてどこか陰気な路地を歩く。
あの子の帰り際の、にべもない態度が脳裏にこびり付いて離れない。
客以上の立場になれると勝手に思い込んでいた自分を批難するような路地の静けさがいやに鼻につくようで、思わず鼻の頭を擦る。
頭では分かっているのだ、彼女が身に着けていたアクセサリーの数々は同じ様に彼女を自分の物にしようとあさましくも貢いでいる他の男達からのプレゼントだと。まさに程度の低い泥試合だと。
しかし、彼女のその流れるような黒髪や濡れた宝石のように美しい瞳、繊細なガラス細工のように透き通った肌に触れたいと。
彼女を前にするとそんなことしか考えられなくなってしまう。
しかし、別れ際になれば彼女の態度から自分も他の男と同じ選ばれる筈のないものなんだと現実に戻り、寂しさと嫉妬で頭が覆われる。そして次に会う時は、と根拠のない期待感を胸に灯してしまう。
案の定次に会った時はすっかり舞い上がってしまい、要らないことまで口を滑らせ、取り繕うように虚仮威しの美辞麗句を並べ、
傍から見れば目も当てられないほどの浮かれっぷり、狼狽えっぷりといった有様になる。
それでも全てお見通しな事は一欠片も顔には出さず、包み込むように穏やかに聞いてくれる彼女にいい気になってしまう。
感嘆を込めた彼女の言葉だけ聞いていたい、彼女の為に己の全てを投げ売ってもいいとすら思えてしまう。
そしてまた時間になれば、彼女と別れなければならない。
はにかみながら此方を見送る彼女にすがろうと、「また来る、って言ってたでしょ?」と言われてしまえばそれまでだ。
吐いた唾は飲めない、そう念を押すような彼女の口調や視線に内心悪態をつきながら店を後にする。
ぼたぼたと樹雨に打たれているような、薄ら寒さすら感じる寂しさを抱えながら彼女に会うために泡銭を稼ぐ日々。
どこまでこの関係を続けても、自分の客という立場は変わらない。
酒に酔った張子の虎達を端役に猿芝居を続ける彼女など、いっその事地獄にでも落ちてしまえばいい。
なんて考えも浮かぶが、結局彼女のもとへ足を運んでしまう。
酔いに任せてもう帰らない、なんて言ったところで金が尽きてしまえば縁も切れる。
今夜も嫉妬ともの寂しさだけを胸中に残して店を後にする。
逆剥けを爪弾くように毟りながら、寂れてにべもないネオンの看板に彼女の姿を思い出しながら。