第六話 「孤独の村」
「…………うっ……っ……」
意識が明滅する。不安定な切れかけのライトのように、思考が上手くまとまらない。私は、何を――
辺りを見回せば、そこには見飽きた畑だけが広がっていて、他に目につくのは、時代を感じさせる古い道路標識だけ。字が薄れて上手く読めないけれど、かろうじてそれが、「蠱毒村」と書いてあることだけは分かった。……四日前に見た、村の入り口付近に設置されていたはずのその看板。それを見て、私は大体のことを理解してしまう。
「……そういう、ことか」
入る者を招き、出る者を拒む蠱毒壷。抜け出ることの叶わない、呪いの村。
……あぁ、そうだ。私たちは少しだって赦されてなんかいなかった。あれが望んだ復讐に、理不尽なまでに奪われた。それだけだったんだ。
私の後ろでは、至る所のガラスが割れたバスの残骸が、火を噴きだしながら燃え上がり、煙を上げている。……皆、死んでしまった。誰一人だって残さず、一方的に殺された。私以外みんな、あの炎に呑まれて消えた。
たぶん、私がこうして生きているのも、あれがそう望んだからなんだろう。桜の最も近くにいたにも関わらず、彼女と彼の最後の繋がりが奪われるのを、見て見ぬ振りをした私を、あれは決して赦さない。罪には罰を。奪われたのなら、徹底的に奪い尽くす。そうやって私は、何もかもを失った。彼女に全てを奪われた。
後悔はもう遅い。そんなものは、彼女には一銭の価値もない。ただ呪いと復讐を。それだけが怨霊に残された、唯一の意思なのだから。
――それは、いつの間にそこにいたのだろう。
顔を上げると見える。青白い肌に、艶のある黒髪。整った顔立ちだが、その瞳だけは強い感情が宿っていた。
姿容が違くとも、私にはなんとなく分かってしまう。何度もその瞳を見てきた。その笑みで嘲られてきた。
――これは、彼女だ。どこまでも狂った、人間のなれの果てだ。
女の両手が、私の頬にそっと触れる。異様なまでに冷たいその指が、私の体温を奪っていく。
女はただ、私を見つめていた。その視線は、復讐の炎に燃えているようにも、愛しき者に魅入っているようにも見えて、私は身動きの取れないまま、地面に座り込んでいるしかなかった。
数秒か、数分か。時間の感覚が狂った世界で、彼女の唇が動くのが分かる。それは言葉を形づくり、私に最後の呪いを告げる。……二度と消えない、永遠の呪いを。
――お前も、孤独になれ。
そう言い残して彼女は微かに笑ってから、蜃気楼のように消えていった。
「…………」
静寂が辺りを包む。心中に訪れるのは、既に過ぎ去った無意味な後悔だけ。
――私が止めればよかった。
――もう誰もいない。
――赦されない。
――私は……
燃え朽ちるバスの中から、ひび割れたラジオが流れてくる。
「……ザザ……ザザザ……今日未明、××市の住宅で、二人の男女の遺体が発見されました。警察は身元の確認を急いでおり――」
私の傍には、もう誰もいないみたいだ。正確な情報がなくても、その二人組の遺体というのは私の両親のことだろう、とぼんやんりとした思考で分かってしまう。
奪われた。友人も、帰る場所さえも。何もかも。
呪いは、私の全てを刈り取っていった。同じ目に遇えと。永遠の孤独を味わえと。そう彼女は呪い、私は空っぽの人間に成り果てた。
「…………」
不思議と、涙は出てこなかった。
意味もなく立ち上がった私は、どうしようもなく明りのない思考の中で、それを一つの救いだと思うようになっていた。
私に残された唯一の場所。独りの私が、私であり続けられる最後の世界。そんな桃源郷がここにあることが、今は嬉しくてしょうがなかった。
だから、呟く。
最後の最後まで何一つ出来なかった自分から逃げるように。変わり果てた現実に背を向けるように。
――村へ、帰ろう。
私は振り返って、歩き出した。
……ということで、『孤独村』完結です。最後まで付き合って下さって、有り難うございました。
ホラーっぽい何か、お楽しみ頂けたでしょうか。予告していた通り、和ホラーというジャンルからズレた気がしなくもないですが、書いていた私が楽しめたので、そこはよかったかな、と。
怨霊や祟りの類は、昔から日本伝統(?)として親しまれていますが、私は勉強不足でよく分からないジャンルだったので、「こんな一方的な呪いがあったら怖いだろうなー」なんてことを考えながら書いていました笑。「やってはいけないことをした側も悪いけれど、恨む側も少しやり過ぎな気がする」。そういう理不尽さが描けていたら嬉しいです。
これからも地道に努力していくので、よろしくお願いします。それでは。