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孤独村  作者: 岸上時雨
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第五話 「後悔と崩壊」

 ――あれから、二日が経った。夏の思い出になるはずだった私たちの夏合宿は、行方不明者を二人出すという、考えうる限り最悪な形で終わりを迎えた。

 村付近の警察から来た警察官が総出で捜索したものの、消えた部員たちは一向に見当たらず、手がかりの一つさえ掴めなかったらしい。それもそのはずだ。二人はもう、この世にはいないのだから。……きっと、ではなく確実に。

 二日目の光景が脳裏を掠める度、激しい動悸と吐き気に襲われる。は呪いであり、地獄だった。悲劇の全てが頭に焼き付いて、何度も何度も繰り返す。忘れようとしても、あの叫びは消えてくれなかった。

 当然のように私の証言は全く相手にされなかった。警察曰く、私が見たものは、精神的なショックが見せた幻覚らしい。あれが幻なら、どうしての嘲りが頭から離れないのだろう。最後まで何もできなかった私は、今も二人に謝り続けるのだろう。悔い続けても一生ゆるされない呪い。あれは、悪夢ユメですらなかったというのに。

 警察は、二人が消えたのを誘拐事件の類と判断したようで、「これ以上の被害者が出ないように」と、私たちは今日、村を離れ一時帰宅することになった。安全を配慮する上で正しい選択だろうけど、何もできないまま私たちだけ帰るというのは、どうしようもなくやるせなかった。

 私たちが帰った後も、警察は引き続き捜索をするそうだが、何の意味もないこともまた明白だった。目前で殺された麻子でさえ、あの場から消えてしまったのだ。はきっと、何一つだって遺してはくれないだろう。奪われたものは、二度と帰ってこない。

 木戸先生は、自分の受け持つ部活から行方不明者が二人も出でしまったことに相当参ってしまったらしく、あの夜からずっと情緒が不安定になっていた。現に、帰宅が決定したと同時に、私たちを連れて村から逃げるようにバスへ乗り込む始末だ。教師としての責務とこれからの自分の状況を想像して、ストレスが限界に達していたのだろう。今にも死にそうな顔をしていて、正直先生に帰りの運転を任せるのは不安でしかなかった。


「…………」


 日が落ち始めた頃に発進したバスの中では、誰も言葉を交わさず、ただ各々が沈鬱な表情を浮かべていた。私だけではないだろうけど、今は何も語る気にはなれなかった。

 ……すべての原因だった”あの指輪”は、時間を見つけて元の持ち主の墓へと戻しておいた。これできっと、の怒りも収まるはずだ。喪われたものは返ってこないけれど、もう誰も呪われることはない。

 指輪を返し、墓花を終えた私はその帰り道に、()が指輪を大事にしていた理由を考え、少しだけ推測を立てていた。

 ――ここからは私の想像だけど、たぶん昔この村に住んでいたには、とても大切な人がいたのだろう。自分の全てを懸けられる、そんな人が。その人が彼女にとって友人なのか、恋人なのか、夫だったのかは分からないけれど、確かに二人は幸せで、行きつく先で彼女は、彼から指輪を渡されたはずだ。約束をして、言葉を交わし、幸せを祈って――そして、その人を喪った。

 嘆きがあった。叫びがあった。交わした指はくうを切り、残された彼女は独りとなった。嵌められた指輪が『形見』となったその時に、彼女の幸せは終わりを迎え、指だけを残してこの世を去った。

 ありふれた、けれど強く憎悪と悲哀に満ちたその感情は、今もこの村に残り、『彼』との最後の繋がりを奪おうとする者を祟り続けている……。

 ――そんな推測は、結局のところただの想像で、何の根拠もなかったけれど、確かに私たちは、の領分を冒した。大切にしていた物を奪い取った者は、彼女と同じく大切なモノを奪われる。因果応報であり、強すぎる呪いは、奪い取った側の私たちから等しく命を奪い取っていった。

 それが、この夏に起きた全て。もう取り戻すことの叶わない、私たちの過ち。


「…………」


 無意識の内に、強く拳を握ってしまう。やりきれなくて、理不尽で、当然の結果で――ただ、辛かった。

 どんな理由があろうと友人を、仲間を亡くした辛さは、どうすることもできなかった。二人の犠牲は、私という人間には重すぎた。

 死ぬほど悔いた。何度も何度も謝り続けた。赦してなんかくれないと分かっていても、そうしなければ壊れてしまいそうだった。彼女たちが死んで、今私はこうやって生きている。その罪悪感が、それでも生きていると安心した自分の我が身可愛さが、どうしようもなく辛かった。

 けれど、同時に気付くのだ。私たちは、彼女たちの分まで、どうにか生きていかなければいけないということに。

 命の重みに押し潰されそうになっても、この夏の恐怖を何度思い出しても、私は生きている限り、私たちがそれを背負っていくことは、義務であり十字架なんだ。

 彼女たちのおかげで今がある。ならば、私たちは絶対に生きなきゃならない。二人の意義を穢すことだけはしたくなかった。


 ――生きよう。どんなことがあっても。

 ――忘れないために。背負っていくために。


「…………」


 畑の続く光景を、窓ガラス越しに眺めていると、次第に意識がぼうっとしてくる。私も先生と同じく、かなり参っているみたいだった。あの日からロクに眠った記憶がないし、寝る気にもなれなかった。でも、これからどうあるべきか決めた今だけは、少しだけ休みたかった。


「……ふぅ」


 重い息を吐きだし、私は体の力を抜いて座席にもたれるように座り直す。

 急速に閉じていく視界の中で、運転席に設置されたバックミラーが目に映り――






 ……笑みが、あった。





 いた。そこには、はっきりと映り込んでいた。

 最後方座席の前から三番目。何をするのでもなく、視界を彷徨わせていたかおるの後ろ。もう二度と見ることないと思っていた、ぎらついた双方は、確かに私を見ていた。

 強張った指がそっと、彼女の首に当てられる。呪い終わってなどいないと、誰も赦しはしないと、そう言うかのようには躊躇わず死を振るう。止められない。人でない『何か』に、幾数年もの時を積み重ねられた呪いに、人は、どうしようもなく無力だった。――ただ、殺されるだけだ。


「やめてぇぇぇぇぇぇ――!!」


 ゴキリ、と。薫の首が不自然な格好で折れ曲がる。脳へと繋がっていた血管の束が、一瞬で引き千切られ、彼女の意識を永遠に奪う。

 誰かがそれに気づき、何かを思い、そして叫びが上がる前に、は別の誰かを手にかける。

 地獄だった。目が潰れ、血が冗談のように辺りへ飛び散り、骨が粉々に砕けていく。

 どう足掻いたって私の身体は動かなくて、その凄惨な光景だけが、無理矢理に開かれた網膜に焼き付いていく。そして、耳をつんざく叫びが全て途絶え、残った先生の身体があらぬ方向に捻じり曲がった直後、轟音が耳を震わせる。

 それが、運転手を失ったバスの転倒音だと気付いた時には、もう遅くて――


 私の意識は、そこで途切れた。

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