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孤独村  作者: 岸上時雨
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第一話 「誰もいない村」

 孤独村。都会を離れた片田舎には、昔からそう呼ばれる村があった。

 正式な山村名は蠱毒村。山のふもとに位置し、水田などしかないため人が寄り付かなかったことから、それを揶揄してその名称で呼ばれるようになったらしい。

 そんな、寂れてある意味見晴らしのいい場所へ私たち、滄溟そうめい高校の女子陸上部は、この夏休みを使って夏合宿に訪れていた。


「いやー、ほんと暑いっすね、ここ。干上がっちゃいそうですよ」

 

 今回の合宿には、秋季大会の選抜に選ばれた部員が参加していて、その内の一人、ボーイッシュな容姿をした後輩、枝木薫が、周りに畑しかない道を歩きながら顔をしかめて呟く。

 それに返答したのが、部長の金池麻子。今日は眼鏡の代わりにコンタクトをしていたけれど、いつもの理知的な感じは全く薄れていない。


「そうねぇ。木戸先生も、何でこんな暑い時に「暇だろうから散歩してきていいぞ」なんて言ったのかしら」


 午前十時。日はどんどん上の方へ昇っていって、私たちを執拗に照らしている。さすが田舎。日を遮るものが何もないから、肌の天敵である日光を直に受けるハメになってしまっている。


「……ったく、あの顧問は。てかあいつ、今頃クーラー点いた旅館で寝てたりすんのか? だとしたら軽く殺意が沸くな」


 鬱陶しそうに後ろで束ねた黒髪をいじながら、口悪く言うのは、有馬春香ありまはるか。陸上部で最も足の速い彼女は、薄手のタンクトップを着ていて、女子の私から見ても少々刺激が強かった。


「ねぇ、香奈。私たちいつまで歩くの? ここ、畑しかないよ」


 そう言って私――溝口加奈に話しかけてくるのは、中学校からの友だちで、陸上部の中で一番仲の良い、今村桜だ。小さくて可愛らしい見た目とは裏腹に、少し我儘だったりするけど、いつでも私を気にかけてくれる優しい娘。


「うーん、私も良く決めてない。せっかく来たんだし、珍しい物一つぐらいは見つけたいよね」


 私たち選抜組は、特に目的地もあるわけでもなく、ただ村の道を進んでいく。……ほんとに何もない場所だなぁ。見回しても、家なんて一軒ぐらいしか目に入らないし、それ以外言葉で表せるのって、『山』と『畑』くらいしかない。こんなに何もなくて、村は成り立つのだろうか。荒野と何が違うんだろう。

 ちなみに私たちが泊まる予定の旅館は、想像通りの見た目だった。かなり年代は経っていそうだったけれど、かろうじて宿泊できる場所であることは分かる感じ。でも、ご飯は先生に言わせればおいしいらしいし、露天風呂もあるはずなので、帰るのが楽しみだった。

 ……って、まだバスから降りて一時間も経ってないのに、もう既に旅館へ戻ることを考えてしまっている。駄目だな。やっぱり都会育ちの私に田舎の自然は合わないのかもしれない。

 そんな風に考えながら延々と続きそうな道を歩いていると、


「あっ、あれ何だろ? なんか並んでるよ」


 桜が声を上げて指差す先には、石みたいなものが並んでいる奇妙な場所があった。そこだけ人工的に綺麗に整えられているところを見ると、墓地か何かなんだろうか。


「行ってみる? ……ていうか他に何もないか」


「私はどっちでもいいよ。早く帰りてぇ」


「そう言わないの。これも経験だと思えばいいじゃない」


 色々言いながらも、私たちはそこへ近づいていく。

 間近で見ると、やっぱりそれはお墓みたいだった。作られてからどれくらい時間が経っているのかは分からないけれど、どれも案外新しく思えた。もしかすると誰かが磨きに来ているのかもしれないけど。


「墓地ってちょっと怖いっすよね。独特の雰囲気があるっていうか……」


「うん、分かるわそれ。本能的に避けるんじゃないかしら」


「そうかぁ? いるとしても仏さんしかいないだろ、こんなところ。……あ、まさかお前ら、幽霊怖がってんじゃねぇだろうなぁ?」


 ニヤニヤする春香の意見に「供養はされてるだろうし案外怖くはないかも」と感心していると、桜が一つのお墓へ走っていって、何かを手に取ったのが見える。彼女が立ち立ち止まった先には、この墓地の中で一番大きなお墓があって、それは何故か周りと比べてすごく古く見えた。まるで、近づくことすら住民から避けられていて、ずっと磨かれていないみたいに。

 そのお墓は、ところどころ石が欠けている上に色が褪せ始めていて、記された名前もはっきりと判別できないぐらいの状態だった。


「えっと……何それ」


 桜が手に取ったものは、ちょうど指にはまるくらいの、小さな物体だった。指輪の……おもちゃ?


「綺麗でしょ? 似合うかなー?」


 満面の笑みで、指輪を嵌めて見せてくれるのはいいんだけど、それはこの墓の持ち主のものなんじゃないんだろうか。盗ったら犯罪だ。


「あー、ねぇ桜。それ、戻そ? 誰かがお供えしたものかもしれないし」


 もしそうなら、おもちゃの指輪を誰かが供えたことになるけど、そんなことをする人は普通いるだろうか。たぶん、子供が置いていったものだろうと思ったけれど、一応注意をしておく。……というか、叱り方が小学生に対して言っているみたいだった。


「まぁ、落としもんだろ、そんなの。お供えするか、普通?」


「それもそうっすね。もらっていっていいんじゃないっすか?」


「ちょ、春香も薫も……桜を甘やかさないでよ。すぐ調子乗るんだから」


 「うわぁ、きれいー」と言って目を輝かせる桜を見ていたら、私も咎める気力がなくなって、最後には「まぁ、古いお墓だし、少しぐらい気にしないよね」と思った。


「そういえば、よくその指輪、どっか行かなかったね。どこかに引っかかってたの?」


 指輪(しかもプラスチック製のおもちゃ)ぐらい軽くて小さいと、風とかですぐに飛んで行ってしまいそうだけど……

 私が聞くと、桜は花立の方をを指さして、


「ここにかけてあったよ」


 私は言われるままにそこへ視線を動かす。

 蝋燭でもあるんだろう、そう思っていた私は、()()を見て声を失う。見慣れた、けれどそこにあるはずのないものがそこにあった。


 指。色が抜けたように白く、細長い人の指だった。


「――ッ」


 思考が止まる。汗が一気に噴き出すのが分かる。――何で、こんなところに。

 血の出ていない、手から切り離された一本のそれは、まるで作り物のようだった。いや、そうでなかったとしたら、それは一体何だというのか。


「ちょ、大丈夫っすか、香奈先輩。顔色悪ですけど」


 薫が声を掛けてきたと気付いた瞬間、思考が現実に引き戻される。彼女の方を反射的に見たあと、すぐに墓に目を戻すと、そこには薄白い指などどこにもなく、ただ蝋燭だけが立っているだけだった。


「……何で」


 幻覚だったのだろうか。いや、あれは確かに指に見えたし、見間違えるはずもないのに……


「ほんとね。少し休んだ方がいいかも」


 優子が私の顔を見て、心配そうに言う。彼女の言う通りだ。慣れない田舎に疲れてるのかもしれない。


「もう戻ろうぜ、疲れたわ」


 春香が気怠そうに言ったのを機に、私たちは一度旅館へ戻ることにした。よく分からない幻影を見てしまったけれど、指輪を見て満足した顔をする桜を見ていたら、すっかりそれも忘れてしまった。


 ……じっと私達を見つめる誰かの視線には、誰も気づかなかった。

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