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異世界保健所  作者: hybrid
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2章 診療所「イーレトレン・クリニック」6

アロイは自身の机で何やらよくわからない文献を読んでいた。つまりはサボりである。アロイに割り当てられた業務量はさほど多くないため、それを終わらせたうえでサボっているのだろう。そう考えることにしてアンバーはサボりを注意せずにアロイに話しかけた。


「ようアロイ、この前気にしてた”原因不明の遺伝性疾患”のことで聞きたいことがあるんだけど」


文献から目を上げたアロイは気怠そうな表情をしているが、”原因不明の遺伝性疾患”という単語が琴線に触れたのか、口調に気怠い様子はなかった。


「なんだ、アンバーさんか。”原因不明の遺伝性疾患”なんて聞かれても、実際原因不明なんですから私から言えることはあんまりありませんよ」


「そう言うなって。こっちは遺伝の勉強なんてしたこともないんだし」


アンバーが言うと、アロイは少し不機嫌になった様子で、机に積んだ文献の山が崩れないように、1冊の本を抜き取った。


「じゃあ今から勉強してください。この本は入門にしては少し重たいですが、遺伝の勉強をするにはもってこいですよ」


アンバーに突き出された本は「遺伝医学」と書かれていた。アロイは若干口調が早まりつつ、本の説明を続けた。


「この本の評価できるところは入門者でも多少時間をかければ知識が得られるという点と、遺伝医学界隈では触れられるのが少ないエピジェネティックな遺伝子修飾異常を1つの章としてまとめている点です。他にも」


「あーわかったわかった。それじゃあこの本読んで出直してくるよ。その時は”原因不明の遺伝性疾患”のこと教えてくれ」


アンバーに話を遮られて書評を発散できなくなったアロイは、


「うーん、しょうがないですねぇ。でも教える前にその本のこと口頭試問しますから、ちゃんと勉強しておいてくださいね」


とだけ返し、またサボりに戻った。


アロイのもとから退散したアンバーは、手に先程借りてきた本の重みを感じていた。


「しっかしこの本、一体何ページあるんだ?読み終えるのに何日かかるか」


適当にページをめくってみると、その文字数も膨大であることにアンバーは気が付いた。分厚いだけでなく文字数も多い、加えて今まで全く勉強をしたことのない分野である。これは徹夜しても1週間以上はかかるな、と思いながらアンバーは自分の業務に戻った。


この日からアンバーは、暇を見つけては「遺伝医学」の読了に向けて邁進する日々を送った。食事時や昼休憩、就寝前の時間も読書に割り当てて、遺伝性疾患の知識を吸収していった。最初の数日は慣れない分野の基礎的な知識を頭に叩き込むのに何度も同じページや章を読み返したが、段々と知識の素地が出来上がっていくと読むスピードは上昇していった。


そして本を借りてから約2週間後、ようやくアンバーは「遺伝医学」を読了した。実は遺伝に関する知識を得ている最中から”原因不明の遺伝性疾患”のことが脳内にチラついていたアンバーだったが、それを我慢してようやく達成した読了である。出張所に出勤するとその足は早速アロイのところに向かっていた。


「おはようアロイ、この本読み終わったから返すぞ」


そう言ってアンバーはアロイの横にある文献の山に「遺伝医学」を積み上げた。アロイはというと、朝は弱いのか眠たそうな表情でアンバーを見上げた。


「おはようございます。読むの結構時間かかりましたねぇ。内容はちゃんと頭にいれましたか?」


「ああ。それじゃあ”原因不明の遺伝性疾患”のこと教えてくれ」


アロイは眠そうな表情から一転、学生に講義を行う講師のような面持ちに切り替え、


「あぁ、ダメですダメです。”原因不明の遺伝性疾患”の前に口頭試問するってこの前話したじゃないですか。まずは第一問。遺伝性疾患の原因は?」


と問題を出した。アンバーとしてはおあずけを食らっているようなものだが、冷静に「遺伝医学」の内容を思い出し、口を開いた。


「染色体、遺伝子、ミトコンドリア、体細胞分裂、環境因子、呪いの6つ」


遺伝性疾患とはその名のとおり、親世代から子世代に遺伝する疾患の総称である。ただし、遺伝しない疾患も含まれるし、突如遺伝するようになる疾患もある。つまり、遺伝性疾患とは言っても色々含まれるので、「遺伝するモノ」と単純に考えない方がいい。よって、遺伝性疾患を起こす原因も、親から子へ遺伝する、という性質を持つものとそうでないものがある。まあ例外はあるが。


親から子へ遺伝するものの代表と言えば、遺伝子と染色体だろう。これらは父親と母親から1セットずつ引き継いでその子が形成される。また、ミトコンドリアに関しては母親のみから引き継いで子の細胞に導入される。呪いは呪術者や精霊等が特定の血脈を対象にして発生し、場合によってはその血脈が絶えるまで継続する。


親から子へ遺伝しないが遺伝性疾患の原因となるのが体細胞分裂と環境因子だ。受精卵が体を形作るうえで欠かせないのが体細胞分裂であるが、この過程にミスが生じると遺伝子や染色体に損傷が起きることがあり、やはり遺伝性疾患のトリガーとなる。また、我々の体は絶えず外部環境から様々な影響を受け、時には遺伝子や染色体に損傷が起きる。太陽光を浴びる時間や、摂取する食事でさえ遺伝性疾患を起こしうるという訳だ。


「おーさすが、ちゃんと勉強してますねアンバーさん。でも第一問は基本中の基本ですから。続いて第二問!母子感染する遺伝病と言えば?」

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