番外編 研究発表「王都内娼館Dに対するHACCP導入支援の取り組みについて」1
異世界保健所衛生課、その執務室にて。
「テイク、最近ヒマそうね」
「そりゃあ、最近事件も何も起こってないですからねー」
「だからってそこまでヒマそうにしてちゃあダメよ、プロ市民から”あの職員が執務時間中にサボってる”とか苦情入れられるかもしれないし」
「そうは言っても、実際ヒマですからね。自分みたいな新人が出来そうな雑用もないですし」
「フフン、そう言うと思ってアンタの大先輩が雑用を持ってきてあげたわよ。割と長時間没頭できる類の雑用をね」
「何ですかその勿体ぶった言い方…。言っておきますけど、広報誌のビラ配りとかは勘弁してくださいよ?あれ結構メンタルが削がれますからね」
「ビラ配りよりもマシな雑用よ。テイク、アンタには今年度の研究発表を担当してもらうわ、良かったわね、これで執務室でダラダラ時間を過ごすことは出来なくなるわよ」
「研究発表って言われてもいまいちピンとこないんですけど、何ですかそれ?ていうかそもそも雑用なんですか?」
「少なくともルーチンワークからかけ離れていることは確かね。いい?王都民の健康だとか衛生、ひっくるめて王都の保健を監視・向上することも保健所の役割ではあるんだけど、それ以外にも大事な役割があるの。それが調査・研究って訳。ちゃんと地域保健法にも書かれてるわよ」
「で、その”調査・研究”に当たる業務をやれと」
「そうそう。研究発表とは呼ばれているけど調査発表でもいいわよ。うちの課じゃあ研究発表の担当は大体新人が務めることになってるから。ちなみに、テイクにやってもらうのはあくまで研究”発表”だから、最終的には発表もしてもらうんでそのつもりでね」
「え!!発表なんて嫌ですよ。しかも雑用ってよりは明らかに面倒くさそうな仕事を新人に押し付けてるだけのように聞こえるんですけど…」
「新人なんだからそう口答えしないの。1年に1度は保健所の各課が研究発表しないと所長の機嫌が悪くなっちゃうんだから仕方ないでしょ」
「うーん、業務命令なら仕方ないですけど…研究のテーマとか、パッとは思いつかないですよ」
「ま、テーマ決めとか研究の進め方とかは私も手伝うから安心しなさい。私も新人の1度だけ研究発表したことあるし」
「へえ。どんな研究テーマだったんですか?」
「私が保健所に就職して最初に配属されたのは食品衛生の部署だったから、食品系のテーマね。確かHACCPがどうのこうの…みたいなテーマだったと思う。詳しくは忘れたわ」
「ネイザーさん忘れっぽいですねー。そんなんで可愛い後輩の研究手伝えるんですか?」
「全然問題ナシ。研究発表なんてポイントを押さえておけば他のことは多少適当でもいいんだから。それじゃあ早速だけど、最初のステップってことでテイクは研究テーマの候補を今週中に決めといてね。」
「今週ですか。結構急いで考えなきゃいけないですね」
「研究テーマが一番大事だから時間をかけて決めた方がいいって考えもあるけど、いざ研究を進めていくと、費用とか時間とか研究協力者の兼ね合いで、当初のテーマから少しずつズレていくことが多々あるのよ。だから、無駄に時間をかけずに、多少抽象的でもいいから研究テーマをスパっと決めちゃいましょう」
「”研究”って銘打つ割に抽象的な研究テーマでもいいって、保健所が行う研究ってアバウトなんですね」
「カッチリと格式ばった学会とか論文誌にはまず投稿することはないからそんな必要ないのよ」
「なるほど。じゃあ大雑把な研究テーマの候補を考えておきます。でも、今の仕事に関連する研究テーマって考えるとちょっとテーマの幅が狭くなるなあ」
「研究テーマって考えれば意外とあるものよ。テイクの場合だとこの前「ダーク・ミクスチャー」で色々と経験できたし、あの経験の中から研究テーマを探すのもアリ」
「まあ確かに「ダーク・ミクスチャー」関連なら研究テーマも見つかりそうです。あの娼館関係で研究テーマ考えておきますよ」
「じゃあ今週末の昼休憩の時にでも考えてきた研究テーマを検討するわよ」
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週末、衛生課執務室。
「ネイザーさん、研究テーマ考えてきましたよ」
「お、やるわね。もう少し時間がかかるかと思ってた」
「いやいや、自分もやる気が出れば研究テーマくらいポンポン思い浮かびますよ。紙にまとめてきたので、どのテーマが研究発表に向いてそうか吟味をお願いします」
「わざわざ紙にまとめてくるなんてホントにやる気が出たのね。えーっと、
①、娼館等風俗店の従事者における水道施設の衛生管理に関する意識調査…
②、娼館循環水中のレジオネラ属菌汚染状況についての考察…
③、水中マナ濃度の異常に伴うクリプトスポリジウム属原虫の免疫原性の変化について…
④、娼館に対する、HACCPの考えを取り入れた衛生管理手法導入の支援…
⑤、水中マナ濃度に影響を及ぼす亜人種の特性比較…
どれもテーマには出来そうだけど、検査係の手を借りなきゃいけなさそうなのがあるわね」
「それって何かマズイんですか?」
「今は衛生課と検査係の関係が微妙なラインを行ったり来たりしてるのよ。この前の「ダーク・ミクスチャー」の一件で、検査係には徹夜やら緊急の検査やらやらせちゃってるから。この期に及んで研究発表のための検査をやらせるのもちょっと忍びない、ってわけ」
「となると、②③⑤はボツになりますか。残りは①と④ですけど」
「実際に研究するにあたって労力が少なく済むのは①。でも新規性があるのは申し分なく④。ていうか、テイクはHACCPのことちゃんと知ってんの?」
「何となく資料を読んだだけです。要するに食べ物を作る工程1つ1つに食中毒に繋がるリスクが無いか洗い出して、その記録を取って食べ物の安全を担保しようってことですよね」
「………結構勉強してんじゃない」
「その考えを「ダーク・ミクスチャー」に当てはめて衛生管理をさせようって考えて思いついたのが④です」
「そう」
(つまり、HACCP方式で水道管理をさせて、今後あの娼館で基準値違反が出ないようにしたいのね)
「で、テイク的には①と④どっちがやりたいのよ?」
「圧倒的に④ですね」
(水道管理もそうだけど、プレイ中の性病感染予防とか転倒防止とかにもHACCPの考え方が活用できそうだし。なんなら「導入支援のため」って名目で娼館利用にも手当てが出るかも)
「新規性もあるなら所長も喜びそうですし」
「それじゃあ決まりね。今年度の研究テーマは④ってことで」
「はい。ところで、「ダーク・ミクスチャー」はルーセットさんが死んじゃいましたけど、新しい責任者の届出はもうされてるんですか?」
「この前の一件から1週間くらい後に届出があったみたい。連絡先はわかってるから、話を付けたら早速娼館に向かいましょう」
「わかりました。 って、一緒に向かうんですか!?」
「?当然でしょ。職員が外出する時は2人1組が基本よ」
「いえいえ!この研究発表は自分が担当ですから!ネイザーさんの手を煩わせるのも申し訳ないですし、自分1人で行きますよ!」
「何よ、なんか怪しいわね。…まあでも私も仕事が溜まってるっちゃ溜まってるし、…わかったわよ。娼館には1人で行ってきなさい。でも、あの娼館に行くときは事前にこっちに連絡入れて、帰庁予定時刻も教えるのよ。また変な目に遭ったらたまったもんじゃないし」
「ええ、わかりました!それじゃ、「ダーク・ミクスチャー」の責任者に連絡してきますね!」
………




