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異世界保健所  作者: hybrid
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2章 診療所「イーレトレン・クリニック」3

四半期報とは統計資料の一つで、行政データを集積したものだ。財政関係の部署が発行する四半期報は予算やら支出やらのの情報が事細かに報告され、対して保健所が発行する四半期報には死者数やその死因、特定の感染症の患者数の推移等の情報が盛り込まれる。1年に4回、つまり3ヵ月毎に発行され、王都の保健行政の状況が保健所の内外に知れ渡るという訳だ。


「あー四半期報ね。俺も暇なときに目を通してたわ。良く知らない感染症とか疾患が載ってて結構勉強になるんだよな」


アンバーはその場の会話を保たせるために何げなくそう言ったが、アロイは気を良くしたのか話を続ける。


「アンバーさんは中々話がわかりますね~。四半期報は確かに勉強に持ってこいな資料なんですよ。単純に疾患の勉強をしたいならその成書を読めばいいだけなんですけど、教科書の黙読じゃあ何にも身に入りません。

でも四半期報に載っている疾患だと、”こんな疾患で亡くなってる人がいるんだなぁ”っていう…何というか…当事者意識みたいなものが自分の中に生まれるんですよ。で、その状態で教科書を読んでみると確実にその疾患の知識が頭に埋め込まれる訳です。

良かったらこの前の四半期報と、その中で特に私の目を引いた疾患についてまとめた資料を見せましょうか?本庁に着くまで結構長いですからね」


と、アロイはおもむろに胸元に手を突っ込むと分厚いノートを引っ張り出してきた。メモ帳にしてはサイズが大きく、かなり使い込まれている様子だ。そして先程まであった胸の厚みは明らかに薄くなっている。


「…いや、俺はいいよ、本所に着くまで寝てるから。けどアロイは寝るなよ。俺たち2人共寝てる時に文書とか強奪されたらシャレにならないからな」


「えーそんなこと起こりませんってー。それにアンバーさんだけ寝るのは不平等ですよ、パワハラですよ、パワハラ」


「お前昨日の朝礼聞いてたか?最近、出張所から本所に向かう馬車の襲撃が頻発してんだ。人的な被害はないけど個人情報満載の文書が盗まれまくりなんだから、馬車の中とは言え警戒しとくんだぞ」


そう言いながらアンバーは馬車の中で就寝体勢に入ろうとしている。帽子を目深に被り目を隠しつつ、足を外に投げ出して完全な脱力姿勢を取るつもりだ。


「そうは言ったって、実際に襲撃されたらどうするんです?私1人じゃ何にもできませんよ」


「その時は自己防衛するしかないな。まあ、俺を叩き起こしてくれ。力になれるかはわからんが」


「えー何ですかそれ。役に立たなそー」


アロイは毒づいたものの、既にまどろみつつあるアンバーの耳には届かなかった。




アンバーのまぶたに強い熱を感じ、目を開けた。荷台の屋根が除去されたおかげで太陽光が直にアンバーのまぶたに届いていたようだ。


「アンバーさん、そろそろ本所に着きそうなんで屋根は外しときましたよ」


帆布を綺麗に折りたたみながらアロイがアンバーに話しかけた。荷台の空きスペースには本庁で引き渡す予定の文書が仕分けられて置かれている。


「文書の仕分けお疲れさん。何か盗まれたものとかないよな?」


「大丈夫ですよ。襲撃されそうな気配すら感じませんでしたし」


「そりゃ良かった。ん、本所が見えてきたな」


馬車の進む先には既に保健所本庁舎の姿が現れている。アンバーにとっては自身をメンヘラ寸前に追い込んだ魔窟、アロイにとっては彼女を無能呼ばわりする幹部連中の居城である。2人共何回も足を運んだとはいえ多少は体が強張ってしまう。


「んじゃあ予定とおりアロイは文書の回収な。こっちは引き渡ししてくるから。そっちの仕事が終わっても図書館とかには寄るなよ。大人しくこの荷台に戻って四半期報でも呼んでてくれ」


「ハイハイ、わかりましたよ。それじゃ後で」


その後2人は別れ各々の仕事にとりかかった。アンバーは古巣に行き文書を引き渡していたが、ちょうど見覚えのある顔が目の前を横切った。


「あ、どうもお久しぶりです先輩。主任技師なのに東部出張所から本所に来るなんて大変ですね」


「おおアンバー、久しぶり。いや、実は俺、今は本所勤務なんだ。東部出張所から本所に戻されたって感じ」


「え!それはお気の毒に。メンタル壊れないようにしないと」


「あはは、もう壊れる寸前だけどね。もし俺がメンヘラになったら北部出張所で養ってくれよなー」


アンバー達はその後も他愛ない会話を続けていたが、他愛ない会話程時間が過ぎるのは早いもので、もうアンバーが引き渡すべき文書のチェックが終了してしまっていた。


「こっちの雑用ももう終わりますのでこのへんで失礼します。それじゃあ、お疲れ様ですー」


「ああ、お疲れ」


とアンバーが古巣を離れ馬車に着いた頃には既にアロイが荷台で待っていた。四半期報を傍に放っているし、もう読み終わっている様子である。


「スマン、少し遅れたわ。それじゃあ北部出張所に帰るか」


「…もー遅いですよー」


「ん?何でそんな怒ってんだ?」


荷台でのアロイの顔つきは本所に到着した時とは明らかに違う。悪態もついていないし…とアンバーが訝しんでいると、アロイが唐突に言った。


「この3か月で死んだ王都民の中には、変わった疾患で死んだ人もいるんですね」


「え?」


「ほら、そのページの一番下」


アンバーは放り出された四半期報のページを下から読んでいく。


”原因不明の遺伝性疾患:1名”との記述がそこにはあった。

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