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最終話

 結局、私は水族館に行く時に七瀬と会った駅に、4時からいることにした。

 どこに行くにしても駅には来るでしょ。家で死のうとするなら、それは親が気付いて止めてくれるはず。取り敢えずここに1日いる覚悟で、私は準備してきた。

 コート、マフラー、手袋は当たり前として、カイロ10枚に魔法瓶に入れた紅茶、携帯の充電器もある。

 多分いつか、駅員さんに声を掛けられるだろうけど、上手く誤魔化そう。

 まだ外は暗い。ちょうど澄んだ青空に、明るい星がひとつ輝いていた。

 それにしても、寒い。さっそく1個目のカイロを開けて、手に当てる。

 始発も出てないから、駅には誰もいない。駅員さんはいるのかもしれないけれど、見ていない。

 来るかなあ、七瀬。

 来ないで、今日が普通に終わればそれでいい。本当に話は全部嘘で、自殺もしないで一日が終わればいい。私の1日返せってちょっと思うけど、勝手にやっていることだし。文句を言ってもしょうがない。

 それより、ここにも来ず家にもいないで、どこかに消えてしまったらどうしよう。そうしたらもう手立てもないし、止められない。

 そんなことを思っていると、階段を昇る足音が聞こえた。酔っぱらいだったら嫌だな。絡まれたくない。

 ああ、大丈夫、安心だ。


 見えてきた顔は、ひどくやつれた七瀬の顔だった。



 昇り終えた彼は、ホームに立って線路を見る。何十秒か止まっていたかと思うと、顔を下げながらこちらに歩いてきた。大方、始発が来るまでベンチに座ってようと思ってるんでしょ。

「よ」

片手をあげて軽く挨拶したら、顔を上げた七瀬が、幽霊でも見たかのような顔をした。

「どうやってここに」

「タクシー」

「なんで」

「色々考えて、それに七瀬が連絡手段全部絶ったから」

「だからってなんで駅に」

「予防のためよ」

何の予防か、言わなくても分かったんだと思う。七瀬はため息をついて、私の隣に座った。

 七瀬はまた薄着だ。コートしか羽織ってないし、その下はワイシャツっぽい。

「カイロあげる」

もう1個封を開けて、七瀬に渡した。微妙そうな顔をするけど、私は押し付ける。しぶしぶ七瀬は受け取った。

「……あのさ」

「……」

七瀬の返事はないけど、目が開いてるから聞いてるはずだ。

「あの話、どこまで本当だったの?」

「……全部嘘だよ」

「じゃあなんで今、ここにいるのよ」

七瀬は黙り込んだ。すごく言いたくなさそうだ。

「……なんで私がここまで来たかって言うとね。そりゃあ七瀬に嘘もつかれてキスもされて、昨日の帰り道はイライラしてたけど」

「……ごめん」

「でも、あんなツイート見て、水族館で青ざめてしかも泣いてたのを思い出して、ブレスレットも見て、カウントダウンを思い出して、それで自殺に結び付けちゃったら、放っておけるわけないじゃない」

「……」

「お兄さんと何があったのか知らないけど、何も死ななくても」

「俺が殺したようなもんなんだよ、兄ちゃんのこと」

七瀬が言葉を遮った。手首をさする。きっとそこにはブレスレットが。

「水族館の帰り道、ふらふらしてた俺は線路に落ちそうになって。兄ちゃんが引っ張り上げてくれたけど、代わりに線路に落ちちゃって」

嫌な想像が当たってしまい、思わず私は顔をしかめた。

「……でも、その事故から3年経ったんでしょ。なんで今更」

「事件の時、兄ちゃんは17。俺は明日誕生日だから、明日で17。兄ちゃんの年齢と同じになるんだよ」

「うん」

「でもさ、兄ちゃんみたいにはなれないんだよ。そりゃ最初は頑張ったよ? 兄ちゃんのためにも、兄ちゃんみたいに完璧な人間になろうってさ」

「なれないから、死ぬの?」

「親だって俺を悲しそうな目で見るんだよ。時々兄ちゃんの話もしてる。頑張れって何度も言われたけどさ。もうダメなんだよ。ダメ」

七瀬が顔を伏せる。低く低く、誰かに謝るように。

「頭の中で、誰かが言うんだよ。『兄みたいになれないなら死んじゃえ』って。『どうせお前は何者にもなれず兄みたいにもなれず、周りに迷惑をかけるだけだ』って」

「それが『死神』なの?」

「そうだね。脳内の、俺を許せない『俺』。それが死神」

だから、とか細い声で七瀬は言った。

「死なせて。兄の代わりになれない俺を、兄の年齢に並ぶ前に、死なせて」

「嫌だ」

「え?」

私のあまりに完結とした言葉に、七瀬が思わず顔をあげた。

「嫌だって」

「嫌よ。そんなの誰も喜ばないじゃない。七瀬、断罪のつもりで死ぬんでしょ。お兄さんだって喜ばないわよ、そんなの。せっかく助けられた命よ? 親だって悲しむわ」

「それは、悪いけどどうでもいいよ。だって俺が背負った罪を俺の手で終わらすつもりなんだから」

「そういう身勝手も腹立つわね」

「腹が立つって……」

「私も、悲しむ」

七瀬の言葉が止まった。迷うように目線を動かし、また頭を下げる。

「私は、七瀬が死んだら、悲しい」

「……昨日、あんなに怒らせたんだよ」

「じゃあ聞くけど、昨日のキスはなんだったの?」

「……言わないとダメ?」

「うん」

「……」

七瀬の肩が、また震えていた。

「……思い出」

「思い出?」

「身勝手だけど、嘘の言葉を信用して、僕に死ぬなと言ってくれた女の子を、死ぬ前に好きになってしまったから、思い出」

ああそう、七瀬、あなたは好きな人が出来たから自殺を留まろうとは思わなかったのね。

 なによ、なによ。

 馬鹿じゃないの。

 七瀬の髪を掴んで、引っ張る。いたっ、と小さく声をあげる彼を無視して、私は自分から口づけした。

 すぐに離す。目の前には、大きく目を見開いた七瀬。

「じゃあ死なないでよ、私のために!」

ああ、ダメだ。色々言いたいことがあるのに、泣きそうだ。

「どれだけ七瀬が苦しんでるのか分からないし、どれくらいの覚悟を持って死のうとしてるか、多分私は分からないわよ。でも死んだら悲しい。もっと七瀬と話してみたい! それじゃあダメ? その為に生きるのはダメなの?」

零れる涙をぬぐう。届け、届け。

「七瀬もお兄さんもお母さんもお父さんもどう思ってるか私は分からないから、その人達の気持ちを予想して言って引き留めても、七瀬は止まらないでしょ? じゃあ私の本音を聞いて留まってよ。生きてよ、死なないでよ、もっと話をしようよ!」

始発の電車の来る音がする。それを見て七瀬は、

 七瀬は、

 ――――、




 走り出す電車。七瀬はそれを見送り、私の方を向いた。

 涙にぬれた頬で、ぎこちなく笑って。

「君のために生きても、許されるかな」

「もしかしたら天国でお兄さんに怒られるかもね。でも、それなら数十年後に怒られればいい」

私は力強く笑って、七瀬に抱きついた。


 FIN.

 キジノメです。長々と読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。完結でございます。


 今回の話、何から始まったって、まず「ツイッターを絡めた話が書きたい」でした。そして次に「立春、僕は死神に殺される」というコピーが浮かび、そうして煮詰めてこうなりました。じゃじゃーん。

 冗談はさておいて、久々に登場人物の会話が書いていてとても楽しかったです。「おまえらー末永く続けー」と途中から親の気持ちでした。本当にどこかで、立春の日を楽しく遊んでいたらいいと思います。


 なんて作者が語っても、余韻を邪魔するだけでしょう。もうやめておきます。

 評価、感想、いただけたらとても嬉しいです。

 本当に読んでいただきありがとうございました。それでは、また。

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