2話目
ナナハルさん。アカウントは「@seven_spring」で、そのまま「七の春」。
プロフィールの画像は、絵で描かれた黒いウサギのぬいぐるみ。少し俯いている姿がとても彼らしい。
私がとても好きな言葉を紡ぎ出す人の、ひとり。
見つめあって、数秒。時が凍ったまま動かない。七瀬は絶句したままだ。
「あの、えっと、ごめん。見る気は無かったんだけど目に入っちゃって。そのアイコンさ、『ナナハル』さんだよね……?」
半笑いして小首傾げてみると、七瀬はぎこちなく笑った。
「……ナナハル、知ってるの?」
「ファ、ファンです」
「おお……」
疑わし気な目で見てくるから、私はスマホをタップし、自分のツイッターアカウントを見せた。
「ほら、これ私のアカウント。『潮里』」
私の名前は遠宮詩織。だから名前の漢字をいじって、それをアカウント名にしてる。
それを見ると、呆然と七瀬が呟いた。
「いつもリツイートしてくれる人……」
「やっぱり、七瀬が『ナナハル』さん?」
「あっ、え」
七瀬が口を覆う。じっと見ていれば、観念したように七瀬が頷いた。
「……そうです。俺がナナハルです」
「マジかー……」
「マジです。クラスメイトが知ってるなんて、俺こそ嘘だったらいいなって思うけど」
ネガティブな発言はスルー。私は感激するまま彼に言った。
「びっくり。私、本当に好きだよ、ナナハルさんの140字小説。言葉遣いとか」
「止めて止めて、それ以上言わないで」
微妙に赤くなってる七瀬は照れてるらしい。そしてぼそっと呟く。
「……消そうかな、アカウント」
「なんでよ!」
「だってクラスメイトに知られてるとか、恥ずかしすぎる」
「止めてよもったいない。別に誰にも言わないからさ!」
「俺も消したくないから消さないけど……」
あああ、と呻く七瀬。その気持ちが分からなくて、私はちょっと笑った。
いきなり七瀬が頭を下げる。
「あの、いっつもこんな暗いのを気に入ってくれてありがとう」
自分でも暗いと思ってるんだ、という言葉は飲み込んで、私は首を横に振った。
「いえいえこちらこそ! 素敵な作品に出会えてよかったです」
「それは、恐縮です」
「いえいえ……」
2人で頭を掻き、なんだこれ、と我に返った。
オフ会か。
「そうだ」
そこで私は思い出して、彼のスマホの画面を指さした。
「前からナナハルさんに、聞いてみたいことがあったんだけどさ」
「もう七瀬でいいから。あんまりツイッターの名前、連呼しないで……」
「あ、ごめんごめん。でさ、これ」
私が指差したのは、ナナハルのプロフィール欄。今日はそこに、「あと2日」と書いてある。
毎日数字が減っていくプロフィール欄。私がフォローした頃には、もうカウントダウンが始まっていた。
「ああ、これ?」
七瀬はそう言って少し顔を背け、薄く笑い直した。
言いたくないんだよ、と、一線を引く感情が伝わってきた。
「ちょっとね」
「そう……引っ越しでもするの?」
「引っ越し?」
「なんか、嫌そうにカウントしてるから」
たまに、七瀬はツイートでカウントに触れている。それは大抵「あと○○日か」とか、「もう○○日しかない」という、焦りとか嫌そうな感情が伝わる書き方だった。
それで私が思い出したのは、引っ越し。何度か体験したことがあるけど、住み慣れた家を去るというのが私は嫌いで、引っ越しが嫌だった。新しい場所は、疲れる。
それで言ったんだけど、違ったらしい。七瀬はきょとんとした。
「ごめん、私が勘ぐりすぎた」
「あー、いや、別に……。まあ、そんなもんだよ。うん、『引っ越し』みたいなもの」
「ふうん?」
明らかに違うと思うけど、曖昧に頷いておいた。まあ言いたくないことが明々後日に迫っているんでしょう。
そこでまた会話が途切れた。七瀬の目線もスマホに落ちたので、私は鞄を掴む。
「七瀬は帰らないの?」
ドアに向かいながら聞くと、彼は頷いた。
「もうちょっと、ここにいるよ」
「あ、そう。じゃあね」
「うん。さよなら」
感じよく互いに笑って別れた。
そうして休日中にまた会うなんて、思ってもいなかった。