#008「山猫軒」
#008「山猫軒」
@シュエットの家、リビング
東海林「靴のまま土足で家の中に上がることには、まだ抵抗感があります。ソファーやベッドに腰掛けるときは、特に気になります」
シュエット「日本では、玄関で靴を脱ぐのが習慣ですからね。僕としては、食事と就寝を同じ部屋ですることに違和感があります。毎日、テーブルや布団を上げ下げしないといけないというのは、煩わしくありませんか?」
東海林「面倒ですけど、それだけ家が狭いんですよ。特に都市部では」
シュエット「ウーム。狭い家に肩を寄せ合うために、不要なイザコザを避ける処世術が発達したのでしょうね。何にせよ、大人しさと行儀の良さは、美徳に含まれると思います。何にせよ、手が掛からないのは助かります」
東海林「二人には手を焼かされたんですね」
シュエット「えぇ。四年前に実家を飛び出したビッキーが迷い込んで来たときも、二年前に職人修業に嫌気が差して家出したフィッシャーが流れ着いたときも、最初の一ヶ月は二人とも、家中を探検してましたから」
東海林「探検し甲斐のある家ですからね」
シュエット「しばらく為すに任せていたのですが、本棚を一冊ずつ引き出していたときは流石に止めました。隠し部屋でも無いかと思っていたようです」
――この辺で、シュエットの家について大雑把に紹介しよう。今いるのはリビングで、ソファーやローテーブルや観葉植物がある寛ぎのための部屋。隣はダイニングで、テーブルと椅子がある食事のための部屋。ダイニングの奥はキッチンで、食器棚やパントリーがある調理のための部屋。一階には他に、バスルーム、ランドリー、物置としての倉庫がある。階段を上がった二階にはゲストルームが二部屋と、書斎がある。それぞれ、ベッド、ワードロープ、キャビネット、ローチェスト、姿見、出窓が完備されている。加えて、自分の部屋には机と椅子、ビッキーの部屋にはドレッサー、書斎にはライティングビューローと本棚がある。それだけの家具が有っても狭く感じないと言えば、部屋の広さは充分伝わるだろう。そうそう、洗面所とトイレは一階にも二階にもあるんだ。贅沢だよね。他には、二階の廊下の先にある梯子を登ると、フィッシャーの秘密基地こと屋根裏部屋があるし、一階の廊下の先にある螺旋階段を降りると、ホームシアターとセラーがある。これだけでも豪邸に思えるけど、まだ外に納屋と駐車場を兼ねたガレージ、ウッドデッキとパラソルがあるテラス、そして百花繚乱のガーデンがあるんだ。作家は家に篭ることが多いから居心地の良い家に拘りたかったそうだけど、小市民的な自分としては維持が大変そうだと思ってしまう。素敵な家なんだけどね。
シュエット「ところで、ショージ。先程は、倉庫で何を探していたんですか?」
東海林「エーッとですね。裏の白い要らない紙がないかと思いまして」
シュエット「何に使う紙なのですか?」
東海林「ラフに使えそうな紙を、と思ったんです。落書き帳を入れ忘れたらしくて」
シュエット「そういうことでしたか。お急ぎなら、書斎に古いスケッチブックがありますから、差し上げます。ただ、少々黴臭かったり赤茶けてたりするので、そちらは急場凌ぎとして、明日以降に、改めて新しいスケッチブックを買いに行きましょう」
東海林「いえいえ。そこまでしていただかなくても」
シュエット「遠慮しなくて良いんです。ここに居るあいだは、僕に頼ってください」
東海林「そうですか。それでは、お言葉に甘えることにします」
シュエット「それでは、二階に行って取ってきます」
シュエット、ソファーから立ち上がり、退室。
――謙遜と卑屈、互助と依存の境界線は、一体どこにあるんだろう。好意を装った詐術を知ることで、向けられた好意に裏があるのでは無いかと思ってしまう猜疑が芽生えるのだろうか。