#037「決断と」
#037「決断と」
@シュエットの家、玄関
春麗「おかえり、トンハイリー。エヌワイとエルエー、どっちが良い?」
春麗、東海林に飛びつく。
――いきなり何かが飛びかかってきたと思ったら、チュンリーか。
東海林「一体、何の話ですか?」
春麗「日本に近いのは西海岸のエルエーだけど、心機一転、白紙でスタートするなら東海岸のエヌワイだと」
シュエット、登場。
シュエット「待ちなさい、チュンリー。話を先に進めるんじゃありません。一から順番に十まで説明しなさい。今は、六か七あたりです。――おかえりなさい、ショージ。荷物は、僕が預かりましょう」
東海林「お願いします」
*
@シュエットの家、リビング
春麗「という訳で、週刊コミック誌の連載の仕事をもらって来たのだよ」
東海林「なるほど。それで、行き先の候補が二つあるから、どちらが良いか訊かれたんですね」
春麗「その通り」
ビクトリア「スランプで療養中の人間に更なる苦役を課そうとするなんて、どうかしてると思うけど?」
春麗「締め切りに追われるようになれば、創作意欲に火が付くんじゃないかと思ったのさ。ショック療法だよ」
フィッシャー「荒療治だな」
春麗「それに、とっくにスランプは脱してると思うけどね。挿絵のイラストを描いてて楽しかっただろう?」
東海林「えぇ、まぁ。どんなイラストを描いても、大半はオーケーされましたし、問題点がある場合でも、アイデアを活かした改善点をいただけましたから」
――たとえ、これは駄目かなと思うようなイラストでも、必ず良いところを見つけ出して、こうすればもっと良くなるというアドバイスを送られたことで、少しずつ自信を持って描けるようになってきたところなのだ。
春麗「そうだろう、そうだろうとも。君は、我の出版社の契約を更新するより、もっと広い世界で活躍すべき人間だ。これまで様々な人間を観察して培われた勘、研ぎすまされた直感、シックスセンスが、そう告げている」
シュエット「オカルト染みた話になってきましたね。信用に足りるとは思えませんから、僕なら話に乗らないでしょう」
東海林「アノッ!」
東海林、片手を挙げる。
東海林「皆さんが心配する気持ちは、重々理解できます。自分も正直言って、うまくやって行けるか不安です。でも、ここで尻込みしたら、たぶん、これから一生スランプに付き纏われるままなんじゃないかと思うんです。ピンチをチャンスに変えられるかどうかが、夢を掴んで成功するかしないかのターニングポイントなんだと思います。どうか、自分に挑戦させてください」
ビクトリア・フィッシャー・シュエット、黙って顔を見合わせる。
春麗「そう来なくっちゃ。もし大失敗したら、泣きながら帰ってきて良いからね」
東海林「いいえ。必ず、大成功させてみせます」
フィッシャー「……ショージがそういうんなら、俺は全力で応援するよ」
ビクトリア「そうだな。そこまで言い切られちゃ、引き止められない」
シュエット、立ち上がり、廊下へ向かって数歩。
シュエット「ショージ。君に渡したいものがあります。書斎へ来てください」
東海林「はい」
――その時のシュエットの声は、平生を装いながらも、微かに震えていた。彼の胸にどんな思いが去来したのかは、数多の言葉を尽くしたとしても、的確に表現できないだろう。




