#034「枝変り」
#034「様変り」
@東海林の実家、子供部屋
――病院に駆けつけたとき、母さんは昏睡状態でも何でもなく、スヤスヤと病室のベッドで眠っていた。せっかく良い気持ちで寝てるのを起こす訳にもいかないので、そのまま家に戻ってきた。ホッと安堵すると同時に、拍子抜けしてしまった。泰山鳴動して鼠一匹。手持ち無沙汰になってしまったので、意味も無く家の中をウロウロしていたが、特に面白い変化も無かったので、自分の部屋で休むことにした。
東海林「この部屋は、六年前から時が止ったままだな。水廻りも、古臭いままだったし」
――右からは水、左からは熱湯しか出ない洗面台の蛇口。玉砂利が埋め込まれた床とタイル張りの壁、それから湯船の縁の金属部分に触れると火傷する給湯器がある浴室。温水洗浄便座も節水機能もない和式トイレ。
東海林「でも、入れ歯洗浄剤と婦人用の白髪染めは無かったはず。あと、街並みも変わってたな」
――威勢の好いお爺さんが営んでいた米屋は、コンビニになり、番台にお婆さんが座り、煙突から煙が立ち昇っていた銭湯は、賃貸マンションになり、休日に少年野球チームが使っていた空き地は、コインパーキングになっていた。
東海林「零細から大資本へ。いずれは、全国どこにでもあるような街へなっていくのかな。風景は変わり続け、いつか消えてしまうものなのだろうか」
――いつでもどこでも同じサービスを享受できるということは、安心感や便利さというメリットがある反面、均質化、画一化、情緒や観光旅行地としての魅力に欠けるというデメリットがある。進化は常にトレードオフで、高等専門化すれば汎用性や柔軟性が失われる。
東海林「幼いときは広い街だと思ってたけど、こうして一度離れてから客観視すると、小さくて狭い、どこか色褪せた何も無い街だったんだな」
――いや、全く何も無い訳ではない。襟裳岬だって春爛漫です。少なくとも紙芝居や回覧板しか来ないような町ではない。ライフラインは整備済みで、車もバスもそこそこ走ってる。生まれ故郷を腐す気は毛頭ない。
東海林「無いんだけど。ただ、立佞武多が終わると秋風が吹いて、うら淋しくなるのが否めないところだよな」
――悲しいかな、夏が短過ぎ、冬が長過ぎる。
*
@東海林の実家、客間
東海林「シエスタの続きですか?」
東海林の叔父、寝転がったまま、首だけ声のほうに向ける。
東海林の叔父「オッ、樹か。さっきまでテレビをザッピングしてたんだけどさ、ローカル番組ばっかりで、ちっとも内容が頭に入ってこないんだ。おまけに、キー局の番組は途中で切り上げられちゃうしさ。ここは、除かれた一部の地域なんだな」
東海林「今更ですね。ここは新幹線で三時間以上かかる場所ですよ?」
東海林の叔父「だいたい、チャンネル数が五つとは少なすぎる。選択肢になってない」
東海林「民放が三局あるだけ良いほうですよ。県によっては一局しかない場合もあるんですから。――ところで、父さんは?」
東海林の叔父「ウキウキウォッチングも、昼休みではなく夕方だったもんな。――下ノ畑ニ居リマス」
東海林「花巻は岩手ですよ?」
東海林の叔父「細かいことを気にするな。収穫が近付いてるから、ちゃんと色付いてるか見て来いよ」
東海林「叔父さんは?」
東海林の叔父「俺はパス。シティーボーイは、農作業に不向きな品種なんだ」
――叔父さんも自分も、東海林家にとっては突然変異体なんだろうな。さて、お袋さん、いや父さんの様子を見てこよう。




