#030「宮仕え」
#030「宮仕え」
@図書館、開架図書コーナー
――桑港市内にある図書館にやってきた。フィッシャーが行きたいと言い張って聞かなかったので、済し崩し的にだけど、お供することにしたのだ。そこまでは良かったんだけど、瞬間湯沸かし器で熱しやすく冷めやすいフィッシャーは、壁面一杯にズラリと並んだ本と、空間を支配する黴臭く埃っぽい湿った冷気によって、先程までの興奮がスッカリ削げてしまった様子。
東海林「さっきまでの情熱は、どこへ行ってしまったんですか?」
フィッシャー「建物の外に置いてきた。調べ物って、退屈だし面倒だよ。俺には、読んだり書いたりするより、聞いたり話したりするほうが向いてる」
――エネルギー不足なのかな? そういえば、こちらに渡ってから、甘い物を食べてなかったな。ここは一つ、人参をぶら下げて走らせよう。
東海林「終わったら、どこかケーキかアイスでも食べられる場所で休憩しましょう。自分から、シュエットに頼んでみますから」
フィッシャー「ヤッター。そうと決まれば、さっさと課題を片付けてしまおう」
東海林「やる気が漲ってきたようですね。それでは、自分はシュエットに連絡してきますので、終わったらロビーで待っていてください」
フィッシャー「アイアイサー!」
フィッシャー、敬礼し、その場を早足で離れる。
――その勢いを、さっきまでどこに隠してたのやら。つくづく誘惑に弱い上、単純な性格だな。
*
@図書館、ロビー
――現在、シュエットはチュンリーと一緒に出版社に居る。コラムの原稿と、自分の分のイラストを渡すだけだから、とっくに用件は済んでいて、チュンリーの長話に付き合わされてるといったところだろう。呼び出しても、差し支えないよな。何なら、四人でお茶しても良いだろうし。
東海林、スマートフォンをタップし、耳に当てる。
シュエット『シュエットです』
東海林「ショージです。そろそろ図書館を出ようかと思います」
シュエット『わかりました。すぐに迎えに行きます』
東海林「それと、ですね。一つ、お願いがありまして」
シュエット『何でしょう?』
東海林「どこかで甘い物が食べたいんですけど、良い店を知りませんか?」
シュエット『調べ物で、ずいぶん脳を酷使したようですね。案内しましょう』
東海林「ありがとうございます」
シュエット『それでは、のちほど』
東海林、スマートフォンをタップし、ポケットにしまう。
――電話の向こうで、チュンリーが盛んに何か言ってるみたいだったけど、良かったのかな?
*
@桑港の出版社
シュエット「わかりました。すぐに迎えに行きます」
春麗「もう帰るのかい、シュエット。我は、まだまだ話し足りないというのに」
シュエット「小一時間も世話話に付き合わされる、こちらの身にもなってください。――何でしょう?」
春麗「誰が仕事を斡旋したと思ってるのさ。恩を仇で返す気かい?」
シュエット「そんなつもりは、微塵もありません。――調べ物で、ずいぶん脳を酷使したようですね。案内しましょう」
春麗「どこか行くんだね? それなら、我も」
シュエット「固くお断りします。――それでは、のちほど」
シュエット、スマートフォンをタップし、ポケットにしまう。
春麗「我を連れて行くなら、年長者の義務として、かかる費用を全額負担しよう。それでも置いていくつもりなら、来月から原稿料を引き下げる」
シュエット「職権濫用も甚だしいですね。もの悲しくなってきました」
春麗「カッカッカ。どうだね? それが勤め人の悲哀というものだよ。一緒に行っても構わないね?」
シュエット「……仰せのままに」
春麗「そんな愁いを帯びた顔をしないでくれたまえ。悪いようにはしないさ」




