#022「蠍の女」
#022「蠍の女」
@シュエットの家、キッチン
シュエット「それで昨夜は、遅くまで弦を弾く音色が途絶えなかったんですね」
東海林「そうなんです。今朝も、まるでハイキングにも出掛けるようなルンルン気分でした」
シュエット「調子に乗ってヘマをやらかさなければ良いのですが。――さて。粗熱が取れたでしょうから、そろそろ切り分けましょう」
シュエット、パイにナイフを入れる。
♪サクサクという軽快な音。
シュエット「中の林檎まで、しっかり火が通ってるようです」
東海林「焼き立てのパイの薫りは、何ともいえませんね」
シュエット「食欲をそそられましたか? でも、手掴みで食べないでくださいね。小皿とフォークを用意しますから」
♪ノッカーを叩く音。
東海林「来客ですね」
シュエット「ハテ? 誰でしょう。僕が見てきますから、ショージはココに居てください」
東海林「はい」
*
@シュエットの家、玄関
シュエット「アポイントも無しに突然訪問するとは、非常識ですね。そうは思いませんか、ルチア」
ルチア「非常識なのは、どっちよ。ルビクのせいで、私の人生、滅茶苦茶よ」
シュエット「その件に関しては、七年前に弁護士を通して調停したはずです。今頃になって蒸し返さないでください」
東海林、小皿にパイとフォークを載せたトレーを持って登場。
東海林「シュエット。せっかくのパイが冷めてしまいます。――アッ、ごめんなさい」
――修羅場に居合わせてしまったかな。何で、こんなに空気が張り詰めてるんだろう。二人のあいだに、見えない火花が散ってる。
シュエット「すぐ済みます。――とにかく、今日のところはお引取りください」
ルチア「仕方ない。タイミングが悪いから出直すわ。明日、また改めてお話しましょう。それじゃあ、ごきげんよう」
ルチア、東海林に微笑み、シュエットを一睨みし、踵を返す。
シュエット「それでは、ダイニングへ行きましょう」
*
@シュエットの家、ダイニング
東海林「あの、シュエット」
シュエット「何でしょう。もう一切れ、食べますか?」
東海林「いえ、これで充分です。その、とても聞き辛いことなんですけど」
シュエット「先程の女性が何者か、ですか?」
――アッ、微笑みが消えた。彼女について尋ねるのは、タブーだったのかな。
東海林「はい。互いのことを熟知してる様子だったので、誰かと思いまして。スミマセン。触れられたくなかったですよね?」
シュエット、紅茶を一口啜り、口を開く。
シュエット「いいえ。僕としても、彼女のことを話すのは吝かでないところです。聞かなければ良かったと後悔するような話ですが、それでも聞きたいですか?」
――飢えた肉食獣のような獰猛な眼だ。話しても良いと思うなら、どうして、そんな射竦めるような真似をするんだ?
シュエット「聞いてしまえば、僕のことを、ただの気の好い親切なオジサンだとは思えなくなるでしょう。今なら、まだ引き返せます。どうしますか?」
東海林、テーブルに残ったパイをチラリと見、シュエットの目を見返す。
東海林「聞かせてください」
シュエット「わかりました。それでは、お話ししましょう。作家シュエットになる前、カリスマ人気モデル、ルビク時代の話を」




