#017「麒麟爺」
#017「麒麟爺」
@天使島、街中
――やっぱり、紙袋には取っ手があるほうが便利だ。シュエットみたいにスラリとした長身なら抱えて歩いても様になるけど、中肉中背の自分には、どうしても持て余してしまう。
シュエット「そうですか。本格的に漫画を描き始めたのは、十四歳の夏からなんですね」
ショージ「はい。中学時代のクラブ活動は茶道部で、茶筅で抹茶を点てたり、袱紗を細長く折って棗を拭いたりしてました」
――でも、熱心に取り組んでたのは一緒に入部した幼馴染のほうで、自分の目当ては、季節によって変わる上生菓子だったんだよね。典型的な花より団子。
シュエット「茶の湯は、洗練された小宇宙と言えますね。シンプルを究めた独自の美学があり、禅にも通じるところがあると思います」
ショージ「詳しいですね」
シュエット「東洋文化に触れる機会がありまして、茶室や本堂にお邪魔したことがあるのですが、僕には合わなかったようで」
ショージ「思想の違いがネックになったんですか?」
シュエット「いえいえ。そんな内面深くに関係するものではなく、もっと表面的な問題で、単純に正座や胡坐の姿勢が取れなかっただけです。脚を投げ出して長座で居る訳にもいきませんから、碁盤の上に座布団を重ねて椅子の代りにしました」
ショージ「なるほど」
シュエット「さて。昨日の検証に移りましょうか。この先の緑の看板が立っているところが、いつも僕が煙草を購入してるシゲールカサブランカという店です」
――行きつけの店まで洒落たネーミングなんだな。シゲール、シルブプレ。ウィー、ムッシュ。君の瞳に乾杯。
*
@シゲールカサブランカ、店先
――ツンと尖ったフードが付いたローブを着た店主が出てきた。思わず、鼠男が居たと勘違いしたけど、彼は麒麟の亜人なのだという。名前はサンテンゴ。フードの下には角を、裾丈の長いローブの下には尻尾を隠しているそうな。人前で見せるのは憚られるが、舌も青くて長いらしい。英語は達者ではなく、先程からシュエットとフランス語で会話している。津軽弁のように、あまり口を開かずに話すので、真偽は不明。
サンテンゴ『お遣い坊やに、この林檎をオマケしよう』
サンテンゴ、紙袋に林檎を入れ、口を閉じる。
サンテンゴ『その子が、前に言ってた日本人かい?』
シュエット『そうです。煙草は嗜みませんが、紹介しておこうと思いまして』
――何を話してるか、少しも分からない。第二外国語はフランス語だったけど、話せるのは挨拶と単語だけ。もっと積極的に講義を受けるべきだった。
サンテンゴ『煙草は大人になってからだ。無理に背伸びすることはない』
シュエット「僕の言った通りだったようです。君のことを未成年だと思ってますよ」
東海林「そんなに若く見えるんですね」
サンテンゴ『何をヒソヒソ話してるんだい? 俺は英語が苦手なんだ。悪巧みなら、他でやってくれ』
シュエット『これは失礼しました。ただ、ショージが未成年だと誤解してるようですので、それを伝えていただけです』
サンテンゴ『オイオイ、真顔で冗談を言うんじゃない。どう見たって、その子は十代にしか見えないぞ』
シュエット「身分証明書の写しを持ってますね? ちょっと貸してください」
東海林「はい」
東海林、懐からコピー用紙を出し、シュエットに渡す。
シュエット『この通り、彼は紛れもなく二十一歳です』
サンテンゴ『これは驚いたね。林檎を返してもらおうかな』
シュエット、サンテンゴが口を開けようとするより先に紙袋を取り上げる。
シュエット『袋に詰めた時点で、所有権はショージに渡ってます。これは、返しません』
サンテンゴ『目端の利く梟だな。持ってけ泥棒』
――失楽園、万有引力、リンゴの唄、マッキントッシュ。林檎は、魅力的で蠱惑的な紅い禁断の果実。知ると後悔するとしても、知らずに居られないのが人間の性。




