#013「屍の女」
#013「屍の女」
@桑港の出版社
東海林「編集長がゾンビかゴーストで、開けた途端に襲い掛かってくることはありませんよね?」
シュエット「その心配は不要です。心細ければ、これを持っておきなさい」
シュエット、東海林にマッチを渡す。
東海林「何の変哲もないマッチですね」
シュエット「彼女は、火に弱いんです。撃退するまでは行かずとも、遠ざけることは可能でしょう。ともかく、会えば分かります」
――百聞は一見にしかず、か。彼女、ということは女性なのだろう。
*
春麗「君のことは、トンハイリーと呼ばせてもらうよ」
東海林「はい」
春麗「そんなに畏まらなくて結構。もっと楽にしなさい」
シュエット「初対面では、誰しも緊張するものです。徐々に慣れるでしょう」
春麗「初々しいね。シュエットの言う通り、我の名前は春麗。漢語読みでチュンリーと呼んでくれたまえ。この青白い肌から察しが付くだろうけど、我は普通の人間ではない。硬屍の亜人だ。片目が見えないので、距離感を掴み難いということと、火に弱いという点が玉に瑕だが、博覧強記だと自負してるよ。伊達に歳を食ってないからね。カッカッカ」
――まさか、このまま美味しくいただかれるってことはないよね? テーブルの上に生肉のスライスが乗ってるのが気になるけど。
春麗、テーブルの上をチラリと見る。
春麗「硬屍と聞いて、あれが生の人肉だと思ったかい? 安心したまえ。血抜きした鶏肉だよ。カニバリズムは、野蛮で物騒な風習だと思ってるさ。それくらいの常識は備えてるよ」
――鋭い。さすが、六百歳だ。
春麗「ただし、常識に凝り固まってもいけない。都合の悪い理論を認めない固陋な爺さんは無視しよう。かのアインシュタインだって量子力学を認めなかったといわれてる。若者の芽を摘む言葉の筆頭は『こんなものは誰にでも思い付きそうなアイデアだ』という台詞だろう。しかし、そんなマヤカシに騙されてはいけない。そんなものは、最初に実際的な形にする苦労が分かってないか、もしくは先を越された負け惜しみだからね。葡萄を得られなかった狐のルサンチマンさ。そうそう。我はグランプリには興味がなくてね。ノミネートのほうが良いと思ってるんだ。大賞を受賞するのは無難にまとまった作品で、万人受けする最大公約数的な作品で、佳作や特別賞のほうが、面白いが癖が強い作品でマニア向けの通好みな作品が揃ってるものだよ。平均点より一点豪華主義という訳さ」
シュエット「チュンリー。ショージに会いたいと思った理由に移ってください」
春麗「これは失敬。ついつい話が脱線してしまうのは、我の悪い癖だ。脳内のノードとリンクが多すぎて、連想が止らないんだよ。――さて、本題に入ろう。実は、唯一無二のビジネスパートナーであるシュエメイが、数ヶ月前に結婚してね。次いで、子宝にも恵まれたんだ」
シュエット「おめでとう」
春麗「ウム。そのこと自体は喜ばしいことなのだが、出産と育児の期間は、とても仕事どころでは無いから、休ませることにしたんだ。本人は働くといって聞かなかったけど、彼女の夫からも説得してもらってね。ところが、ここで一つ問題が発生するわけだ」
東海林「と言いますと?」
春麗「残念ながら、我には絵心が皆無なのだよ。だから、シュエメイが戻るまでのあいだ、彼女に代わってイラストを描ける人材を探してたんだ」
シュエット「そんな折、クローバーズマートのポップが目に留まり、カットを担当させようと思い付いた、ということですか?」
春麗「早い話が、そういうことだ。君の絵には、才能の原石を感じ取った。ここで磨いてみる気はないかね?」
春麗、東海林に片手を差し出す。
――こんな好機を逃す手は無い。前髪を掴み損ねて嘆きたくない。
東海林「お引き受けします」
東海林、差し出された手を握る。
シュエット「横槍を入れて水を差すようで悪いけど、本当に大丈夫ですか、ショージ?」
東海林「心配しないでください。この辺でリハビリしないと、立ち上がれなくなりそうですから」
春麗「慣れてきたようだね。それじゃあ、詳しく説明しよう」




