#010「夢中に」
#010「夢中に」
@シュエットの家、東海林の部屋
――三本も立て続けに映画を観れば、すっかり夜が更けてしまうもの。明日は平日なので、自分の選んだ映画は明日の夕方に回すことになった。フィッシャーやビッキーのリアクションが知りたかったところだけど、徹夜させるわけにはいかない。ライフセーバーが溺れたり、配達バンが事故を起こしたりしては一大事だからね。
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@五所川原の中学校
∞七年前
男子生徒『この漫画、面白いな』
女子生徒『もっと他にも書いてみせてよ』
東海林『それじゃあ、こういう話はどうかな?』
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@横浜の高校
∞四年前
東海林『美術科って女子ばっかだから普通科から羨ましがられるけど、これほど居た堪れないとは思わなかった』
男子生徒『所詮ハーレムは、夢物語。現実は厳しいのさ』
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@町田、東海林の叔父の家
∞三年前
東海林の叔父『横浜駅は、いつになったら工事が終わるんだろうな。ずっとサグラダファミリア状態だ』
東海林『ガウディーは誰なんですか?』
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@八王子の大学
∞二年前
大学教授『この絵が誰の作品か分かるかね? ――そこのアンディーウォーホルの君』
東海林『エッ、自分ですか?』
大学教授『わだばゴッホになると上京したのかい? 版画は別の科だよ』
♪クスクスと嗤う声。
大学教授『コラコラ、君たち。嗤ってはいけない。――お答えは?』
東海林『分かりません』
大学教授『ウム、無理もなかろう。ティーシャツの絵が誰の作品かも知らないのだからね。――これは、ピカソが十四歳当時に描いた初聖体拝領の油彩画である。晩年とは違う緻密で写実的な絵だろう? アー、書家の榊莫山もあえて崩した字を書いたが、どちらも下手な訳ではない。技術力を有していながら、あえて抜け感を意識した仕上げの作品を追究した訳だ。その道を究めた上での計算された崩しと、単純に腕が悪い絵とは月と鼈だから、勘違いしないように。余談だが、ピカソのフルネームは長く、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ……』
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@シュエットの家、東海林の部屋
東海林「ウーン。何とモヤモヤした目覚めだろう。胸に蟠りがあって、スッキリしない」
――井の中の蛙、大海を知らず。自分レベルの人間は山ほど存在することは、大学に行って思い知らされた。あと、自分でも呆れるくらいの芸術についての知識の疎さにも。
東海林「古着屋で購入した三枚組みのティーシャツは、スープ缶がアンディ・ウォーホル、棒人間の密集がキース・ヘリング、オープンカーに乗る男女はロイ・リキテンスタインの作品だったんだよな」
♪コツコツと出窓を叩く音。
東海林、窓のほうに注目。
東海林「窓の外に、縄梯子を片手に『オープン』と書いた紙を見せてるフィッシャーが居る気がするけど、まだ寝惚けてるのかな、自分。ちょっと無視してみようか」
東海林、視線を逸らす。
♪バンバンとガラス扉を叩く音。
東海林「……割って入られる前に開けよう。気が進まないけど」




