第72話「フルーユ湖と、冒険者たち(2)」
フルーディアの街の湖岸部近くまでやって来た俺達は、いよいよ魔物が巣食うエリアへと突入することにした。
ネレディ、ナディ&イザベル、ジェラルド、テオ、最後尾が俺という隊形のまま、もうもうと立ち込める灰色の霧へと順に入って行く。
ゲーム同様、霧の中は見通しが非常に悪かった。
俺の位置から先頭を行くネレディ辺りまでなら何とか見えるんだけど、それより先となると、まるで灰色の絵の具で塗りつぶされてしまったかのように視界が閉ざされてしまっている。
ナディ以外の全員がそれぞれ【気配察知】スキルを展開。
また柵こそ一応あるものの、すぐ隣は流れる深めの運河となっているため、足元にも気を付けながら石畳の細い道を注意深く進んでいく。
少し進んだところで一同が立ち止まった。
武器を構え直しつつ、ネレディが言う。
「……前方からレイクリザード3体に、スモールスライム1体。左からはスモールスライム2体。ずいぶん勢いよく向かってきてるわねぇ……タクト、テオ、作戦通りでいいかしら?」
「はい!」
「OKだよー!」
俺とテオはパーティーの左側を受け持つように剣を抜く。
「じゃ、ジェラルドとイザベルもそれでよろしくね!」
「「かしこまりました!」」
ジェラルドとイザベルがナディをガードするように構えたところで、魔物達が一気に視界に走り込んでくる。
魔物の姿が見えるや否や、ネレディは前方の魔物集団に切り込み、青いトカゲ型の魔物・レイクリザード2体を相手取って戦い始めた。
そして前方からの残り2体――レイクリザード1体・スモールスライム1体――が、ジェラルド・イザベル・ナディの元へと襲い掛かってきた。
「……!!」
初めて見る魔物に驚き怯えたナディは、イザベルにしがみつく。
「水よ散れ。そして包め、水霧包!」
すかさずイザベルが放った水の魔術が綺麗に決まり、スモールスライムはキラキラ光る粒子へと変わりながら、すぅーっと消え去った。
「わ! イザベルすごい!」
「ありがとうございます」
イザベルはナディににっこり笑いかけてから、すぐにレイクリザード1体と交戦中のジェラルドの援護に入る。
一方テオと俺とは、左側からやってきたスモールスライム2体と戦っていた。
体長50cm程のスライム達は、スラニ湿原の大人しいスライムと違い、素早さを最大限に活かして伸び縮みしつつ体当たりを繰り返してくる。
俺にとって初となる霧ステージの戦闘、しかも場所は幅3mの狭い道のため、様子見と慣らしも兼ね、1人1体ずつ担当して体当たりをかわしたり剣で受け流したり。
「どうだタクト、問題ないか?」
しばらく経ったところで、テオが剣でスライムをあしらいながら、同じく別のスライムと交戦中の俺に声をかけた。
「ああ、これぐらいなら十分いけると思う」
霧の中とはいえ近くはしっかり見えるため、そこまで他のエリアと変わらない。
しいて注意すべき点をあげるなら、ゲームと同じく「狭い道で攻撃を避けた際にうっかり運河に落ちないようにする」とか「霧で遠くが見えないので遠距離からの攻撃に気を付ける」とかだろうか。
「じゃあ、とどめ刺すぞ?」
「おう!」
俺の返事を聞いた瞬間、テオは右手の剣でスライムの体当たりを受け流し、その隙に左手で【土魔術】を発動する。
「……土霧包」
スライムはすぐに再度体当たりしてくる。
その軌道に合わせ、テオが土霧包で発現した砂の球を「ほらよっ」と軽く突き出すと、スライムは自ら砂球にぶつかってしまう。
至近距離で土霧包の直撃を受けたスモールスライムは、砂球の破裂で広がった砂に包まれ、そして消滅。
「いっちょあがりっ!」
スライムと砂球がぶつかると同時に、砂球から手を放して素早くバックステップで退避していたテオが嬉しそうな声をあげた。
俺はというと、左手の盾を残して剣を鞘に仕舞い、ぶつかってくるスモールスライムを何度もかわしながら詠唱する。
「光よ散れ。そして包め……光霧包」
詠唱に応えるように、俺の右手に光の球が現れる。
直後に体当たりしてきたスライムを避け、すぐにその後ろ姿へ向け「やっ!」と思いっきり光球を投げつけた。
光球は瞬時に弾け、淡く白い光が魔物の体を覆うと同時に染み渡っていく。
スライムは苦しそうにぷるぷる震えながら粒子に変わり、そして消え去った。
「よっし!」
俺が小さくガッツポーズをしたところ、背後から呆気にとられたようなネレディの声が聞こえた。
「今のが、光の魔術……」
振り返ると、既に戦いを終えていた他の面々が、いつの間にか集まってきていた。
「……初めて見たわ……あ、もちろんタクトが勇者だってのを疑ってたわけじゃないんだけど、実際に目にするってなると……やっぱりビックリしちゃうわね」
とネレディは上品に微笑んだのだった。