第44話「レーボリッヒ村と、500年前の物語(3)」
レーボリッヒ村の村長宅にて、夕飯をご馳走になった俺とテオ。
食後に村長夫婦と話していたところ、「テオが来てるんだって?」「私もテオの歌、聴きたいわ!」などと村人達がちらほらやってきた。
どうやらはしゃいだ子供達が、村中の家に知らせて回ったらしい。
最初のうちは村長宅の前にて楽しく喋っていたのだが、思った以上に人が集まってきてしまったため、村長らと相談した結果、急きょ村の真ん中にある広場に席を設けることになった。
急いで駆けだす子供達を先頭に、村人達は準備のため各自の家へと戻る。
数十分後、広場には30名ほどの村人全員が集まった。
それぞれ家から持ち寄った色んな物を嬉しそうに並べ、会場を作っていく。
テオは「演奏の支度があるから」と1人で離れた場所に陣取り、残された俺は村人達を手伝った。
準備が終わると村人達は敷物に腰かけては思い思いに喋って笑い、そのざわめきが賑やかに響く。俺も村人の輪の隅へと座りのんびりと待つことにする。
日もすっかり落ち、雲ひとつない夜空には星が散らばっている。
昼間の暖かさとは打って変わって、涼しく澄み渡る空気が心地よい。
そしてところどころに置かれたカンテラのような形の火の魔導具が、テオの演奏を心待ちにする皆の様子を、うっすらと照らし出していた。
「テオの歌か……」
詩や曲を作り歌い奏で続ける者に与えられる称号『吟遊詩人』を持つテオ。
彼が本気で歌っている姿を、この世界に来てから俺はまだ見たことがない。
「……そういえば新曲をお披露目とか言ってたな。どんな曲だろ」
取り留めもなくぼんやり考えごとをしていたところ。
ようやく支度を終えたテオが、花のような透かし模様がお洒落に刻まれたリュートを抱え、会場へと姿を見せた。
「お待たせっ!」
村人達は口々に「よっ!」「待ってました!」と盛り上がる。
子供達はテオの元へと駆け寄ると、その手を引いて木箱で作った即席のステージへと案内した。
案内を終えた子供達が席に戻るのを待ってから、テオは皆へと呼びかける。
「じゃあみんな。いつも通り、明かり消してくれる?」
幾人かの村人が火の魔導具へ手を伸ばす。
全ての明かりが消える頃には、いつの間にか会場は静まり返っていた。
辺りは真っ暗で、ただ満点の星空だけが広がる。
無言のままじっと待つ俺と村人達。
――ぽぅ
突然、辺りが優しい光で包まれた。
「……!!」
一瞬にして止まる俺の息。
ほんのり青みがかかった沢山の光の粒が、きらきらと瞬きながら、ふわふわ空中を漂う光景。
それはまるで。
輝くダイヤが一杯詰まった宝石箱を、ひっくり返してしまったかのようにも。
いつのまにやら、煌めく星空の中に飛び込んでしまったかのようにも。
可愛らしい妖精達が、優雅にひらひらワルツを舞い踊っているようにも。
幻想的な眺めの真ん中にいるのは、ステージ上のテオ。
彼は一呼吸おいてから、おもむろにリュートを奏で始める。
柔らかで、どこか懐かしい。そんな前奏に聴き入る聴衆達。
そして……テオは、ゆっくりと歌い出す。
昔々その昔 500年も前のこと
今と変わらずこの地には 様々な者が住んでいた
生ける者も魔の者も 共に平和に暮らせし頃
西の果てへと現れたのは 魔王と名乗りし悪しき者
魔王は闇を統べし者 そして破滅を求めし者
この地を破滅へ導くべく 全てを闇で覆わんと
闇に飲まれし魔の者は 我を忘れて暴れ狂い
力を持たぬ弱き者は 何も出来ずに逃げ惑う
生きとし生ける全ての者が 暗き絶望へ包まれし時
遥か彼方の遠き地より 一筋の希望が舞い降りた
神が遣わし その希望
闇に抗えし 無二の希望
誰からともなく こう呼んだ
勇ましき者 すなわち勇者と
勇者は光に愛されし者 そして平和を望みし者
この地を破滅より救うべく 全ての闇を祓わんと
光を浴びし魔の者は 優しき心を思い出し
闇祓われし国や街は 再び自由を手に入れた
勇者は苦難を乗り越えて 西の果てへと辿り着き
光輝く剣ふるいて 闇の魔王に打ち勝った
闇統べし者が去りし時
世界へ光が降り注ぎて
この地を覆いし闇を消し去り
全ては かつての姿へと
演奏が終わり、静寂が辺りを包む。
やがて1人が拍手を始めると、我も我もと皆が加わり、盛大な喝采へと変わる。
笑顔で深々と一礼するテオ。
人々の喝采は、しばらく鳴り止むことが無かった。
火の魔導具の明かりが再び灯されても、村人達の興奮は冷めやらず。
ここで待ってましたとばかりに、村長が大きな酒瓶2本――テオの手土産――を取り出すと、自然に宴会が始まった。
幾人かが家に帰り、追加の酒やら、酒のつまみにぴったりな塩気のきいた干し肉やら炒った木の実やら、子供達が食べる用の果物やらを持参。
テオは子供達に囲まれ、彼らが疲れて寝てしまうと、今度は代わる代わるやってくる大人達に囲まれる。
俺は村の大人達に交じり、ちびちびと酒を飲みつつ世間話に花を咲かせた。
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宴会がお開きになった深夜。
村人達がそれぞれの家に帰ると、それまでの賑やかさとは打って変わり、広場は静かになった。
俺とテオは村長の許可を得て、村の広場にテントを設営。
中へ入り一息ついたところで、テオがたずねる。
「なぁなぁ、俺の演奏どうだった?」
「……」
あくまでゲーム内では、街角で歌うテオの姿を何度も見かけていた。
この世界に来てから初めて聴いたテオの歌は、歌詞もメロディーも、何となく覚えているゲームのものとほぼ同じだった。
だけど実際に生で聴いてみると、ゲームのそれとは全然違って。
音楽には詳しくないし、上手くは表現できないけど……。
――すごかった!!
――もうとにかくすっげーよかった!!!
――あれか、これがよく言う「生音は全然違う」ってやつなのかっ!!
そんなことを思いつつ、そのまま伝えるのも何だか照れくさかった俺。
ちょっと考えてから、ボソッと言った。
「……よかったよ」
その答えを聞いたテオは、黙ってニッと笑ったのだった。