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第41話「さようなら、エイバスの街」


 ステファニーが窓口業務へ戻ったタイミングで、俺はそそくさと冒険者ギルドから退散。ウォードはダガルガと共にギルドマスター執務室へ残り、テオは俺の後についてきた。




 何だかドッと疲れた俺。まだまだ寝るには早すぎる時間ではあったものの、テオと相談し、早めに宿泊先を決めて休憩することにした。


 エイバス野兎亭の扉を開けると、既に顔馴染みとなった宿の主人に「数日ぶりだな」と声をかけられる。しばしカウンターで雑談してから1泊分の宿を取り、あてがわれた部屋へと向かった。





**************************************





 先日まで俺達が泊まっていたのとはまた別の部屋。

 10畳程の客室に置いてあるのはシングルベッドが2つ、テーブルが1つ、椅子が2つのみで飾り気は無い。部屋の広さの割に大きめな窓にかかっているのは、生成り色でゴワッとした厚手生地で出来たカーテン。


 野兎亭では毎回同じ客室という訳ではないものの、大体似たような間取りや家具となっているようだ。




「うん、紅茶が飲みたい」


 客室に入るなり魔法鞄(マジカルバッグ)からポットやカップを出し始めるテオ。


 そんな姿を横目に、手持無沙汰な俺はこれまでのことを思い出していた。

 




 俺がこの世界(リバース)に召喚されてからもうかなり経つ。

 その召喚初日から、ほぼ毎日のように泊まり続けていたのがこの宿屋・野兎亭。


 準備ができ次第旅立つ予定ということで、数日中にはこの野兎亭とも、エイバスの街ともお別れとなるはずだ。




 テオの楽しそうな鼻歌が聞こえる中、俺は窓を開けてみる。



 目に飛び込んできたのは、エイバスで最も大きな通り。

 この部屋は大通り沿いの3階にあり、辺りがよく見渡せるのだ。


 まだ日は高い。

 行き交う人がまばらな大通りも、数時間もすれば仕事帰りの労働者達で(あふ)れかえることだろう。





 俺にとってエイバスは、初めて訪れた街でもある。



 ゲームにそっくりなこの世界で、最初はゲームのままな部分や全く異なる部分が混じっているのに戸惑うことも多かったが、何やかんやでテオという仲間も出来た。


 テオに手伝ってもらいつつ修練を積んだり、必死に攻略サイトを漁ったりした甲斐もあって、剣や魔術の扱いにもだいぶ慣れてきた。

 馬にも乗れるようになったし、テオやウォードやダガルガの協力のおかげで無事にダンジョンボスも討伐することができた。


 ダンジョンが浄化できたかどうかは調査の結果待ちだが……今までゲーム通りではなかったのは「ゲームのプレイヤーが楽しく遊べるように、神様が気を利かせて変更していた」部分ばかりだったことをふまえると、浄化方法を変更するメリットは思い浮かばない。たぶんうまく浄化できているはずだ。




「そういえば……」




 俺はふと思い出す。

 夢に出てきた、“リィル・ヴェーラ”と名乗る少女のことを。



 1度目は、俺がこの世界に来る直前。

 2度目は、ダンジョンでの初めての敗北を味わった直後。



 あのあと攻略サイトで彼女について調べてはみたものの、サイト内検索をかけても“リィル・ヴェーラ”という少女について書かれた文章は見つからなかった。


 この世界の住民ではないのか、それともゲームでは未発見なだけなのか。

 そもそもただの俺の夢だったという可能性も無くはない。



 だがあんなに鮮烈な夢を2回も見るなんて、現実にはあり得るのだろうか?



 もしかして、あれは……――。





「お~い、紅茶入ったよー♪」


 窓辺で考え事をしていた俺を引き戻したのは、テオの明るい声。



 ぶれることなきマイペースっぷりに思わずフッと笑ってしまった俺は、短く返事をしてから自分の席へと座るのだった。





**************************************





 紅茶を飲みつつのんびりしていると、不意にテオが言った。


「……でさー、エイバス出てどこに行くんだ?」

「あ、行き先決めなきゃなんないのか……」


 言われて初めて、次の行き先を決定していなかったことに気付く。



「まぁ俺も今気が付いたんだけどさっ。最終目標は魔王討伐ってことでいいんだろうけど、それまでのルートとかについてはあんまり細かく考えてなかったよな!」


 と、テオは一口大のナッツ入りチョコをぽいっと口に放り込んだ。




 テオによれば、エイバスから他の地域へと向かうには、主に陸路で街道沿いに向かうルートと、主に海路を利用するルートの2つが一般的らしい。


 エイバス周辺は森や山が多く蛇行気味の街道が回り道になってしまうことや、船便は比較的安全で早いこともあり、大抵の旅人はエイバスを旅立つ際には海路を選ぶのだそうだ。



 なおこれはゲームと同じ設定である。

 ただしエイバスの港から船便で向かえる目的地はいずれも遠くて――基本的には大きな港がある国や街のみになる――、出現する魔物がエイバス周辺と比べ物にならないぐらい強い場所が大半だ。だから自然と選択肢は限られてしまうし、1周目プレイでは陸路を選んで地道に戦闘経験を積んでいくのがセオリーだ。


 テオに確認してみたところ、船便で向かえる目的地・その周辺で出現する魔物の種類などはほぼゲームと変わらない模様。

 状況をふまえた結果、2人一致で、しばらくは街道沿いに陸路を進むことにした。




 そして最初の目的地は、トヴェッテ王国と決めた。


 トヴェッテ王国はエイバスから最も近くにある国――とはいえ歩きで数週間はかかる――なのだが、実際に見てきたテオいわく、2年前から王国領土内の湖に魔物が住みついてしまい、周辺の人々が凄く困っているらしい。






 ちなみに俺が魔王討伐までにしておきたいことは色々あるけれど、今後状況が変わったとしてもおそらく変わらないと思っていることは主に2つ。



 1つ目は、戦力強化。

 パーティが強くなることで安全性が高まるはず。そうなれば生き残れる確率が高くなるだけじゃなく、ゲームにそっくりなこの世界を楽しみやすくなるはずだ。



 スキル【能力値倍化LV5★】でHPや攻撃力といった基本能力が倍増している等、ゲームよりも有利な点は多々存在する。

 だけどやっぱり俺はゲームとの違いを完全に把握できていない点が気になってしょうがない。小鬼の洞穴のボスも想定以上に強化されていたし、運が悪ければもっと最悪な事態になっていた可能性もあるだろう。

 今のままでは魔王どころか、各地の強力な魔物達に勝つのも難しいかもしれない。


 不測の事態に備えるためにも戦力強化は必至。

 具体的には武器や防具や魔導具を強化したり、スキルを磨いたり、強い仲間をパーティに迎えたり等を考えている。


 ゲーム上で仲間にできるパーティメンバーは、勇者を除き4名まで。

 テオで1枠埋まることをふまえれば、残りは3名。


 既に仲間候補・入手したい武器・必要な材料やその入手先・行くべき場所などのリストは、テオに内緒でこっそり用意済みだ。




 2つ目は、1度行った場所ならどこでも一瞬で行ける魔導具『自由転移扉テレポーテーションドア』の製作。


 魔王討伐とは関係なく、完全に俺個人の趣味と欲望なんだが……神様のご褒美――世界を救ったら、リバースに存在する物から何でも1つだけ、地球に持って帰ってOK!――として、自由転移扉テレポーテーションドアを持って帰るためには絶対必要なことなのだ。こちらも既に必要材料などはリストアップ済み。


 ただし安全第一ということで、もし厳しいようなら自由転移扉テレポーテーションドアだけにこだわらず、報酬を他の有用なアイテムに切り替えることも視野には入れている。





 ここでテオが、遠慮がちにたずねてくる。


「……あのさタクト。途中で街道沿いに寄りたい村があるんだけど、いいかな?」

「おう。どっちみちトヴェッテ王国まで街道はほぼ一本道だろ。街道沿いなら別に遠回りするわけじゃないし、遠慮なく寄ればいいと思うぜ」


 俺の答えを聞いて、テオは「サンキュ!」と笑顔に戻った。






 その2日後。


 旅支度をしっかりと整えた俺とテオは、エイバスの街を出発した。


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