第173話「あるべき姿の、第一歩」
ザーリダーリ火山にて『火の精霊王の試練』を何とかクリアした俺は、テオと合流。装備を整え直してから、山中腹のニルルク村へと帰還することにしたのだった。
村が見えてきたのは、まだ日も高いうちのこと。
ここで俺とテオはある変化に気づく。
「おや? ニルルク村の門と塀が――」
「直ってんじゃ~んっ♪」
8日前に俺たちが村を出発した際、ダンジョン化で大量発生した魔物が荒らしまわった影響で、一帯はほぼ全て倒壊したままだった。門にいたっては骨組み部分の残骸が、かろうじて黒焦げ状態で残っているばかり。
それが今はどうだろう。
ぐるっと囲むように真新しい金属塀が守り、その入口には同じ素材で作られた正門がそびえ立っている。マットな質感の銀色金属は太陽の光を受けて強さを増し、まるでこの村を守る気高い戦士かのごとき佇まいを見せていた。
俺たちは門の辺りで何やら作業中の獣人3人組へと駆け寄ってみる。
「ただいまー!」
「戻りました」
まずにこやかに迎えてくれたのは、先日一緒にダンジョンボスと戦った熊と猪の大型獣人コンビだった。
「テオと勇者じゃないカ!」
「息災で何よリであル」
「ていうか門と柵、直ったんだねっ」
「村を復興するにハ守りから強固にせねばならヌからナ!」
「確かに、安心感が違いますよね……」
ボスを浄化しダンジョン化を解除したとはいえ、火山の中には変わらず魔物が生息している。さらに山への来客が戻ってくれば、人々を警戒しての防犯も重要となってくるはずだ。
村の復興として、手始めに門と柵とを修理するというのは、ある意味で理に叶ってるような気もする。崩壊した建物の大半はまだ手つかずのようだが、このあたりはいずれ、ということなんだろうな。
「ふン……良くもまア、丁度良い時刻に帰還しタもノダ……」
奥であきれた様子のもう1人は、魔導具工房長で栗鼠型獣人のネグント。その手には、大きな板状の金属パーツらしき物体が握られている。
「ネグントさん、そちらは?」
「我が村の新たな看板ダ。これより設置ヲ、といウ所で丁度お前ラが帰還してナ」
「なるほど。それで『丁度良い時刻』っておっしゃってたんですね」
門や柵と同金属がベースの新看板には、共通言語文字で『ニルルク村 正門』と刻まれており、さらに歯車を重ねた紋様というこの村らいい装飾が施されていた。
「でハ改めテ行くぞ……全員、少々離れテいロ」
皆が門から離れたのを確認してから、ネグントは門を包み込むほど大きな生産空間を展開し、手慣れた様子で看板を取り付けた。
生産空間が解除された途端。
誰からともなく歓声が上がる。
“村の顔”とでもいうべき正門が、再びあるべき姿を取り戻したのだ。
ここにいるのは俺以外、かつての栄華を知る者ばかり。
彼らの喜びもひとしおというところだろう。
そして俺にとっては「かつてゲームで見た“復興後のニルルク村の正門”の再来」だった。彼らとは少し異なるものの、俺は俺でとても感慨深い瞬間だったのである。
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俺とテオは村の広場に『旅人の絨毯』を広げ、しばらく休憩をとることにした。氷がたっぷり入ったフルーツジュースを飲みつつ、空を眺めた俺は、何気なくここ最近の冒険の数々を振り返る。
前回、トヴェッテ王国のダンジョンを浄化したのは、約2ヶ月前のこと。
それから用事を済ませたり、スキルを磨いたりしながら色々寄り道。
ル・カラジャ共和国では、かつてのテオのパーティメンバーであるムトトを、一時的な仲間に加えた。
そして3週間程前に、ザーリダーリ火山ふもとの宿場町に到着したわけだが……。
……いやほんと正直やばかった。
宿場町中に勇者来訪の話が広まってるし、当事者の俺に無断で勝手に『勇者同行者選抜大会』が開催されようとしてるし、どうしようかと思ったよ……暴動寸前まではいったけど、最終的には“多方面が割と満足する形”で丸く収まって、ホッと胸をなでおろしたよね。
ここから見下ろす限り、ふもとの城下町は平穏を取り戻したようにも思える。火山ギルドのマスターは「近々冒険者を雇ってダンジョンの調査を開始する」とも言ってたし、調査の結果で安全が証明されれば、徐々に元通り賑わうんじゃないかな。
ここに来た“目的”もちゃんと全て達成できた。
まずは「ダンジョン化したザーリダーリ火山の浄化」。
ギルドによる調査結果はまだ出てないけど、闇に浸食されたボスはゲーム通りに浄化できたし、たぶん問題はないはずだ。
それから「生産系スキルの習得」。
浄化が完了してすっかり余裕ができたニルルク村の獣人たちとも仲良くなれた。ゲームだと“謎だらけの一族”で、工房に入ることすら許されなかったのに……特にあのネグントと知り合い、弟子入りを認めてもらえるまでになったってのは大きいぜ!
あとは「火魔術の習得」。
試練、色々大変だったんだよな……そのおかげで謎の少女リィルと話せたのは収穫だったけど。結果としては火の精霊王の加護を受けることができた。ステータスにも【火魔術LV1】と記載されたのを確認済だ。それにこれも入手出来たし……。
と俺が【収納】から1つのアイテムを取り出すと、テオが覗き込んできた。
「なぁそれ『火の精霊王の証』だろ?」
「その通りだ」
「やっぱり! ――ってことはやっちゃう?」
「何を?」
「決まってんじゃん! 封印、解くんだろっ♪」
テオが嬉しそうに指さしたのは『勇者の剣』。
確かに神様からの伝言によれば、何でもこの剣には“眠る力”が隠されているらしい。その封印を解くアイテムこそが4属性の『精霊王の証』なのだと。だが……。
「……いや、まだ解かない」
「なんでッ?!」
俺が首を横に振ると、テオが口を尖らせた。
「だって何が起こるか分からないだろ? フルーユ湖で『勇者の剣』自体の封印を解いた時もちょっとした騒ぎだったし」
「あ~……そーいやそんなこともあったねぇ」
かつてフルーユ湖の浄化直後に『勇者の剣』の封印を解いた際、まばゆいばかりの白く強い光が放たれた。
その光が周辺のいくつもの街からも確認されたことにより、勇者に関する憶測が色々と広まったんだよな……まだ正体を隠したい俺にとっては、慎重にいきたいポイントってわけ。
「でもさータクト、いずれ封印は解くよね??」
「そのつもりではあるが……時と場所は慎重に選ばせろよ」
「OK♪ 楽しみだな~~♪」
テオは子供みたいに二カッと笑った。
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その夜。
村の広場ではテオの演奏会が開かれた。
観客は村に残った獣人たちと俺の計4名。
演目はもちろん、テオが「試練突破を待つ間に作った」という新曲だ。
自信を見せてただけあって、今夜のテオの歌声はいつも以上に迫力たっぷりだった。とてつもなく壮大で重厚で、それでいて強さと熱さも兼ね備えていて……まさに“火の精霊王”のごとく燃え盛っているような気がした。