第167話「魂を選びし者(3)」
気が付くと俺は1人きりで洞窟内に倒れていた。
どこもかしこも岩でできた1本道かつ、飾り気のない天然の造りっぽい洞窟。
ただし地面にはところどころ明かりの魔導具が埋め込まれているため、わざわざ魔術で照らさなくとも周囲を確認できる。
「ここは……火の試練の間、だよなぁ…………ってかやたら暑ぃぞ?」
瞬間。
ぐわっと全てを思い出した。
自分は試練の最中、暑さで気を失ってしまったのだということも。
「――やべッ!!」
俺は慌てて立ち上がるや否や、元々来た方向を目指し、全力ダッシュで退避し始めたのだった。
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「ハァ……ハァ…………よかった、何とか戻れたぜ……」
死に物狂いで走った俺は、どうにか無事に試練のスタート地点まで戻ってくることができた。どさっと地面に倒れこみ、上がり切った息を整える。
あのまま無策でさっきの場所に居続けてたら、絶対また暑さにやられて気絶していたことだろう。『危なくなったら迷わず逃げろ!』はゲームで学んだ鉄則でもある。
幸いこのスタート地点は今のところそこまで気温が高くない。当面の一時拠点かつ休憩所はここで決まりだ。
岩の地面も心地良い。洞窟の割にはそこまでデコボコしてないし、火山の中の洞窟だからか地面がほんのり温かい。全身を預けて寝転がるには最適ってわけ。
ちょっと落ち着いたところで【収納】から水筒を取り出し、口をつけた。
自然とゴクゴク喉が鳴る……。
「ふぅ~~~」
全力で走った後の水ってやたら旨いよな。
まさに乾いた体に染み渡ってる、って感じ!
心行くまで休んだところで、俺は勢いよく体を起こす。
「よし! 忘れないうちに判明した情報を整理するか」
この短時間で一気に“色んな事実”が判明した。だが諸々の可能性を考えると、正直、俺1人で分析できる情報の範囲を遥かに超えまくっている。
――情報過多。
――なのに明らかなる情報不足。
「あ~あ、これがゲームだったら『新要素発見!』ってことで攻略サイトに書き込んで、他のプレイヤーさんに相談するとこだけど……あいにくこれ、現実だもんな」
合間に色々操作を試してはみた。だけど攻略サイトの閲覧はできても、書き込みまではできそうになくて。
とはいえ、テオをはじめこの世界の人にそのまま相談するわけにもいかない。
今まで通りに最初は俺1人だけで分析して、「どの情報を、どこまで、どういう形で共有できるか」を洗い出していくしかないだろう。
俺は【収納】から愛用の筆記用具一式を取り出すと、早速箇条書きでまとめてみることにした。
まずは、様々な情報をくれた謎の美少女『リィル・ヴェーラ』について。
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●リィルが俺に会いに来たのは4度目。
●リィルこそ、俺を勇者に選んだ『選定者』である。
●リィルは未来(の可能性)を見れたり、俺の魂に直接語りかけたりできるけど、神様じゃないらしい。(※本人が全力で否定)
●リィルが俺に会いに来れるのは、魔王が【時空魔術】で時間を戻した時(=俺が死にかけた時)。
●ただし俺に会えても会話できるとは限らない。
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「話をまとめるとこんなとこか」
リィルと俺がまともに話せたのは、正真正銘さっきが初めてだった。でも彼女は何度も俺に会って、必死に情報を伝えようとしていたらしい。
「じゃあなんで前の3回は失敗して、今回はちゃんと会話に成功したんだろうな……あっ、もしかして『会いに来る』と『会話する』だと、別の発動条件が必要とか?」
ゲームだと、各種イベントにしてもスキルや魔術にしても、全て必要な発動条件を回収して発生させるのが基本だ。例え同名イベントでも、回収した発動条件が違えば展開が変わることだってある。
架空は現実を元にしている以上、現実の仕様も似ていたっておかしくない。
「推測の方向性は悪くなさそう。でも現時点じゃこれ以上は詰められそうにないか」
リィルという人物もリィル関係イベントも、ゲームで確認されていないらしい以上、ゲーム情報を参考にするのは厳しい。
最初の出会いだって、リィルの言ってた発動条件――俺が死にかけて、魔王が時を戻した――に当てはまっているか不明だ。もしかしたら他に「リィルと俺が会えるイベント発動条件」があるのかもしれない。
ここは明らかに情報が不足してる部分だろう。
「リィルさん、色々教えてくれるのはいいんだけど、『この情報を元にどう動けば問題が解決するか』っていう肝心な部分が無かったぜ……」
たぶんあえてはぐらかしたってとこか。
彼女、何かワケありっぽい感じだったし。
「……ま、このあたりの推測は、そもそも彼女の言葉をそのまま信じるなら、という前提付きで初めて成立するわけだけどな」
そもそもリィルは未だ正体不明である。
一応『選定者』を自称していたが、それだって本当かどうか分からない。
「ってかリィルさん、なんであんなに魔王や俺の動向に詳しいんだよ! そこがまず分かんないんだって!! 彼女の目的も不明だしなぁ……教えてくれた事実を信じるなら『魔王を倒してほしい』とか、『リィルさん自身や世界を助けてほしい』ってとこだろうけど」
リィルが人間だと確定してすらいない。
この世界には人間に限りなく近い見た目の魔物だって存在する。
安易に信用し過ぎるのもリスクがありそうな気もする。
「だけどリィルさん、嘘をついてる感じじゃなかったな……」
彼女はとても必死で、本心から魔王討伐を願っているようだった。
あの涙に嘘は無かった気がする。
――彼女の言葉を信じたい。
少なくとも俺は、心からそう思えたのだった。
「そういや神様、『勇者の選定は信頼できる者に任せた』的なこと言ってたっけ」
仮に“リィル=選定者”との情報が本当ならば、神様はリィルを信じてるってことになる。「世界を救う勇者に誰を選ぶか?」は神様にとっても重要事項のはずだし。
「でもなぁ……これまでの事を考えると、さらに別の問題が出てくるんだよね……」
――そもそも神様の言葉自体をどこまで信用できるか?
何たってあの神様である。
この世界に来てからというもの、俺は神様に何度振り回されたことか。
最近はちょっと丁寧に説明してくれるようになったけど、俺は決して忘れてない。
神様が俺を観察する目的の1つが“暇つぶし”だということを。あの時は口を滑らせた感じだったし、何か本音っぽかったんだよな……本人は否定してたけど。
リィルは信じたい。
神様は信じたいけど、完全には信じられない。
「……ま、何がどう転んでもいいように、事前にしっかり策を練りまくって、考えられる限り準備を手厚くしておくのが1番か」
結局のところ俺は、これまで通り、自分にできることを確実にやっていくしかないのである。