第166話「魂を選びし者(2)」
「えっと、リィルさん。全くもって意味が分からないんですが――」
混乱しつつも、どうにか言葉を絞りだす拓斗。
「だったらもう1度、教えてあげるわ。魔王は勇者様を殺せない……この先、何がどうなろうとも、これだけは決して揺るがない事実なの」
「いや聞こえてはいたんです! じゃなくて、その『“殺せない”のが事実』っていう理屈自体が、本当に全く訳が分からないんですってば!」
リィルはきょとんと小首を傾げた。
「あら。だって仮に勇者様の肉体が消滅しちゃったら、魔王も一緒に消滅するもの」
「何そのギミック怖ッ! 初耳なんですけどッ?!」
「光あるところに闇があり、闇あるところに光がある……この世界の光と闇ってそういう関係なのよ。まさに表裏一体というわけね」
「表裏、一体……」
ふと拓斗が思い出したのは、勇者と魔王の不思議な関係。
有志プレイヤーの検証で、ゲームにおける魔王のステータスは変動することが判明した。魔王は必ず「勇者と同じLV」で登場するのだ。
そして現実でも、ダンジョンボス――魔王の強さに合わせた強化を受ける魔物――のステータス鑑定結果から、その時点の魔王のステータスが拓斗のLVに合わせて変動している様子が見て取れる。
さらに勇者は“光”属性を、魔王は“闇”属性を持つ。
光と闇は対となり、互いに相殺し合う性質だ。
そう思えば、リィルの衝撃発言を理解できなくもないのだが――。
「――その理屈だと『勇者も魔王を殺せない』ってことになりません? だって魔王を殺せば自分も死んじゃうんですよ!」
「いいえ、勇者様は死なないわ。だってあなたの魂は、異世界から召喚されたのですもの……魔王を倒せば確かに“この世界の勇者様”は滅びるわ。でもそれは“肉体”だけ……“あなたの魂”は消えない。全てが終われば無事に元の世界へ戻れるはずよ」
「ん? ってことはもしかして、俺が異世界から召喚された理由って、その辺にあったりします?」
「実際は神のみぞ知る部分ではあるけれど……少なくとも、私はそうだと考えるわ。異世界召喚の仕組みを考えると、物理的にも精神的にも遠い遠い異世界から魂だけを召喚するより、肉体と魂を同時に召喚したほうが遥かに簡単なはずだもの……わざわざ魂だけを呼ぶことに理由があるとすれば、勇者と魔王の関係以上に当てはまるものがあるとは思えないのよ」
「な、なるほど……――ん?」
よく分からないながらも納得しかけた拓斗。
だが直後に、強烈な違和感を覚えてしまった。
「待ってくださいッ! でも俺、この世界に来てから割と魔物に殺されかかってますけどッ?! 特にダンジョンボスは『魔王の僕』っていう称号も持ってるぐらいだし、たぶん魔王に直接従ってますよね? あいつら絶対に俺のこと殺りにきてましたって!!!」
「否定はしないわ……魔王の配下である魔物達も、そして魔王自身も、本気で勇者様を殺したいとは考えているはずよ。殺戮こそアイツらの本能だもの」
「リィルさん、さっきと言ってること違いません?」
「いいえ。両立する事実だわ……魔王や、その配下達は勇者様を殺そうとはするし、今までも殺す直前まで行ったことは何度もあったわね……けれど実際には殺さなかったでしょ? こうやって生きてるんだもの」
「そりゃまぁそうですけど……」
やや焦りを見せる拓斗と対象的に、リィルはただ淡々と話を続ける。
「……この際だから、ついでに教えてあげるわ。本来なら勇者様はとっくに死んでたはずなのよ」
「はァ? 死んでるってどういうッ――」
「思い出して勇者様。最初は小鬼の洞穴、次は毒鼬の穴蔵、そして今……あなた、3度も死にかけたわよね?」
「そ、それは――」
心当たりしかなかった拓斗は、何も言い返すことができなかった。
初のダンジョン『小鬼の洞穴』では、ボスのゴブリンリーダー達に挑んだ。しかし敵がゲームよりも大幅強化されていたがために、危うく拓斗は殴り殺されるところだった。
先日、『毒鼬の穴蔵』に立ち寄った目的はスキル【毒耐性】の習得。だがテオが仕掛けた“サプライズ”のせいで、拓斗は猛毒&悪臭地獄に陥ったのである。
この『火種の洞窟』では、火の精霊王の試練を受けていた。ゲーム通りなら楽勝と考えていた拓斗だが、“暑さ”という想定外のトラブルで気絶してしまった。
「……あのね。どうして勇者様は死ななかったと思う?」
「そりゃまぁ俺には仲間がいるんで……テオは確かにピンチも呼び寄せるけど、やる時はちゃんとやるヤツだし」
「違うわ。勇者様が死にかけるたびに、魔王が命を救っていたからなのよ」
「いやでも! 俺、魔王に救われた記憶なんて――」
「紛れもない事実よ。魔王は勇者様が死にかけるたびに、ほんの少しだけ時間を巻き戻しているんだもの」
「時間を――へ?! ま、まさか魔王は【時空魔術】をそんなに使いこなしてるんですか?!」
「あら勇者様、あの魔術を知ってるのね。だったら話が早いわ……魔王が時を戻した瞬間、ほんの少しだけ、時空に“歪み”が生まれるの……だから私はその隙を狙って勇者様に会いにきたのよ」
「俺に?」
黙って頷くリィル。
「……本来なら、私と勇者様は出会えるはずがないのよ。だけど私は勇者様に会いたかったの。会わなくちゃならなかったの…………お願い、私を……この世界を…………助けて……勇者様!!」
その言葉を聞いた瞬間。
拓斗の目の前が、真っ白になった。
最後に彼の脳裏に焼き付いたものは。
寂しげに潤んだ少女の瞳から、すぅーっとこぼれる涙であった。