第158話「勇者のお仲間、選抜します(6)」
引き続き、宿場町の冒険者ギルドマスター・ビエゴ宅の客間。
俺とテオはビエゴたちと一緒に『勇者同行者選抜大会』開催についての対策会議に参加している。
テオ発案の「思い切って大会を開き、関係者を優勝させて誤魔化してしまう」という作戦は決して悪くないと思う。ある意味では参加者を騙すことになってしまうのは申し訳ないけど、こうなったらしょうがない。
ただしその作戦を実現するには「“優勝できるだけの実力を持つ人物”を関係者の中から用意しなきゃいけない」と気づいたことで、話し合いは膠着してしまったのだった。
しばしの沈黙の後。
「……タクト殿かテオ殿にご参加いただくのはどうだろうか」
「おお、そうじゃ! お2人とも冒険者なのじゃろう?」
すがるような目で聞いてくるビエゴと村長。
「俺は無理です、あの中で勝ち残れる気がしませんッ!」
「同じくっ! ていうか俺の本職は吟遊詩人で、冒険者はただの副業だから……!」
横にぶんぶん首を振って即刻拒否する俺とテオ。
どう考えても無謀がすぎるって!
確かに俺は、旅立ち当初に比べればだいぶ強くなったとは思う。
だけどさっきギルドの前を見た限りだと、普通に強そうな冒険者が多数参加しそうな雰囲気だった。あいつらに勝とうと思っても、そもそも俺は「現実での対人戦経験が、テオ相手の練習戦ぐらいしか無い」って時点でだいぶ厳しい気がする。対人戦と対魔物戦はだいぶ勝手が違うらしいし。
仮に戦う場合、まず【光魔術】は勇者バレするから使えない。
基本は剣で立ち回ることになるだろう。
ゲームだと盗賊退治・悪徳冒険者討伐イベントとか割と多いし、対人戦闘の機会は少なくなかったけど……いきなり現実の実戦で人に剣を向けて、100%勝てる自信は流石にない。
仮に大会出場して負けた場合、町の事態が悪化しかねない。
人前に出れば勇者バレの心配もある。どんなに確率を下げたとしても、俺が勇者である以上、完全に0%にするのは無理だって。
色んな意味で不測の事態を防ぐためにも、俺の出場は絶対に避けたいよな。
「ムムム……皆の者、我が町の民で誰かおらんじゃろか?」
困った町長が話を振ると、町民たちは無言で顔を見合わせる。
それからぽつりぽつりと案が出始めた。
「……ギルド前で騒いどる冒険者がたくさんおるよな。あの中の誰かを雇うってぇのはどうだろう?」
「馬鹿言え。勇者様の仲間になるためにわざわざこの寂れた町に来る奴らだぞ」
「下手に声をかけりゃ『大会で優勝しても勇者様とお会いできない』と広まっちまうかもしれんなァ」
「そりゃまずいッ却下だ却下ッ」
「なら二番街の防具屋の上の息子はどうだ?」
「おお、冒険者として名を馳せておるとかいう話じゃったのう!」
「アイツはしばらく帰っとらん。つい先週に聞いたばかりだから間違いないぞ」
「いっそのことビエゴが出場しては? 最近また鍛え始めたんじゃろ?」
「そういやお主、高名な冒険者であったな」
「ヨッ! 我が町の星ッ!!」
「いやいや20年近く前の話さ。今の実力では、あの人数の現役冒険者全員に勝てるとは断言できんぞ……それに大会主催は冒険者ギルドだ。いわば取り纏める立場にあるギルドマスターが出場するのも色々とまずくないか? そもそも俺は今大会の発信源でもあるしな」
「むぅ……」
それぞれ色んな意見を持ち寄るが、これといった妙案は出そうにない。
「あ~あ、こんな時にダガルガやウォードやムトトがいてくれたらな~……今からでも来てくれないかな?」
皆を横目にテオが小声で嘆く。
「そりゃ無理だろ。確かにダガルガさんたちは強いけど、大会は4日後なんだぞ」
「だよねー。ル・カラジャ共和国に向かったムトトだったら、今すぐに馬を飛ばせばギリギリ追いつけるかもだけど、確実ってわけじゃないし」
「仮に追いつけたとしても、連れて帰ってこれるとも限らないな」
「どのみち中3日じゃ厳しいかぁ……」
テオと俺は小さく溜息をついた。
かつてダンジョン『小鬼の洞穴』の浄化に協力してくれたダガルガとウォード。
彼らは間違いなく強いと思う。
特にダガルガはゲームでもパーティに加えられる強キャラだ。
ゲームじゃ加入時期が終盤だから、育て切った他キャラに比べれば活躍の機会が少ないけど、一般の冒険者の中で言えば誰が見たって物凄く強い部類だろう。
本人から「対魔物はもちろん対人経験も豊富」って聞いたこともあるベテランだし、今回の大会に参加できれば優勝確率も高そうだ。まぁいくら高確率でも100%勝てるってわけじゃないけど。
とはいえ彼らの居住地は、俺がこの世界で初めて訪れた街『エイバス』なんだよね……今日を含めてたった4日じゃ、片道にだって足りやしない。どのみち参加は絶望的だ。
4日で余裕で往復できる場所となると。
この宿場町内のどこかと……後はザーリダーリ火山ぐらいだよな……。
……。
………………。
……ん?
あの人ならもしかして……!
脳内に浮かんだのは1人の候補者。
はやる気持ちを抑えつつ、まずは“前提”を確認してみることにする。
「あのビエゴさん、聞いた話では『大会のルールは大会当日発表』とのことだったんですが、運営側ではもうある程度決めてるんですか?」
「もちろんだ。本大会では参加者の真の実力を図るべく、試合形式はじめ全てのルールを極秘事項扱いとし、大会当日に公開する事にしたのだが……我ら運営側では既に独自の選考基準を決定し、その内容に基づいて準備を進めておる状態だ」
「そのあたりって今から調整って可能ですかね? 試合のルール次第で確実に優勝できそうな人なら心当たりがあるんですが――」
「何ッ?!」
ビエゴを筆頭に、皆の目の色が変わった。
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その後、冒険者ギルド職員を中心に、急ピッチで水面下の調整が進められた。
事前発表の詳細とは違い、大会開催前に隣接するザーリダーリ火山浄化完了の兆候――山にかかっていた霧が綺麗に晴れた――が見られたことから参加希望者が荒れたものの、冒険者ギルドから「諸事情で状況が変わったが、大会自体は開催する」等のアナウンスが行われたことで混乱は収まったといえる。
日を追うごとに参加を希望する冒険者も増加。
にわかに宿場町は活気を取り戻したのだ。
さらに大会前日には『選抜大会 前夜祭』も大々的に開催された。
宿場町には参加希望者だけでなく同行者や見物客も多く滞在していたこともあり、多くの店でかつてないほどの売上を叩き出したらしい。
話し合いから4日後。
選抜大会当日。
試合会場は、この大会のためだけに町の広場に特設された広大なリング。
硬めの土で出来たリングは地面よりも50cmほど高くなっているのだが、さらに高い位置に階段状の観客席が作られているため、観客はどの席からでも見下ろす形で試合を楽しむことができる。
当日、ギルドから発表された試合形式は『全員参加バトルロイヤル』。
ルールはいたってシンプル。「他の参加者を殺すのは禁止」、「リングの上に最後まで残った参加者1人が優勝」、この2点のみである。
各々武装し臨戦態勢をとる全152名の参加者が、一定の間隔をあけて、リングの上にスタンバイする様子は、まさに“圧巻”の一言だった。
大勢の観客や関係者らが息を呑んで見守る中――
――カーンッ
試合開始のゴングが響いたッ!
……と誰も思った、次の瞬間。
――ズサァアァッ……
土製の戦場が、消えた。
50cm下の地面に高速で沈み込み、同化してしまったのだ。
当然ながらリングに立っていた参加者も全員、為す術なく落下。
うっすら巻き起こる砂煙が消えた後。
残されたのは、地面に佇む冒険者たち。
その多くが尻餅をついて困惑の表情を浮かべていたあたりからすると、何が起きたか理解すらしていないだろう……。
……いや違う。
1人だけ、落下を免れた参加者が存在した。
たった1箇所だけ、崩れることなく残る1m四方の高台。
さながら表彰台のごときその戦場の上に、勝ち誇るように背筋を伸ばして仁王立ちするは、真っ黒なローブを身に纏い、フードですっぽり顔を隠した小柄な男。
優勝者は、一瞬にして決定したのであった。