第156話「勇者のお仲間、選抜します(4)」
ザーリダーリ火山浄化の翌日、俺とテオはふもとの宿場町を訪れた。
目的は、町民によって開催されようとしている『勇者同行者選抜大会』を中止させること。
俺としては、火山支部ギルドマスターのビエゴ1人に、他の皆に内緒で一時的に火山浄化を手伝ってもらえさえすれば良かったのに……事前に送った手紙を勝手に勘違いされ、知らないうちに町全体を巻き込んだ特大イベントに発展していたのである。
ビエゴに頼るのを諦めた俺たちが、ダンジョン化した火山の浄化を終えて宿場町へと戻ってくると……案の定、浄化の兆候に気づいた冒険者たちが暴動寸前の一触即発状態へと発展していた。
そこで俺たちは、こっそり冒険者ギルドに接触。「たまたま火山で出会った勇者に伝言を頼まれた代理人」として、大会を主催するギルドマスターや町長らの会合に加わることができたのだった。
引き続き、冒険者ギルドに程近いビエゴ宅の客間。
町民たちの“勇者妄想トーク”もひと段落したところで、町長とビエゴ含む計7名と共に、俺とテオは再びテーブルの資料を囲む流れになった。
「……それで話の続きだけどさ。ザーリダーリ火山の浄化は無事に終わったから、あそこはもうダンジョンじゃなくなったって勇者様は言ってたよー」
「もちろん制度上、冒険者ギルド側の調査が完了するまでは浄化を確定することができないですが、勇者によれば『これまでの経験からして、浄化は完了したと考えている』とのことでした」
「そうか……当然ながらギルドとしては早急に調査を進めるつもりだが、勇者様がそうおっしゃるならひとまず安心して良いのだろうな」
テオと俺の言葉にホッとした顔を見せてから、ギルドマスターのビエゴは窓の外に目をやった。その表情は「まさに感慨深い」といったところか。
まぁ気持ちは分かる気がする。
彼の視線の向こうは、高くそびえるザーリダーリ火山。
山頂からの輪郭を覆い隠していた灰色の霧がすっかり晴れ、3年越しに見られるようになった壮大な光景。
ゲームのビエゴは、生まれも育ちもこの宿場町だと話していた。
厄介者だらけの冒険者をまとめるギルドマスターという仕事は正直大変らしいのだが、「故郷のために」と自ら志願してマスターの座を継いだと。
真面目な彼のこと、きっと堅実に働き続けてきたのだろう。特にダンジョン化後のこの3年は町の過疎化も進んだし、多くの苦労があったはずだ。
何十年も慣れ親しんだ本来の火山の姿をこうやって取り戻せたことに対して、ビエゴにもまた並々ならぬ思いがあるのは想像に難くないってわけで。
「ところで確認したいんじゃがの。勇者様は我が町へといつ頃いらっしゃるおつもりなんじゃ?」
「おおッ町長! 確かにそりゃ肝心だ!!」
「勇者様さえいらっしゃれば冒険者共も黙るはず。万事全てが解決するだろうて!」
町長のトンチンカンな質問に、町民たちが口々に賛同する。
「「は…………?」」
口をポカンと開けてしまう俺とテオ。
「――なっ、何言ってんだよ? 勇者は大会の中止を希望してるんだぞ?」
慌てたテオがたずねると、町長はカラカラ笑って答えた。
「それはそれじゃ。実は我が町では大会とは別に、勇者様の歓迎式典も盛大にサプライズ開催できるよう準備を進めておってのう」
……おい待て町長ッ!
歓迎式典とか聞いてないから!!
この期に及んで、更なる地雷の存在を明かすんじゃねぇよッ!
「もちろん勇者様がいついらしても対応できるよう、式典は今すぐにでも行える状態だ。でも事前に日程が判明すれば、より綿密な計画を立てられるからなァ!」
「わしゃすっかり待ちくたびれたぞい。ああ勇者様、早くいらしてくださらんかね」
「まずは俺の店の名物の揚げ芋を召し上がっていただかねば!」
「何じゃとォ! ワシの特製煮込み料理が先じゃッ!」
「どっちの品もひと口ずつ食べてもらえばよいだろうが。それよりもだな――」
またもや飽きもせず、町民たちは凄い勢いで騒ぎ始めた。
置いてけぼりを食らってしまった俺。
隣のテオと顔を見合わせ、それから2人して頭を抱えた。
「そういうことか……」
「だねぇ……」
今になって思い返してみれば。
確かに町民たちへは「勇者が大会中止を希望していること」だけは1番最初に伝えていた。
だが先に伝えるべき事項はもっと他にあったのだ。
これが伝わってなかったからこそ、町民はどこか暢気だったわけで……。
……そりゃ勇者の容姿とかで、あんなに盛り上がりまくれるはずだよな。
この状況でも町民たちは「最後の最後には勇者が助けに来てくれる」と信じてて、そこまで切羽詰まってる自覚が全くなかったんだから。
「あのぅ、盛り上がっているところ申し訳ないんですが……――」
俺とテオは意を決して、ただ淡々と“真実――事前にニルルク村の皆と口裏を合わせた説明――”を伝えた。
勇者は本心から、宿場町への来訪を秘密にしてほしかったこと。
極秘のはずの来訪を皆に知られ、失望したこと。
よって宿場町へ立ち寄ることなく、自力で火山浄化を完了させたこと。
さらに今後、勇者がこの町を訪れるつもりは一切ないこと。
勝手に開催されようとしている選抜大会の結果がどうなろうが優勝者をパーティに加えるつもりはなく、大会を中止してほしいと考えていること。
「そ、そんなッ――」
「勇者様ァ~……!」
いくら待とうが、勇者は助けに来てくれない。
勇者バブルで儲けるなんて夢は泡と消えたのだった。
大会参加を希望する冒険者への対処は、町民自身がどうにかしなきゃいけない。
仮に冒険者たちが怒りのまま暴れまくった場合、彼らの乱暴な気性や無駄に戦闘力が高すぎることから、この町など簡単に崩壊しかねないという最悪の状況で……。
やっと自分の町の置かれた現実を理解したらしい町民たち。
今度こそ、真の意味での絶望ムードに包まれたのだった。
……まぁ実際は、俺もテオもこの宿場町やビエゴを完全に見捨てる気はない。最低限でもどうにか町の崩壊を防ぐ程度には、こっそり裏から手助けするつもりである。
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ショックを受け崩れ落ちていた町民たちが気を取り直し、さっきまでと打って変わって真面目な顔になったところで、ギルドマスターのビエゴが口を開いた。
「では改めて。この度の選抜大会を中止するにあたって、参加を希望していた冒険者たちへの対処を決めねばならぬわけだが――」
「それなんだけどさー、こうなったら思い切って大会を開いちゃうってのはどう?」
ビエゴの言葉をさえぎったのは、テオの突拍子もない提案。
「「「……?」」」
俺を含む他の面々は一様に首を傾げたのだった。