第154話「勇者のお仲間、選抜します(2)」
ダンジョンと化したザーリダーリ火山を浄化した翌日、俺はテオと2人でふもとの宿場町を訪れた。
町を挙げての勇者歓迎ムードは3日前よりさらに大きく濃く高まり続けており、俺は恐怖すら覚えかけた。だが諸事情をふまえると放置するわけにもいかない。
ということでまずは情報を収集すべく、冒険者ギルドのザーリダーリ火山支部へと向かうことにしたのである。
町の正門前から商店街を抜け、町中心部の冒険者ギルド前へと到着した俺たちが目にしたのは、にわかには信じたくない光景であった。
「はぁ、そっちだったか……」
僅かな希望を砕かれた俺は、がっくり肩を落とす。
もともとザーリダーリ火山内の狩場は、腕の立つ冒険者から「安定して稼げる!」と根強い人気を集めていた。この宿場町は観光客に加え冒険者相手の商売でも栄えてきたし、その中核を担う冒険者ギルドは割と大きく立派な建物を構えていたのだ。
しかし火山が高難度ダンジョン化してからは、現実でもゲームと同様に町への訪問者が激減し、すっかり寂れてしまっていたという。
転機は2週間ほど前。
火山支部ギルドのマスターであるビエゴの元に1通の手紙が届いたのだ。
手紙の内容は「近い内に勇者がザーリダーリ火山を訪れるから協力してやってほしい。これはくれぐれも内密に」というようなもの。
勇者側としてはギルドマスターにはあくまで “一時的な協力” をお願いしたつもりだったし、皆に秘密でこっそり手伝ってほしかった。
だがビエゴら町の人々は『ビエゴが勇者の仲間に選ばれた』『内密にとは勇者の遠慮だ』と勘違い。その流れで町中が勇者歓迎ムード一色になった上、ギルド主催で勇者の協力者選抜大会が開かれることになってしまったのだ。
3日前に宿場町を訪れたことで俺とテオは事態を把握。
諸々の可能性をふまえて検討した結果、『さっさとザーリダーリ火山ダンジョンを浄化したほうがよいだろう』との結論に。なるべく早めに浄化を完了させ、こうやって町へと戻ってきたのだが――。
「――残念ながら事態は悪化しつつあるというわけか」
「うん。ざっと100人はいるかなぁ」
まずは状況を観察すべく、俺たちは遠巻きに辺りを見渡す。
――おいどうなってんだッ話が違うぞ!
――優勝したら火山攻略から始まる形で勇者様の旅に同行できるって事だろうが!
――何で大会開催前にダンジョンが浄化されてるっぽいわけぇッ?
――俺は噂を聞きつけてなッ! 伝説の勇者様とお会いするためだけにわざわざ最新の高速船を無理やりチャーターして駆け付けたんだぞッッ!! いったいぜんたい幾らかかったと思ってんだッ?!
――大会はちゃんと開かれるんだろうなァ? 今更中止とか言わねェよなァ?
――そ、そう言われましても……私達も情報を確認中でして……
冒険者ギルド前へ押しかける人、人、人。
屈強な肉体の戦士、高級防具で固めた魔導士をはじめ冒険者らしき大勢の人々。その誰もが鬼のような形相で、数名のギルド職員に詰め寄っている。
「あ~こりゃヤバいね」
「だな……頭に血が上った奴らばかりだし、さっさと何とかしないと爆発して取返しがつかなくなりそうだ」
冒険者たちは一触即発。
ただでさえ短気で乱暴な者が多いのだ。
1人暴れるだけでも大変なのに、こんな群衆が暴れ出したら一巻の終わりである。
職員たちも必死に場を収めようとしてるものの、どう見たって人手も力も足りてない。ていうかギルド職員ってほとんどが非戦闘員だし、怒りに燃える大勢の冒険者を抑えきれるわけがない。
もっと根本的な対策が必要ってわけだ。
「……ということでプランBでいくぞ」
「OK!」
俺とテオはうなずき合うと、事前に決めた作戦に沿って動き始めたのだった。
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まずは暴動寸前の冒険者たちを刺激しないよう気を付けつつ、慎重に“ターゲット”を探していく。
「おっ、あの子はどうだ?」
「いいね~♪ 今回の作戦にぴったりじゃんっ」
俺が指さしたのは1人の少女。
視界に入る他職員は人混み内にて冒険者の対応をしている。
しかし彼女だけは群衆に入ることすらできず、真っ青な顔で少し離れたところをオロオロしているのだ。とはいえ腕にはちゃんとギルドの腕章がついてるあたり、正式なギルド職員で間違いない。
「ねぇそこの君――」
「ヒィッ?! すいませんすいませんッあたしまだギルドに就職したばかりの見習いで大会のことなんて何もわからないんで聞かれても何もわかんないですッすいませんすいませんすいませんッ!!」
早速近づき、テオが声をかけた瞬間。
ギルド職員の少女はコメツキバッタみたいにペコペコ頭を下げだした。
顔を見合わせる俺とテオ。
「……あのさー、なんか勘違いしてるみたいだけど――」
「俺たち大会の参加者じゃありません。むしろ大会を中止してほしい側です」
「すすすいませッ――ヘ?」
腰を90度に曲げたまま少女が固まる。
それからおずおずと怯えたまま俺たちを見上げた。
「大会を中止してほしい、ですか……?」
青ざめた顔には『意味が分からない』とでかでか書いてある。
そりゃそうだろう。
他の冒険者たちは大会を予定通り開いて欲しがっているようなのに、俺たちは全く逆の主張をしているのだから。
「うん!」
「俺たちはある人から『大会を中止するよう伝えてほしい』と頼まれてここに来てまして」
「ある人? それってどなたです?」
職員の少女が興味を示した。
俺とテオはニヤリと笑い、同時に小声で答える。
「勇者です」
「勇者だよ」
「ゆッ――」
「し~~……!」
叫びそうになる少女を素早く制するテオ。
「……詳しく伝えたいから、誰か偉い人に話を通してくれない?」
「大会の責任者クラスの方だと嬉しいんですが」
「あ、できるだけこっそりね! あんまり人に知られたくないからさー」
少女は一瞬考えてから「ワカリマシタ……」と蚊の鳴くような声で答えた。