第152話「ある意味、世界を救うため」
無事にボス討伐を終えた俺とテオと獣人たちは、火山中腹にあるニルルク村の広場にて、真昼間から「ダンジョン浄化を祝う宴」を開いていた。
何気なく交わした魔導具工房長ネグントとの会話で、意図せずして“ボス戦での不思議な現象の謎”が解明した他、ゲームと現実における生産系スキルの仕様の違いに関する糸口もつかむことができた。
判明した新たな事実は今後の旅に役立つ可能性が十分にあるし、そのうち時間を作って詳しく検証しておきたいところだな。
……そして。
俺にとっての本題はここから。
世界に多数存在するダンジョンの中から、次の目的地としてザーリダーリ火山を選んだ最大の理由。
それこそが「生産系スキルの習得」だった。
ゲームで勇者がスキル【生産空間】を覚える唯一の方法は、火山ダンジョン浄化後、ニルルク村のネグントに弟子入りし指導を受けることだとされている。多数のプレイヤーが検証したが、現状は他の習得方法が確認されていない。
ただし弟子入りには条件がある。
以下の2点を満たした状態でないと、ネグントに拒否されてしまうのだ。
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1、ザーリダーリ火山の浄化が完了していること。
2、ネグントの好感度を一定以上獲得していること。
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では現実はどうか?
条件1は問題ないだろう。ボスのフレイムロックバードを倒したことで火山の浄化は完了したはずだ。今朝まで火山を覆っていたダンジョン特有の霧も消え、かわりに晴れやかで澄んだ青空を楽しめるようになった。
問題は条件2だな。ゲームと違い、現実では好感度を確認する手段が存在しないため、確認が難しいのだ。
とはいえ今のネグントは浄化完了で肩の荷が下りたらしく、昨日の初対面時に比べてだいぶリラックスした様子である。
テオを通して知り合ったこともあってか、ゲームじゃ知りえないニルルク村の機密情報も色々教えてくれているあたり、俺のことは相当信用してくれているっぽい気がするんだよなぁ……会話の流れで自然に生産系スキルの話が出たことだし、ダメ元で頼んでみるか!
腹を括った俺はジョッキに残った酒を一気に流し込む。
その勢いのまま、横に座るネグントへと切り出した。
「ネグントさん、折り入ってお願いがあります! 俺にスキル【生産空間】を習得させてくださいッ!」
「ン?」
首を傾げるネグント。
も、もしや!
好感度が足りなかったか……?
「何故ダ? お前は勇者だロウ。生産系スキルによル支援など回りくどき事はせズとモ、【光魔術】や【剣術】で戦えば済む話ではないカ」
そっちかァ~~。
まぁ今の話の流れならそう思うのも無理はないよな。
もちろん俺だって「生産系スキルによる戦闘支援」に興味ないわけじゃない。まさかそんな使い方ができるなんて思ってもなかったし、さっきネグントに教えてもらって凄く興奮したのも事実。
だけどあくまで副産物的なやつである。俺の主目的は「生産系スキルの本来の使い方」にあるのだから。
「……というより俺は元々、今日ネグントさんのお話を伺う前から生産系スキルを覚えたかったんですよ。実は個人的に作りたい魔導具があるんです。作り方は知ってるし、材料を集める目処も立ったので、あとは加工手段を用意するだけっていう状態でして」
「ならバ我らニルルク魔導具工房に製作依頼すれバ良イ。こノ世界の何処を探そウガ、魔導具製作で我らの右に出る者が居ルはズもなイのだかラ……仮に生産素人のお前が今から技術を学んダ処で、所詮は付焼刃に過ぎヌのだゾ?」
「それは……」
ネグントの言い分は、全くもって正論である。
架空世界なら、スキルLVを上げさえすればどんなアイテムでも安定生産できた。無心でLVを上げるだけでゴリ押し可能だったわけだ。
対して現実世界の生産系スキルは、習得した直後から理想のアイテムを生み出せるわけじゃない。スキルLVに加え、作成者の知識や経験がものをいう。精巧なアイテムを作り出すためには、それなりに時間をかけて学び、修練を重ねなければならないのだ。
幸い俺はゲームで得た膨大な知識がベースにあるぶん、普通の人より有利なはず。
だけど経験はそうもいかない。ゲームと違う“現実ならでは”の情報も足りない。製作を極めた先人に教わったり、自分で様々なアイテムを作ったりしながら、地道に手探りを続けていくほかなくて……。
「……確かに、おっしゃる通りだと思います。それでも俺は自分で作るしかないんです! “あれ”は他の誰にも任せられなくて、絶対に俺自身で作り出さなきゃいけない、そういう代物なんですよ……ネグントさん、どうかお願いしますッ!」
必死に頼み込む俺を横目に、ネグントは顎に手をあて考え込み始めた。
俺が作りたい『自由転移扉』は、行ったことある場所ならどこでも一瞬で行くことができる夢のような魔導具だ。あまりに便利すぎるからこそ、この世界の文明には不釣り合いな代物となっている。
ゲームでは「明らかにオーバースペックなアイテム」を工房に発注した場合、世界が影響を受けてしまう可能性があるんだよな。
例えば、自動車型魔導具を発注した工房からレシピが流出。世界中に車が広まった結果、貸馬屋が潰れまくったり、街中で交通事故が激増したり。戦車が広まって世界の半分が焼け野原になってしまった、なんて例も確認されている。
だからこそ俺自身が生産系スキルを習得して使いこなし、自分の手で『自由転移扉』を作り上げなきゃならないのだ!
固唾を飲んで待ち続ける俺。
考えがまとまったらしいネグントが口を開いた。
「――良いだロウ。今日からお前は僕の弟子ダ」
「ありがとうございますッ!!」
どうやら好感度っていう条件も、問題なくクリアできてたみたいだ。
「本音を言えバ、“勇者がそこまデこだわル魔導具”とやラの詳細を知りたイ所だガ、どウせ教える気は無いンだロ?」
「うっ、すいません……」
ニルルク村の獣人たちを疑いたくはない。
だけどリスクを最小限にするためにも、レシピを渡すわけにはいかないよな……。
俺が言葉を濁すと、ネグントは溜息交じりに笑った。
「まアお前にハ、何らカの形でこノ度の聖地奪還の礼もせねバと考えていタからナ……加えテお前にも訳があルのだロウ。勇者が背負いシ“世界を浄化すル使命”とやラの重大さは、僕だッて理解していルサ」
「は、はは……」
気まずくなった俺は、またもや無難に笑顔で誤魔化すことにした。
魔導具『自由転移扉』を作るためには生産系スキルを練習したり、“最後の素材”をそろえたりしなければならない関係上、おそらく実際に作れるのは魔王城突入後だろう。
となると魔王討伐に役立てるにはタイミングが遅すぎて、たぶんもう使いどころがない。俺にとってあくまで「世界を救ったあと、神様からの報酬で貰う用アイテムの候補」に過ぎないわけで……。
……まぁでも間接的には世界を救うのに必須だよな?
自由転移扉が手に入るって思うだけで俺のモチベーション爆上がりだし、俺みたいな一般人が「世界を救う!」なんて物凄い偉業を達成するにはモチベーションって超重要だし。
うん、やっぱ必須アイテム!
間違いないったら間違いないッ!!!
無理やり自分を納得させたところで話を続ける。
「ちなみにネグントさん、弟子入りってどんなことをするんですか?」
「仮に我が村の職人を志ス者なラ、雑用かラ下働きを始メ、数年掛けテ基礎かラ徹底的に叩き込ム処であルガ……お前は時間が無いだロウから、観光客向けの短期講座を適用してやル。あれなラ数日程度でそれなリの技術は身に付クはズダ」
ゲームと同じ提案だ。ここで勇者が「はい」って答えると、ちょっとしたミニゲームが開始。無事にクリアできた段階で、晴れて『生産モード』が解放されるって流れになるんだよね。
「ぜひ短期講座でお願いしたいです」
「ならバまズは技能【生産空間】を習得させル事になル。こレが最大の難関ダ」
「そんなに大変なんですか?」
「うム。前提としテ【生産空間】の習得条件は『自力で何らカのアイテムを作ル事』と単純なノだガ、習得化成功確率がほぼ0%と非常に低くてナ」
おっ、初耳の情報だな!
攻略サイトだと【生産空間】の習得条件は不明だった。
というかそもそもゲームの勇者は現実と違い、アイテムを作るには生産系スキルを使うしかない。つまり仕様上「スキルに頼らず、自力でアイテムを作る」という行動を取ることが不可能である。
そりゃ習得条件が見つからないはずだよッ!!
「僕の持つ【生産技能継承】は、発動中に限リ周囲の者の生産系技能習得率を2%も上昇可能であル。こレばかリは確率だガ、早い者なラ数時間、遅い者でも数日あれバ習得できルのが通常ダ。習得後に1日程度の研修を行イ、短期講座は終了となル」
つまりネグントの元でアイテムを作り続けることで、【生産空間】を習得しやすくなるわけか。
2%は心もとないけど、素材さえ用意すれば無限試行できるわけだし、「ソシャゲの天井なしSSRを1点狙いする」とかに比べりゃだいぶ優しいほうだよな!
「……待てよ?」
ふと俺の頭に“1つの仮説”が浮かんだ。
好奇心のまま【収納】から1枚の紙を取り出し、簡単な紙飛行機を作り始める。心の中では「【生産空間】を習得したい!」と強く願いながら、1回、2回と折っていくと――
――スキル【生産空間LV1】を習得しました。
ゲームと同じシステムボイスが脳内に鳴り響いた。
急いでステータス内のスキル欄を確認してみる。
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■スキル■
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生産空間LV1:アイテムを生産するための空間を生み出す、生産空間内に入れたアイテムはイメージ通り自由に動かすことができる
■神の一言メモ■
ふぉっふぉっふぉっ! 一発習得など本来ならまずありえんのじゃが、ワシが授けてやった【技能習得心得】がしっかり役立っておるようじゃのう……いいか、ワシが授けてやったからこその一発習得じゃ。そこんとこ深く深ァ~く胸に刻むんじゃぞッ!
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なんかやたら恩を売りまくっている神様を無視するのもあれだったので、「感謝いたします」とだけ小声で伝えた後、俺は神妙な面持ちでネグントへと向き直った。
「あのですね……俺、【生産空間】習得できたみたいです」
ネグントは固まったまま、手に持つジョッキを落としてしまったのだった。
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俺は正直に、【生産技能継承】に頼ることなく【生産空間】を習得したこと、それが俺の持つ【技能習得心得――スキルを習得しやすくなる――】の効果であることを伝えた。
当初こそ混乱していたネグントだったが、俺が【生産空間】を展開してみせたことで信じざるを得なくなったようだ。
なお短期講座の残りの研修――初心者向けにアイテム生産の基本を1日でざっくり教えてくれるらしい――については、日を改めて後日、ということになった。