第150話「受け継がれし、ニルルクの加護(2)」
ザーリダーリ火山の中腹にあるニルルク村の広場では、ボス討伐&浄化を終えた俺とテオと獣人達が、真昼間から「ダンジョン浄化成功を祝う宴」を開いていた。
小一時間ほど宴が繰り広げられた頃。
離れた所で1人飲んでいたニルルク魔導具工房の工房長ネグントに、俺が気になっていたことを質問したところ、予想外の答えが返ってきたのだった。
混乱する頭を整理しつつ、俺は念のため確認してみる。
「あのぅネグントさん、【生産空間】って……生産系スキルの?」
「当然ダ。そレ以外に何があル?」
「で、ですよね!」
自信たっぷりに答えるネグント。
どうやら聞き間違いという線はなさそうだ。
「いまいち実感がわかないんですが、それでどうやって攻撃を避けたんですか?」
「ふム。百聞は一見に如かズ、実際に実演してやロウ……【生産空間】」
ネグントは抱えていたジョッキを脇に置くと、『生産空間』を直径50cmほどの球形として展開。その中に手近な石をいくつも放り込んで加工し、先のボス戦の状況を、ミニチュア模型として巨大なスノードームみたいに再現する形で、ゆっくり解説し始めた。
「山頂到着後。ボスが姿を見せシ直後のこト……僕はこノように、戦闘領域全域を『生産空間』で覆ッタ。後は必要に応ジ、 “空間内の物体” の位置を動かス事で、皆を支援しタのであル」
うおっ?!
瞬時に山頂の地形を再現しただと!
と思ったら、ボスや俺達6名のフィギュアまで完成したぞ?!
石で作った即席なのに、獣人はそれぞれの体格や耳や尻尾といった特徴が精巧に反映されてるし、俺やテオの髪のたなびきやマントの躍動感といった細部まで緻密に表現されてるし、ボス魔物のフレイムロックバードにいたっては轟々と燃え上がる様がリアルだし、完成度が本当に凄ぇ……。
……流石はネグント。
世界屈指の魔導具工房の長って肩書き、伊達じゃないぜ!
「じゃボスの【燃天降石】発動時は、隕石を動かしたってことですか?」
「そウダ。あノ魔術で具現化されシ隕石の軌道ハ、全て単純な垂直落下であッタ。そノ為、ほんノ少々だけ上空にて軌道を修正すル形にテ、簡単に回避が可能でナ……ほレ、こンな感じダ」
「おぉ~~!!」
ネグントの手の動きに合わせ、生産空間内のミニチュア隕石が、落下軌道をひょいっと変える。それはまるで、念力を使って自由自在に物体を動かす超能力者のようであった。
とても分かりやすいシミュレーション付き解説に感心しながら、俺はゲームにおけるアイテム生産の仕様を思い出していた。
そもそも『生産系スキル』とは、アイテム生産に特化したスキルの総称だ。
ゲームでは【生産空間――アイテムを生産するための空間(生産空間)を生み出すスキル――】を発動すると『生産モード』スタート。画面ががらっと切り替わり、アイテム生産の専用メニューで操作することになる。
生産空間内に入れた物は自由に動かせる。さらに各種生産系スキル・火や水などの魔術術式を組み合わせ、加工することで、様々なアイテムを作り出すことができた。
ただしゲーム内には「生産系スキルを発動できるのは非戦闘時のみ」という制約がある。また『生産モード』中はアイテム生産に関する行動しかできず、移動・戦闘などができなくなる。
先のボス戦のネグントのように【生産空間】を戦闘中に使うなんて、ゲームでは不可能だったのだ。
とはいえ現実世界と架空世界では、様々な面で制限が異なっている。例えばゲームでは「5人まで」との制約があったパーティメンバーが、現実では特に制限なく何人でも組める、など。
おそらく生産関連の仕様も例外じゃなかったということだろう。
と、ここまで考察を進めたところで。
唐突に俺が思い出したのは、先の戦闘中の違和感。
「あ! もしかしてボス戦の俺達の攻撃が全部クリティカルになったのも?」
「魔術にテ具現化されシ物質を、僕が操作しタ結果であル。そノ方が効率よク討伐できル上、結果としテ危険を招きにくイと判断したのでナ……」
引き続きボス戦の様子をシミュレーションしつつ説明するネグント。
「元々ムトトとお前は2人とモ、ボスの弱点であル翼付根付近を狙ウて魔術を発動しテおッタ。そノ為、ボスの動作を計算しながラ……2個の魔術の軌道をこノ角度へと修正すル事で、確実ナ弱点直撃を実現しタのダ」
「なるほど、物理的にも理にかなってますね」
全攻撃がフレイムロックバードの弱点にヒットし、1撃あたりのダメージが大幅アップしたおかげで想定以上に早いペースで討伐を終えられた。
ありえない奇跡が続き過ぎて正直ちょっと怖かったんだが、仕組みが意外とシンプルだと判明して一安心。
俺的には「生産系スキルにこういう使い方がある」って分かったのは大収穫だし、今後の戦いにも活かせるかもしれないな!
……ん? 待てよ?
つまり俺が内心では「ったく! 戦闘不参加のクセについてきて、無駄に攻撃に当たりそうになってるとか、どこの“お荷物NPC”だよっ!」などと総ツッコミしまくっていたネグントが、実は影で地味~~に獅子奮迅の活躍を見せていたわけで……。
「おイ勇者。僕が考えも無シに同行しタ、とでモ?」
「まッ、まさか~! あははは……」
心を見透かしてくるようなネグントのジト目。
どうやら俺は無意識のうちに顔に出してしまっていたらしい。
あふれそうになる気まずさを乾いた笑いで誤魔化しつつ、俺は密かに猛反省したのだった。