第149話「受け継がれし、ニルルクの加護(1)」
ボス討伐&浄化完了後の昼過ぎ。
ザーリダーリ火山の中腹にある、ニルルク村の大広場。
澄み渡る青空のもと、地面に広げた特大サイズの『旅人の絨毯』には、晴れやかな顔の6名が輪になって座っていた。
全員の木製ジョッキになみなみと酒が注がれたところで、“宴”の主催である工房長ネグントが「コホン」と小さく咳払いしてから口を開く。
「えェ~、あノ忌まわしきダンジョン化よリ早3年……漸ク、こノ日を迎えル事ができタ。本日は『聖地ザーリダーリが、久方ぶリに晴れやかなル蒼き空を奪還すル』という我らが悲願を達成せシ、記念すべき祝日、言うなラバ “奪還記念日” であル。皆、大いに飲み食いシ、こノ素晴らしき歓喜を分かち合おウではないカ! では、火の精霊王様の加護に感謝シ……カンパ~イッ!」
「「「「「カンパ~~~イッ」」」」」
ネグントの音頭に合わせて、ジョッキを掲げる一同。
そのままグイッと乾杯酒をあおっていく。
「……ぷっは~~! ひと仕事終えた後の一杯ってサイコーだよねぇ♪」
ビールCMのお手本みたいな飲みっぷりを見せた後、真っ先にジョッキを下ろしたのは、最高に輝く笑顔のテオ。
「だな!」
「同感であル」
「右に同じクッ!」
「斯様に美味な酒は久々であル……」
俺と共に盛り上がるのは、さっきまで一緒に戦っていたニルルク村の獣人達――熊型獣人、猪型獣人、狼型獣人ムトト――。皆の顔は、頭上に広がる青空のように晴れやかで、とてつもない解放感に包まれていた。
山頂に住むフレイムロックバードを倒し、ダンジョンと化したザーリダーリ火山の浄化に成功した俺達。いったん中腹のニルルク村へと戻ってきたところで、「浄化成功を祝う宴」を開催することになった。
屋外で飲むというのも獣人達の希望である。
ダンジョン化してからこの火山は分厚い霧に包まれており、空気もずっとどんよりしていた。だからニルルク村に残った獣人達にとっての“今日”は、“約3年ぶりに霧が消えた記念すべき日”なのだという。
一面に広がるのは雲ひとつない青空。
遮られることなくどこまでも見渡せる遠くの景色。
爽やかで穏やかな風が吹き渡り、息を吸えば澄んだ空気が身体中に染み渡る。
せっかくなら、ようやく取り戻せた“当たり前の幸せ”を全身で感じながら、この素晴らしい成功を祝いたい!
というわけで、遅めの昼食がてら急きょ屋外で飲むことに決めたのだ。
目の前に並ぶのは、獣人達が腕によりをかけたというニルルク村の郷土料理と、俺&テオが【収納】や『魔法鞄』から出した各地の名物料理の数々。
そして大量の酒。この人数でスタートから特大酒樽が2つ出てくるって、いったいどんだけ飲む気なんだよ……まぁそれだけ今日が特別ってことなんだろうし、今日はとことん付き合うけどさ!
「さてさてっ! 今日は特別だから、とっておきのやつ開けちゃおーっ♪」
獣人達が乾杯酒を飲み切った頃合いを見計らい、張り切ったテオがさらに新たな酒と人数分の陶器カップを取り出した。
酒を注ぎながら、テオが得意げに語った蘊蓄によれば、これはトヴェッテ産の地ビールで少数生産品らしい。
そもそも「ガラス製の酒瓶に入ってる」ってだけでやばい。
この世界じゃ小型ガラス容器は、“高LVの生産系スキル持ち”しか作れない高級品である。しかも薄紫の瓶にはトヴェッテ城を思わせる美しい透かし彫りが入っており、器だけで一級の芸術的な工芸品そのもの……。
……間違いなく、お高いやつだ。
トヴェッテ王国は富豪が多く居住することから、こういう上質な嗜好品が数多く作られている。総じて値段はびっくりするぐらい高いけど、そのぶん外れがないんだよなぁ。
俺も恐る恐ると飲んでみる。
パッと見は、泡少なめで濃褐色のコーラっぽい液体。だけどジョッキを鼻に近づけた途端、麦芽の香りの強烈な主張にクラクラしてきた。
ちびりと口に含んだ瞬間、味わい深い極上の熟成肉みたいな旨みと、じっくり煮込んだスープみたいな極深のコクとが舌を支配する。ツマミ無しでも、この1杯だけでフルコースのメインディッシュになりそうな勢いだぜ……!
「な? たまんないだろ??」
隣に座るテオが目をキラキラさせて聞いてきた。
「ああ、こりゃ確かに凄い。テオの“とっておき”なだけあるよ……こんな真昼間から酒盛りってのもあって、なんか物凄い贅沢な気分だ」
「背徳感は最高のスパイス、ってやつ?」
「フ……間違いないな!」
通っぽくジョッキを掲げ、ニヤリと悪い笑みを浮かべるテオ。
つられて思わず笑ってしまった俺も、同じポーズを決めたのだった。
**************************************
小一時間ほど皆で飲み食いし、空腹もいい感じに解消された頃。
テオが楽器を取り出し奏で始めたのをきっかけに、獣人達が踊り始めた。
嬉しさを全身で体現する彼らと陽気な音楽が織りなす即興のステージを肴に、引き続き楽しく飲んでいると。ふと目に止まったのは、俺達から離れた場所にある廃墟の土台の上に腰かけ、1人静かに物思いにふけるネグントだった。
俺は基本 “酒はちびちび飲む派” である。
だからまだほとんど酔ってない。
対して俺以外は全員、宴開始から強い酒をガンガン浴びるように飲んでたはずで、ネグントも例外じゃなかったはずだ。
既に1つ目の特大酒樽は空、2つ目も順調に無くなりつつある。現に他の獣人達とテオは出来上がってるし。なのにネグントだけは、俺と同じく飲む前と全く変わらぬ涼しい顔をキープしていた……こりゃ、なかなかの酒豪だな。
ちょうど聞きたいことがあった俺は、ジョッキ片手にネグントの横へと移動。
まずは無難に声をかけてみる。
「……お酒、結構お強いんですね」
「ふン。仮にモ僕は由緒正しきニルルクの姓を継ぎシ者であル。多少の酒を嗜んだ程度で醜態を晒すはずも無かロウ」
俺のほうなど見向きもせず、ネグントは手元の酒をグイッとあおった。
目線の先には獣人達とテオの姿。
いつも通り刺々しいネグントの返しに少々気後れしたものの、俺はストレートに聞くことにした。
「あの、さっきのボス戦の事なんですが……どうして逃げなかったんですか?」
「逃げル? 何故、僕が逃げねバならヌ?」
「昨日の作戦会議で伝えましたよね? フレイムロックバードの【燃天降石】の避け方について。忘れたとは言わせませんよ」
ザーリダーリ火山のボス・フレイムロックバードは、即死級の攻撃をいくつも持っていた。だから俺が事前に色々誤魔化しつつ、全員に対策を伝授したのだ。
【燃天降石――炎に包まれた隕石を、対峙する敵の数だけ、その頭上に降らせるスキル――】の回避方もその1つ。上空からの攻撃の直前に、地面に影ができる。だからその影から離れることで、隕石を避けることができるという、ゲームでは定番の攻略法だったのである。
ネグントは少し首を傾げる。
それから思い出したように手を叩いた。
「……ふむ。そウいえバ、そんナ話を聞いた気もするナ」
「じゃあ何で避けてくれなかったんですか! ネグントさん、影が被ってものんびり空を見上げてるだけで、全然動かなかったですよね?」
ムッとしてたずねる俺。
鼻で笑うネグント。
「そんなノ決まり切ッている。僕は避けル必要が無イ、そウ判断しただけノ事」
「意味わかんないです! 俺、てっきりネグントさんがやられたと思って――」
「あノ程度の攻撃で死ぬ訳無イだロウ、現に1度も当たらなかッたではないカ!」
「そ、それは……! まぁそうなんですけど……」
ネグントのいうことには一理ある。
確かに彼は戦闘中に攻撃を受けてはいない様子。
でもゲームでの経験をふまえると、どう考えたってありえないのだ。フレイムロックバードの【燃天降石】は防御不可の超ダメージ攻撃だった。回避以外に対処法は存在しなかったし、ネグントが無傷で済むはずはないのだが……。
考え込んでしまった俺を見て、ネグントは溜息をついた。
「ハァ……全クお前という奴ハ…………まア良イ、特別に解説してやロウ」
「といいますと?」
「僕に攻撃が直撃しなかった理由ダ」
「偶然とかじゃないんですか?」
「そんナ訳なかロウ! 偶然どころか、起きるべくして起きタ必然であル。何故ならアレは、僕が自ラ計算しテ技能を駆使シ、生み出しタ状況なのだからナ」
「えッそんなスキルが?!?!」
目の色を変える俺。
「無論、お前が『別に興味が無イ』と言うなラ無理に解説はしないガ――」
「いえとんでもないッ! 是非是非教えてくださいッ!!!」
――必中攻撃を完全回避できるスキル。
そんな便利すぎる技、ゲームでは発見されてなかったはずだ。
仮に存在したら戦闘バランスが大きく変わる以上、もし誰かが見つけてたら攻略サイトが凄い騒ぎになってなきゃおかしいからな。俺の記憶が正しければ、そういう騒動は無かったと思う。
だが現実のネグントは微動だにすることなく、実際に完全回避をやってのけた。
しかもそれをスキルにより実現したという。
つまり「こんな物凄いチート級スキルが存在する」と証明してみせたわけで。
この世界での最大の行動指針が『なるべく安全第一』である俺にとって、こんなにも有用な情報はそうそう無いだろう。様々な魔物が存在し、攻撃パターンは多岐に渡る。その攻撃を完全回避できたなら、今後の俺の旅の安全性は格段に高まること間違い無しなのだから。
これは知りたい……!
何が何でも絶対聞くべきだッ!!
俺の期待は一瞬にして膨れ上がり、今にも限界突破しそうな勢いであった。
「なラ教えてやろう――」
勿体ぶった笑みを浮かべるネグント。
ゴクリと固唾を飲む俺。
「あレは【生産空間】ダ」
「……へ?」
一瞬、聞き間違えた、と思った。
「今、何と――」
「聞こえなかったカ? 僕が使用しタ技能は【生産空間】であル、そウ発言したのだガ」
「????」
あまりに予想外過ぎる答え。
拍子抜けした俺の頭は大量の“?”で埋め尽くされた。