第148話「山頂に巣食う、焔岩鳥(4)」
引き続き、早朝のザーリダーリ山頂。
ダンジョンボスのフレイムロックバード戦に挑むのは、俺とテオに加え、ニルルク村のムトト、大型獣人2名、ネグント、計6名の即席パーティだ。
ボスの得意技『火炎突進――火焔を纏って高速で体当たりするスキル――』が発動されるたび、熊&猪型獣人コンビが引きつけて回避。がら空きとなった背後を目掛けて俺とムトトが魔術をぶつける、という戦法で、俺達は手堅い勝負を繰り広げていた。
「閃光爆裂!」
「炎爆球!」
5回目の魔術攻撃――俺の【光魔術】とムトトの【火魔術】――が、またもや翼の付け根を直撃。フレイムロックバードを覆う闇のオーラも、一目で変化が分かるほど減少しているあたり、浄化――光で闇を相殺する――の進み具合は順調だった……。
……そりゃもう、怖いぐらいに。
「5回連続クリティカルだと……いったい、どうなってんだよ??」
さすがに違和感を覚えた俺がつぶやく。
ゲーム『Brave Rebirth』の戦闘では、攻撃が当たった部位により、ダメージ量が変わる計算だ。
中でも最大ダメージが狙えるのが“弱点”に攻撃を当てた時であり、これを“クリティカルヒット”――もしくは略して“クリティカル”――と呼んでいる。
弱点はいわば「急所となる部位」だ。魔物・生き物問わず各キャラに設定こそされているものの、ピンポイントに攻撃を当てるのは難し過ぎる。
そもそも弱点は面積が小さい傾向にあるし、弱点を守るべく防具で守ったり攻撃を避けたりしようとする敵も少なくない。よっぽどコントローラーでの操作技量を磨くか、特定のクリティカル率上昇スキルを習得するか等でもしない限り、「クリティカルを狙って出すなんて、まず無理」だったのだ。
ただしクリティカルまで行かずとも、弱点の近くに当たるだけで通常より少しダメージが増える仕様となる。だから「弱点近くを狙ってダメージアップ!」というのは定番戦術として知られていたし、特に耐久力が高い敵と戦う際は重宝していた。
現実でも、これはだいたい同様だ。
俺はもともと大体の魔物の弱点はゲームで把握してるし、余力が出たあたりからはゲームと同じく「無理のない範囲で弱点付近を叩く」っていう立ち回りは心掛けてきた。
とはいえ狙ってクリティカルを発生させるのは難易度が高い。これまでの俺の戦いでは、意図して弱点近くを攻撃していれば、何十回かにせいぜい1回クリティカルが出るかどうか、という程度だった。
それがこのボス戦では、俺もムトトも全攻撃が5回連続クリティカル。
こんなの確率的にありえない。
ありえない、はずなんだが……。
……そんなことを考えていると。
上空のフレイムロックバードが“予備動作”を見せた。
やべっ――考えるのは後だ!
「火炎突進、来ますッッ!!」
皆に警戒を呼びかけると、急いで術式を組み上げる。
「熾炎爆砕!」
「――ふ、閃光爆裂!」
ムトトには遅れたけど、俺も滑り込みで【光魔術】をぶつけることができた。
っていうかまたクリティカルかよ?!
今の俺の一撃は焦ってたから術式の練り上げも雑で、相当精度低かったはずだぞっ??
本当にどうなってんだか――
「キィイィィーーーーーーッ!」
突如、場を切り裂いたのは、フレイムロックバードの雄叫び。混乱した顔のまま、中央オブジェ周囲をぐるんぐるん飛び回りながら、凄い勢いで天高く昇っていく。
「わっ! ほんとに暴れはじめた!」
「勇者に提供された情報の通りであるナッ!」
「我々の調査でハ、斯様な動きの観察経験は皆無であル」
「ギルド発表の情報にも無い筈だガ……」
空を見上げて口々に騒ぎ始めるテオと獣人達。
皆と共に警戒体勢を取りつつ、俺はボソッとつぶやいた。
「……思ったより早かったな」
俺とムトトの火力を考えると、“リミット”はもうちょっと先だと思ったんだが……まぁ全部クリティカルだったし、こんなもんか。
ゲームと同じならたぶんそろそろ――
――ビュウゥゥ~~~…………ドザッ!
遥か高い空から降ってくる巨鳥。
細身ながらも筋肉隆々な両脚で見事に着地したかと思うと、二足歩行のティラノサウルスみたいな体勢から、バッと翼を広げポーズを決めた。
爛々と血走り赤く輝く瞳。
立ち昇らんばかりに燃え盛る炎の翼。
通称『暴走状態』である。
ゲームにおけるザーリダーリ火山のボス魔物『フレイムロックバード』は、【魔王の援護LV5★】発動中に限り、累積で一定以上のダメージを受けると、攻撃パターンを一変させる習性を持つ。
この状態をプレイヤー達は暴走状態と呼び、研究を進めてきた。ボスが見せたさっきの一連は、モード切り替わり時に見せるお決まりの行動のようなもんだな。
攻略サイト掲載の研究レポートによれば、フレイムロックバードは“焔岩鳥”という別名の通り、身体が燃え上がる岩のような質感で非常に重く、空を飛べるような体構造ではないのだと。だから【反重力LV3――自分にかかる重力を70%軽減できるスキル――】を常時発動することで、持ち前の翼による飛行を実現しているのだとか。
しかし【反重力】は「発動中に特定スキル以外を発動できない」「重力低下の影響で攻撃力はじめ自身の能力値が低下する」などの制限が発生するため、発動中は戦力ダウンしてしまう。
そこでフレイムロックバードが本気で戦う際は、【反重力】スキルを解除し、本来の身体能力を実現した状態、いわゆる“暴走状態”へと突入するのではないか……というのが研究チームの見解だった。
テオをはじめ今回のパーティの面々には、事前に情報を伝えてあるし、昨日の対策会議の段階でボス行動変化後の対応も決定済みだ。まぁいつも通り、情報の出所は「お告げが~~」とかでぼかしたけど。
「ピキャァーーーッッ!!!」
フレイムロックバードの叫喚。
途端、上空の霧が黒く濁り始めていく。
「あっ……皆さんッ、燃天降石ですッ!」
俺が叫んで知らせると、皆の顔に緊張が走った。
間髪入れずに空から降り注いできたのは。
――赤く燃える巨大な隕石、合計6個。
だけど心配無用だ!
先に俺が対処法を教えておいたからな。
【燃天降石】は、炎に包まれた隕石を、対峙する敵の数だけ、その頭上に降らせるスキルだ。フィールド全体が対象の上、当たれば致命傷間違い無しの極悪攻撃なのだが……プレイヤー達によって既に“鉄板の攻略法”が編み出されている。
それは「影を避ける」ことだ。
上空から隕石が降る直前、地表に丸い影ができる。その影から遠ざかっておきさえすれば、燃える隕石の直撃を免れることができるってわけ!
まずは俺自身の安全を確保――影から遠い場所をキープ――してから、周囲を見渡す。
「よし。皆、俺のアドバイスをちゃんと覚えててくれたみたいだな! これなら…………って、ええッ?!」
テオも、ムトトも、大型獣人コンビも、ちゃんと影から離れる形で安全地帯へと陣取っていた。
だが……例外が1人いたのだ!
「何してるんですかッ早く避けてッ――」
のほほんと上空を見上げるネグントに、大きな影が落ちている。
慌てて駆け寄る俺だが――
――ドゴォオォンッッ!
隕石は待ってなんかくれなかった。
グワングワンと地面を揺らす重量物の落下衝撃。
暴力的な塵交じりの爆風が吹き荒れ、視界の全てが遮られてしまう。
「うっ――」
全身を襲うは塵と熱風の嵐。
とっさに顔を防ぐ俺。
「…………そんな……嘘、だろ……?」
一瞬遅れて俺は気付いてしまった。
仲間が1名、逃げ遅れた、ということに。
「ネグントさァーーーんッッ――」
「――五月蠅いゾ、勇者」
「え……?」
思わず全力で叫んだ俺が耳にしたのは。
聞こえるはずの無い声。
「全ク、お前といウ奴ハ…………距離感とやラも掴めぬ程ノ馬鹿なのカ?」
塵混じりの風が収まると、ネグントが呆れきった顔で俺をにらみつけてきた。
「いやあの! それより何で無事なんですか? てっきり、さっきの隕石で――」
「御喋リを楽しムのは後にしロ……ほレ」
ネグントに促され、俺は背後を振り返る。
視線の先にいたのは、怒り狂って次の手を繰り出そうとするフレイムロックバード。
そうだった!!
相手が本気を出したここからが本番だなっ。
「皆さん気をつけて! たぶん【同族召喚】が来ますッ」
俺は剣を握り直してから、まずは走って前線へと復帰した。
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ダンジョンボスのフレイムロックバードは、正真正銘の全力で襲い掛かってきた。翼を武器のように振り回して近づく者を攻撃し、【同族召喚】で同族である魔鳥族の魔物達を次から次へと召喚し、時折【燃天降石】で戦場全体へ燃える隕石を容赦なくあびせまくって。
だけど、今の俺達の敵じゃなかった。
元々の計画では俺とテオとムトトの3人だけで倒すつもりだったし、実際ボスとの戦力差は「ギリギリ倒せるぐらい」と読んでいた。
それが急きょニルルク村の皆に協力してもらえることになり、こちらが大幅に戦力アップしたことで、パワーバランスが大きく変化したのだ。
まぁパーティ人数が増えた分、【燃天降石――対峙する敵の数だけ燃える隕石を降らせるスキル――】で降ってくる隕石の個数は増えたけど……トータルで言えば俺達が有利なことに変わりは無いよな。
暴走状態に切り替わったボスが小型魔鳥を召喚するようになってからは、ムトトが小型敵の殲滅にまわる形に陣形を切り替えた。
対フレイムロックバードの盾役は大型獣人2名が、攻撃役は俺が担当。
テオは引き続き全体を支援しつつ、時々ムトトと一緒に小型敵を攻撃する。
順調に敵のHPを削っていき、とうとう“最後の時”が訪れた。
「……タクト、浄化完了だよーっ♪」
こまめに【鑑定】スキルでボスのステータスをチェックしていたテオからの合図。
気づけば周囲を覆っていた霧も消え、かわりに一面の青い空が広がっていた。【魔誕の闇――周辺の魔力を増幅し魔物を生み出しやすくするスキル――】の効果もすっかり消えたということだろう。
「おしッ! これでとどめだァッ!!」
残った光の魔力を「これでもかっ」と注ぎ込んだ勇者の剣。
白く眩しく煌めきわたる刀身で、俺はボス背面へと渾身のジャンプ斬りを決める。
「キュィィィーー……」
響き渡るは、フレイムロックバードの断末魔。
巨大な身体は粒子に変わり、そのままスゥッと空気へ溶けていったのだった。