第144話「ニルルク村と、火山を守り続ける者たち(6)」
テオに手伝ってもらいつつ特訓した新たな俺の回復術式は、待ち時間がたっぷりあったおかげもあってそれなりに形にはなった。
怪我や病気の回復に使うのはまだ気が引けるものの、闇魔力の浄化目的だったらおそらくいけるんじゃないかと思う。といっても実際に試してみないことには何とも言えない部分ではあるが。
そしてネグントやムトト達による『ニルルクの究極魔導炉』の修理が完了した頃、既に時刻は夜を回っていた。
相談の結果、俺達はそのままニルルク魔導具工房内へ泊めてもらえることになったのだった。
作業場に併設された食堂にて、魔導具工房の面々と共に夕飯の食卓を囲む。
つぶした芋の包み揚げパイ・香辛料が効いたスープなど、並ぶメニューはゲームでおなじみのニルルク村の郷土料理ばかり。
工房倉庫の備蓄食料が元々多めだった上、定期的に売りに来てくれる者もいるため、食料には余裕があるんだそうだ。
「どウダ勇者、うまいカ? うまいであロウ?」
「ええ。とても美味しく頂いております――」
「遠慮は禁止であル。ほラこれモうまいゾ、食エ食エ!!」
「あはは……」
初対面ではあんなにピリピリしていた熊と猪の大型獣人2人組も打って変わってすっかり歓迎ムード。俺を挟んで、やたら逞しい笑顔で料理をすすめてくれるもんだから、断るに断りづらい雰囲気だ。
とはいえそろそろ断らないと、俺の腹が限界の悲鳴を上げかけている。
まぁ彼らはそれだけ、ずっと神経を張り詰めて、壊れかけた魔導炉を守り続けていたということなんだろう。
「ところで究極魔導炉って今はどんな感じ? 修理は終わったって言ってたけど」
マイペースに野菜チップスをつまみつつ、テオがたずねる。
「現状は問題なく稼働中ダ。だガそレも何時まで持つか分からんがナ……本日の修理は一時的なもノであリ、3年前の忌まわしきダンジョン化直前の状態に等しくなッたに過ぎヌ。日々の稼働を繰り返せバ、魔導炉は再び闇に蝕まれる事だロウ。依然、予断を許さン状況だナ」
淡々と答え、スープを口に運ぶネグント。
「しかシ長ヨ、我らには勇者がついておるのダ。心配は要らヌ!」
「勇者の助力を得られシ現在、火の精霊王様に選ばれシ民である我がニルルクに、恐るるもノ等あろウものカ!!」
口々に述べる大型獣人達。
ちらりと彼らを一瞥してから、ネグントは俺を真っすぐ見据えた。
「……おイ勇者。お前はどウ考えル?」
「そうですね……ネグントさんと同意見です。もちろんニルルクの皆さんの技術が素晴らしいのは俺だって良く知ってます。だけど実際に訪れてみて、なんというか、ザーリダーリ火山のエネルギーの凄さに圧倒されて……何が起こってもおかしくない、としか思えません。やはり根本的な解決を急いだほうが良いかと」
思い出すのはゲームで何度も体験したザーリダーリ噴火の瞬間。モニター越しの映像にも関わらず描写が凄くリアルで、『Brave Rebirth』でも印象に残るシーンの1つである。
ゲーム内で噴火に巻き込まれる人々の中には、ネグントはじめ工房の彼らも含まれていただろう。なぜなら噴火後の世界ではネグントの姿を一切確認できないからだ。
――現実に、あれが起こりうる場所。
そう考えるだけで身震いしそうになるし、油断なんかできるはずも無い。
俺が究極魔導炉に行った浄化はあくまでただの気休めであり、解決するには原因をどうにかしなければならないのだ。
「私もネグントやタクトに同意すル。気を緩めル時期では無イ」
「そーだね、ふもとの宿場町のことも心配だし!」
ムトトとテオもそれぞれ意思を表示する。
「宿場町のタイムリミットである大会開催まであと6日か……まぁ不測の事態も考えれば、浄化は早ければ早いに越したことがないけどな」
ザーリダーリ火山ふもとの宿場町では、間もなく “勇者の仲間” を選抜する大会が開かれる予定。
俺に断りなく勝手に企画されているとはいえ、街の混乱を防ぐためにも早めに火山自体の浄化を急ぐ必要がある。
「ふム。ならバ早速、明朝よリ浄化に向かエば良いだロウ」
「ちょっとネグントさん、それはそれで急ですね?」
「事情をふまエ合理的に判断したまデダ。加えテ明朝で有れバ、我らも共に戦ウ事が可能だからナ」
面食らったのは、ネグントを除く食卓の全員。
「……待って、“共に戦う” ってどーゆーこと??」
真っ先に我に帰ったテオが聞く。
「文字通りの意味以外に何があル? 勇者と共にダンジョンボス討伐へ向かウ、という事ダ」
顔色変えずに答えるネグント。
どうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。
「さっきまでの話では、ネグントさんの協力は情報提供という形だったと思うんですが」
「あア。だガ一時的とはいエ究極魔導炉が浄化された事で状況は大幅に変化しタ。それに先程のお前の説明によれバ、情報を希望する理由は『現状の戦力では不安が残る事かラ、万全の状態で挑む為』とノ内容だッたダロ?」
「そうですけど……」
「元より我がニルルクの使命はこノ火山の守護。僕はニルルク魔導具工房の長としテ、勇者と共に元凶に挑み、そノ早期消滅を図ル事が最善と考えル。ダンジョン化後の火山を3年間守り続けタ我らが同行すれバ、討伐成功は確実ダ」
「でもさー、究極魔導炉は放っておいてもいいの?」
「現在最も優先すべきは、総力を持チ、確実に禍根を絶つ事。現状の魔導炉は稀に見る非常に良い状態であリ、1日程度の放置で変わるとは思えン。なればこそノ明朝決行であリ、この期を逃せばどウなるか不明ダ。本来なラ今すぐにでも決行したいガ、流石に準備と休息が必要だからナ……勇者ヨ、異論はあるカ?」
「……ありません」
俺に続けて、テオやムトトや大型獣人の2人もネグントに同意した。
究極魔導炉を放置することに不安が無いかというと嘘になる。
だけどこの中で魔導炉について誰よりも理解しているのは、間違いなく工房長のネグントだ。そんな彼の瞳が揺るぎない自信に溢れているのを見る限り、信じる以外の選択肢が出て来なかった。
その後は全員で必要な情報を共有しつつ、移動ルートや戦術等について細かく話し合ったのだった。