第142話「ニルルク村と、火山を守り続ける者たち(4)」
ニルルク魔導具工房の作業場を訪れた俺達は、工房長であるネグントの案内で、作業場中央に置かれた巨大な魔導具『ニルルクの究極魔導炉』へ入ることになった。
装置入口の扉を跳ね上げて進むネグントに続き、俺、テオ、ムトトの順に究極魔導炉の内部へ。
足を踏み入れた先には小部屋があって、さらに扉がもうひとつ。
奥のこちらは両開きの大きな扉になっている。
それ以外に明かり取りの窓などは無いものの、埋め込み式の小型照明が辺りをうっすら照らしてくれているおかげで内部の状況はそこそこ確認可能。
2ヶ所の扉付近にもそれぞれ魔石が複数埋め込まれている他、奥の扉の付近にはアナログ時計の盤面みたいなメーターをはじめ何やら色々なパーツが設置されている。
一応【鑑定】上の分類は全てひっくるめて『ニルルクの究極魔導炉』という1つの魔導具扱いだったし、魔導具の特徴――魔石が埋め込まれている――がそこかしこに見られるし、その機能自体もしっかりと果たしてはいるみたいなんだが……流石にここまで大きいと“道具”というより、ちょっとした“建物”と表現したほうがしっくりきそうな構造だ。
全員が小部屋に入ったところで、最後尾のムトトが入口扉をぐいっと閉め、隣の魔石の1つに手をかざす。一瞬、魔石が黄色く光り、カチリと音がした。
「……施錠、完了ダ」
「うム」
ムトトの言葉に小さく頷いてから、今度はネグントが奥の扉周りの操作を始める。
「でハこれよリ、我がニルルクの魂にしてかけがえなき誇り、究極魔導炉の最深部を特別に見せてやるわけだガ……この魔導炉の造りは少々複雑でナ。加えテ常よりも輪をかけ不安定なこの状況……僕の許可なク、迂闊ナ行動をとるでないゾ?」
「はい、気を付けます」
俺は素直に即答しておく。
ゲームをふまえて考えるとネグントも悪い奴じゃ無いはず。無用なトラブルを避けるためにも、こういう場面ではおとなしく従っておくに越したことはないだろう。
するとネグントが手を止め、入口のほうに険しい視線を送った。
「…………お前らもダ。ムトト、テオ」
「「……?」」
ネグントの念押しに首をかしげる後ろ2人。
「懸念せずとも私は究極魔導炉最深部については心得ておるつもりだガ……」
「そーそー、ムトトはニルルクの一員なんだから! それに俺だって入るの初めてってわけじゃないし、別に心配いらないって~」
「……見れバ分かル」
短く一言だけ吐き捨てて、ネグントは奥の扉横の小さな魔石に手をかざした。
魔石が赤い光を放ったかと思うと、順々に近くの魔石が光り出す。
光の連鎖が端の魔石まで到達したところで、カチカチカラカラと何かが噛み合い、そして回り出すような音が響き始めたかと思うと――。
――ゴロゴロゴロ……
奥の扉が右と左とに引き込まれていく。
と同時に、俺は息を呑んだ。
扉の向こうは空間そのものが大量の金属部品で構成された大型装置になっていた。
かっちり噛み合うよう無数に配置された大小の歯車。
何か溜め込んでいるっぽい雰囲気の金属製の大型タンクに、頑丈そうな扉。
じゃらじゃらぶら下がる鎖や、各所を繋ぐ頑丈そうな管の数々。
心臓部に配置され、燃えるように輝き続けているのは超極大サイズの火の魔石。
なんだよあの大きさ……大人の頭ぐらいはあるんじゃないか?
ゲームでも国宝級魔導具でしかお目にかかれないクラスの魔石を組み込んでいるあたりも、魔導具工房の最高峰・ニルルクの技術が結集されていると実感させられる。
だが何より気になるのは。
装置全体に絡みついている、不気味に黒いガス。
テオと目が合う。
俺達にとって見覚えしかない物質。間違いない、これは――。
「……具現化されシ闇の魔力。そウなのだロ?」
「はい……でもこんな状態は初めて見ました。こういう真っ黒なガス状で闇が具現化されるのは、通常、ダンジョンボスの周囲とかだけのはずなんですが……」
目にしただけで危険アラートがけたたましく鳴り出しそうな不穏で異様な空気感に、毒々しいまでに黒過ぎる不穏に澱んだ深い漆黒。
鋭い眼光でネグントが放った言葉の通り、これは“闇”以外の何物でもない。
ゲームと現実を通しての俺の経験上、この形状で闇属性魔力が存在するのは、ダンジョンボスである魔物の周囲、もしくは魔王の周囲だけだったはず。
だけど目視ではもちろん、スキル【気配察知】を使っても、この辺りに魔物などがいそうな感じはしない……。
……いったい、どういうことなんだ?