第140話「ニルルク村と、火山を守り続ける者たち(2)」
俺とテオとムトトは、ダンジョンと化してしまったザーリダーリ火山を進む。
火山中腹の村・ニルルクへ到着した俺達をまず出迎えたのは金属柱の残骸だった。
これもかつては立派な門だったらしいのだが、今となっては見る影もない。
村内の様子もだいたい似たようなもんだった。
見通しの悪い霧を進むと分かるのは、ゲームと同様、壊された建物が並んでいることだけ。といってもパッと見ただけじゃ商店だったのか民家だったのかすら見当もつかない、土台しか残っていないような家屋が大半だけどな。
時々襲い来る魔物を確実に倒しつつ村の奥へと進んで行くと、前方の霧の中から、1軒の存在感たっぷりな建造物が現れた。
大小様々な立方体を組み合わせた感じの建物には、上から下まで金属の管が入り組むように張り付いている。
扉には、各属性の魔石を思わせる4色の石を配置した歯車型の看板。
荒廃し切った村内において、唯一崩れることなく残っているこの建物こそ、正真正銘、本家の「ニルルク魔導具工房」だ。
大きな扉を開け、ムトトを先頭に工房内へと足を踏み入れる。
天井や壁には外装と同じく金属管が張り巡らされ、床は細かい模様入りの金属パネルが敷き詰められている。ただし外とは違い、室内には霧が発生していない。
ダンジョンに発生する霧は、ボスモンスターが持つ【魔誕の闇】――周辺の魔力を増幅し、攻撃的な魔物を生み出しやすくするスキル――発動の副産物らしい。
だから局所的に霧が薄い場所は、他より闇の魔力の影響が少ないエリアという事でもある。ゲームと同じなら、魔物はこの建物内までは現れないと思うが……用心しておくに越した事はないな。
「えっと、誰もいないっぽいね?」
「そうみたいだな」
きょろきょろ室内を見渡すテオと俺。
入ってすぐのこの部屋は、工房の受付にあたる場所だ。
ニルルク魔導具工房は質の良い魔導具を作ることで広く知られているだけあって、かつて――火山がダンジョンに変わってしまうよりも前――は、各地から訪れる客で賑わっていたという設定だった。
入口の向かい側には、その名残ともいえるカウンターや椅子がずらりと並んではいるものの、明かりもついていなければ、誰かががいそうな雰囲気も【気配察知】スキルへの反応も無い。
ゲームではこの状態のニルルク村を訪れても誰にも会うことができなかったし、攻略サイトで調べてもNPC等の目撃報告は一切無かった。
だがムトトをはじめル・カラジャ共和国に一時的に移住したニルルクの村民達によると、数人の村民が今もこの場所に残り続けているのだと言う。
事前に火山での動きを決めた際、途中ニルルク村へ寄ると決めた理由は主に3つ。
1つはムトトの希望で、今も村に残る村民の無事を確かめるため。
1つは途中で休息をとるため。
そしてもう1つの理由は、村民から情報を得るため。戦いにおいて情報は命とも言える。火山に留まる彼らならば、近辺の最新情報を持っている可能性が高いと俺達は考えたのだ。
「……ってことは事前情報通り、残るみんなはあそこにいると思っていいかな?」
「間違いなイ。『作業場』にて籠城しているはずダ」
ムトトの言葉に、ゴクリと唾を飲み込む俺。
ニルルク魔導具工房は、世界でも屈指の魔導具職人が所属していることで有名。
そして素晴らしい魔導具の数々が生まれる場所こそが、工房の作業場である。
だがここの職人達は揃いも揃って頑なであり、ゲームではどんな手を使っても――どんなにお金を積もうが、どんな選択肢を選ぼうが――勇者がニルルクの作業場へ入るなんて到底不可能だった。
関係者以外立入不可な作業場にて籠城しているわけだから、ゲームにおける現時点のニルルク村が無人扱いされているのも仕方ない。
まぁ既に先日、ル・カラジャ共和国内の“仮のニルルク村”に併設された工房支部の作業場へはお邪魔させてもらうことができた上、村民達から生産にまつわる貴重な話を多数聞く事ができたわけだけど……やっぱり“あの本店の作業場”ってかけがえのない特別感があるよな!
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俺達は早速、魔導具工房の奥へと進むことにした。
受付カウンターの向こう側にある扉――ゲームでは決して開けることができなかったあの扉――を開けると、先の見えない真っ暗な下り坂の通路が延びている。
テオの火球で周囲を照らしつつ、しばらく坂を下っていく。
右に2回、左に1回曲がったところで。
テオが得意げに、火球を前に突き出した。
「……てなわけでタクト! これが作業場の入口だよっ」
小さな明かりに照らし出されたのは、通路にあった他の扉とは造りが全く違う両開きの重厚な扉。
外の看板と同じく4属性の魔石が嵌め込まれているし、たぶん扉自体が魔導具になっているんだろう。
先頭のムトトがゴーグルを装着すると、扉の『火の魔石』が淡く輝き、赤く燃える特大の魔法陣――世界で最も防犯効果が高いとされている魔法陣タイプの錠――が空中に出現。
ル・カラジャ支店の作業場のそれと同じ手順で正解追加模様を描き加え開錠したムトトは、そのままゆっくり扉を押した。
薄暗いけど通路と違ってほんのり明かりがついている。
見渡してみるも、人の姿は無さそうだ。残る村民達はどこにいるんだ?
学校の体育館がすっぽり入ってしまいそうなほど広く天井高めな部屋には、サイズもまちまちな机やら椅子やらアイテムやらがあちらこちら無造作に置かれていた。
ある棚には古びた分厚い本がぎっしり並び、その隣の金属箱に詰まっているのは毒々しい原色な液体入りのガラス瓶。
ゲームでもおなじみな生活用魔導具の数々だけでなく、一見しただけじゃ何に使うかも分からない作りかけっぽい骨組みらしきものも多数放置されている。
だけどそれ以上に気になるのは。
中央空間の床から天井までをドカッと占める金属製の巨大な物体。
まるで吸い寄せられるかのように、1歩、2歩と近づいてみる。
近づけば近づくほど、存在感に目を奪われる。
歪なようで規則的にも思えてくる、何とも不思議な形状のゴツい塊。
たぶん何かの装置っぽいな。
よく見ると何かの機構らしきものがいくつも取り付けられているし、装置から延びるように設置された金属管もかなりあるようだ。
……近くで観察したい。
とめどなく溢れる好奇心を抑えきれず、さらに踏み出そうとした時だった。
――ビカッ!
巨大装置が光った。
その強烈な赤い輝きに身構えた瞬間。
――シュボォーーーーッ!!
「のわッ!」
轟音と共に噴き出したのは、大量の白い気体。
装置から延びる管という管から、天井めがけて生み出される凄い勢いに驚いた俺は尻餅をついてしまった。
尻餅をつきつつ装置を見上げる。
10秒ほど激しく揺れつつ噴き出し続けたところで、装置の動きがトーンダウン。
そしてそのまま消えるように噴出を終えた。
帰ってきたのは元通りの静けさと薄明かり。
さっきまでの暴れっぷりが噓みたいだけど、部屋の上半分に目線をやれば、現在進行形で痕跡――対流している大量の白い気体――が残されているあたり、嘘じゃなかったと言い切れる。
「だいじょーぶ?」
のぞきこんでくるテオ。
「あ、ああ……」
こちら目掛けて直撃したわけじゃないし、別に直接的なダメージは無い。
だけど前触れもない“不意打ち”は心臓に悪いって。
「……にしても、今のは何だったんだ?」
俺がたずねると、テオが首をかしげつつ答えた。
「ん~っと……恒例行事、かな?」
「確かに1日1度の恒例であることには違いなイ」
「あんな激しいのが毎日?」
「そーだよ! だってあの魔導具はね――」
――プシュー……
何かを言いかけたテオを遮るかのように、装置から再び音がした。
先の轟音とは違い気の抜けた音だったが、反射的に立ち上がって身構えてしまう。
巨大装置の一部が、パカッと開く。
いわゆる“跳ね上げ式ドア”というやつだ。
ガチャガチャとした金属音が聞こえたかと思うと、ドアの向こうからずらずら出てきたのは、2人の大型獣人達。
「ひっさしぶり~~♪」
テオが間髪入れずに彼らの元へ駆け寄る。
だが先頭の熊型獣人は強張った顔を崩すことなく、冷たい声で言い放った。
「……悪いガ、今は再会を喜び合う余裕は無イ」
「え?」
ぴたっと動きを止めるテオ。
もう1人の猪型獣人も同様に緊張した面持ちの模様。
熊型獣人がこちらを見渡しながら言う。
「テオに、ムトト…………ン? 見慣れぬ顔だナ。奴は何ダ?」
奴……? あ、俺のことか。
ひとまずは無言でぺこりと頭を下げておく。
「私が説明すル。この者は名をタクトといイ――」
「名前など聞いておらん」
「この者の立ち入りにおいて、工房の長の許しを得たのかと尋ねておるのダ」
「そ、それハ……」
言いよどむムトト。
「おいムトト!!! 長に断りも無ク、神聖なる作業場へ部外者ヲ立ち入らせるとは良イ度胸だナ?!」
2人組の顔色が変わり、声を荒らげズカズカと近づいてくる。
思わず硬直してしまう俺。
「それはすまなイ。しかし今は急を要す事態、この者ならば問題ないと判断シ――」
「愚か者ッ!! お主如きに判断の資格など存在せン!」
「急を要すればこそ、余所者を立ち入らせるなどありえんだろガ!」
俺をかばうようにムトトが前に出るが、激しく叱責してくる大型獣人達をなだめられる気配はない。
テオと顔を見合わせる。
俺と同じく困惑の表情を浮かべているあたり、こいつも解決策は浮かんでいないみたいだな。
「……おイお前ラ、五月蠅いゾ」
2人に遅れることまもなく、もう1人の若い獣人が巨大装置から姿を現した。
途端に慌てて彼を囲み、ぺこぺこ謝罪し始める大型獣人2人組。
ふんぞり返って不機嫌そうな顔をしている3人目の小型獣人。
外見だけなら華奢で小柄な1人より、がっしり大柄な2人のほうが年齢も上に見えるし腕力も強そうだしということで、何も知らない人からすれば違和感を覚えるかもしれない。
だが、こういう絵面になってしまうのも無理はない。
艶っぽい茶色の毛並みを持つ、鋭い目つきの栗鼠型獣人。
名前は『ネグント・ニルルク』という。
年齢は10代後半と若いにも関わらず、ニルルク魔導具工房の工房長を務めている。
つまり現在、この工房で最も偉い人物というわけだ。
さらに言うとゲームにおいて生産系スキルを習得させてくれる唯一のキャラでもあり、俺が「目標達成のためにいつかは会わねば」と思っていた人物の1人でもある。
「……それでお前ラ。揃いも揃ウて、何を騒いていたのダ?」
「俺だよ俺っ!」
質問に答えたのは獣人達ではなくテオだった。
強張っていたネグントの顔が少し緩む。
「なんだテオか、久しいナ。元気に過ごしていたカ?」
「うんっおかげさまで!」
「おヤ。共に居るのは我が同士、ムトトではないカ。今は遠きル・カラジャの地に住まう、誇り高きニルルクの民はどウしているのダ?」
「皆、変わりはなイ」
「そウカ。それは幸いであるナ……」
テオ、ムトトと順に挨拶を交わしたネグントは、おもむろに俺へと視線を向けた。
「……で、お前は誰なんダ?」
「はじめまして。俺はタクト・テルハラといって――」
「長ヨ、近づいてはならン!」
「此奴は断りも無く我らが作業場へと侵入した不審者であル!」
俺を遮り、ネグントを守るように立ち塞がる大型獣人2人組だったが……。
「黙レ。不審者か否かを決めるのハ、長であるこの僕の役割ダ」
「だガしかシッ――」
「黙レと言うておル」
瞬間。
小柄な体から放たれたのは、突き刺すような威圧感。
獣人2人はそれ以上言葉を発することなかった。
あんなにヒートアップしていた獣人達を一言で黙らせるあたり、さすがはニルルク魔導具工房を束ねる長といったところか。
まず2人に「先に作業へ戻レ」と指示を出すネグント。
彼らはおとなしく従い、作業場の奥のほうへと向かっていった。
仕切り直すように、ネグントが俺達へと向き直る。
「……ムトト、それにテオ。僕はお前らを信頼していル。そこの人間族は初めて見る顔だガ、お前らが連れてくるといウことは悪い者ではあるまイ。ムトト立ち会いの下に限リ、我がニルルク魔導具工房の作業場へ立ち入ることを許してやル」
「ありがとー♪」
「感謝すル」
「ありがとうございます」
「本来ならば遥々訪れた客人を歓迎してやりたいところではあるガ、あいにく今は忙しいんダ。この作業場に用があるなら勝手にお前らで済まセ、即時退散するがよイ」
「この状況下で多忙とは、何か起きたのカ?」
「まァナ……というわけで失礼すル」
ネグントは軽く溜息をつき、獣人2人を追って作業場の奥へと向かおうとする。
「待って! もう少し話せない?」
テオの呼びかけに、眉間にシワを寄せて振り返るネグント。
「こちらそれどころではないのだガ」
「だよね。だからもし可能ならでいいから、5分……いや、3分だけでいいから時間をもらえないかな?」
「ネグントよ、私からも頼ム。我々ニルルクの民の命運に関わることなのダ」
「命運? ならば僕の抱える件はニルルクの命運そのものであル。本音を言えばこの1分1秒が惜しいのダ! 今度こそ失礼すル」
ムトトも会話に加わるが、静かに苛立ちを募らせるばかりのネグントを引き留めることはできず。彼は再び作業場の奥のほうへ歩き出した。
この状況だと情報を貰うのは厳しそうだ。
なんか忙しいみたいだし……あんまり邪魔しちゃ悪いよな。
情報収集を諦めた俺が、いったん部屋を出ることと提案しようとした時。
諦めが悪い男が暴挙に出た。
「待ってネグント! ここにいるタクトが勇者だとしても、話す時間はもらえない?」
「「「?!」」」
爆弾発言に目を見開く俺、テオ、ネグント。
「ちょっ、テオ?! なんで勝手にばらしてんだよ!」
我に返った俺はテオに食って掛かる。
「だってあのままじゃさー、なんか話が進まなかったじゃん」
「それならそれで撤退すればよかっただけだろ?!」
「だけどせっかくなら情報はあったほうがいいよね?」
「そうかもだけど! 俺の正体をばらしてまで――」
「ふぅン。『正体をばらしてまで』といウことハ、嘘ではないと自ら認めたわけダ。お前が勇者だといウことヲ」
「う……」
戻ってきたネグントの指摘に言葉を失う。
やっちまった。自分で墓穴を掘ったようなもんじゃないか!!
「……気が変わッタ。話す時間を作るとしヨウ」
笑みを浮かべる工房の長・ネグント。
「でもネグントさん、今は忙しいんじゃ――」
「お前が勇者ならば話は別ダ」
「それってどういう意味ですか?」
「さアナ。だガ話をすれバ、お前も理解できるやもしれぬゾ?」
「はぁ……」
正体を明かしたことが吉と出るか凶と出るかは分からない。
だけど結果として、ネグントに話を聞いてもらえそうな空気にはなった。
……とりあえず、やれるだけはやるしかないな。