第118話「砂漠の黄金馬」
毒鼬の穴蔵にて無事にスキル【毒耐性】の習得に成功した俺は、落ち着いたところでテオと共に穴蔵近くの宿場町の宿屋へ戻った。
この宿場町では、穴蔵で入手可能なレアアイテム絡みで今でも需要があることから、宿屋だけでなく貸馬屋も営業中だった。
ただしピークより利用者が激減している点を理由に、レンタル料金は非常に割高。とはいえ無理やり徒歩で進むより馬に乗ったほうが安全性は遥かに高いため、俺達は次の宿場町まで馬を利用することに決めた。
宿屋へと一泊した翌朝。
強烈な日差しが照りつける中、貸馬屋で借りた馬2頭に分かれて乗った俺とテオは、見渡す限りくすんだ黄土色の岩石砂漠な街道を進み出した。
初めて俺が馬に乗ったのは、エイバスから小鬼の洞穴に向かった際のこと。
最初は戸惑っていた乗馬初心者の俺だったが、皆の配慮で温厚な馬を貸してもらえたり、テオやウォードやダガルガに乗り方のコツを教えてもらえたりしたおかげで、数十分もすると落ち着いて乗りこなせるようになったのだった。
俺にとって、本日は、人生2度目の乗馬である。
宿場町の貸馬屋が手配してくれたのは、通称『砂漠の黄金馬』と呼ばれる、暑い地域では一般的な品種の馬。
鬣や尻尾はフサフサとしっかり生えている。
切れ長な瞳を携えた真っすぐな細身の頭に長い首、ほっそりした胴体や足と、全体的に華奢めな体型ではあるものの、実は暑さに強く持久力にも優れているため、砂漠を行くのにぴったりな品種なのだ。
黄金馬の特徴は、何といってもその色だろう。
最初に俺達が薄暗い馬小屋の中で目にした時は、淡い黄色に近い落ち着いた色合いをしていた。
それが小屋の外へ出ると、馬達の滑らかで艶やか過ぎる毛並みが太陽光を受け、全身が上品な金色に輝いて見える。その立ち姿は「純金製の像だ」と言われても疑う者がいないのではと思うほどに美しい。
だが、不思議なことに。
灼熱の岩石砂漠の中へと踏み出し歩き始めると、その動きに合わせ、磨き上げた金属のように滑らかな毛並みへ景色が反射し映り込むことから、遠くから眺めた場合、馬達は砂漠の一部であるかのように周囲へ溶け込んで見える性質を持つ。
これこそが『砂漠の黄金馬』という通称の由来なのだ。
なお金色に輝く毛並みおよびカモフラージュ性を保ち続けられるのは、貸馬屋達の絶え間ない努力の結晶と言えるだろう。
その昔、金色に輝く馬を偶然発見した1人の貸馬屋が、輝いて見える理由が『この大陸の馬特有な毛色』と『滑らかすぎる毛並み』にあるのを突き止めた。
他の馬達にもその素晴らしい性質を持たせるべく、与える餌や、ブラッシングなどの手入れを工夫し、馬の毛並みを滑らかに保つことで黄金色に輝かせる技術を確立。
この技術は周辺へと徐々に広まり、現在砂漠地域の貸馬屋では、貸し出す馬全てが黄金馬である店が基本となっているのだとか。
ゲームでも黄金馬は大人気だった。
黄金馬を借りては、各所でスクリーンショットや動画を撮りまくるプレイヤーは少なくない。
中にはお金を貯めて砂漠の貸馬屋自体を1軒買い取り、黄金馬に似合う馬具を作って装着させたり、金色の馬車を作って黄金馬に引かせて楽しんだりするコアな強者プレイヤーの存在も。
俺自身はゲームにおいて、戦闘や魔術などの他の要素に比べれば、そこまで貸馬屋や馬関係をやり込んでいたわけではない。
黄金馬に関しては特にイベントも発見されていなかったこともあり、せいぜい人並みに黄金馬が走る姿を何度かスクリーンショットで収めた程度。
だがそんな俺でさえも見入ってしまうほど、砂漠を行く黄金馬は美しかった。
金色に光り輝く美しい毛並みや、優雅な佇まいなどが合わさり醸し出される圧倒的で力強い存在感には、荘厳さすら感じてしまう。
その日の夕方には、次の宿場町へ到着した。
宿場町の門の前で馬から降り、貸馬屋で教わった通りに合図を出すと、2頭の馬は来た道を颯爽と駆け戻っていく。
茜色の夕陽を受け、燃え立つように真っ赤に染まる黄金馬はまた格別だった。
俺は思わず、街道を走り去る馬達が小さく見えなくなるまで、その姿に見とれ続けてしまった。