第115話「耐性スキルと、毒鼬の穴蔵(4)」
『毒鼬の穴蔵』へと足を踏み入れていく俺とテオ。
穴蔵に入ってしばらくは、緩やかな下り坂が続く。
どこを向いてもゴツゴツの岩だらけ。
足場も決して良いとは言えず、油断すると割れ目・飛び出た岩などに足を取られて転んでしまう可能性だってあるだろう。
テオを先頭に、距離を置かず俺が続く形で、慎重に先へと歩いていく。
穴蔵の奥に進んでいくと、徐々に涼しく、ジメジメと湿度が増すのが分かる。
だがそんな事より、何といってもこの穴蔵の特徴は『暗闇である』ということだ。
外部から太陽光が差し込んでくる入口付近は、まだ多少明るい。
しかし数十mも進むと、辺りは真っ暗になってしまう。
にも関わらず冒険者達の間には、2つの『暗黙の掟』があるのだ。
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●掟その1
毒鼬の穴蔵では、決して大きな音を立てるべからず。
●掟その2
毒鼬の穴蔵では、決して明かりを灯すべからず。
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もし掟を破ってしまうと、世にも恐ろしい事態を招くと言われている。
テオに確認したところ、ごくまれに――数年に1度あるかないか程度――うっかり掟を破ってしまう冒険者がいるらしい。
かつてムトトに護衛を頼んだのは、高額で売却可能な毒紅菊の実の横取りを狙う『冒険者の皮を被った盗賊』から自衛するためというのが最も大きいが、運悪く『掟破り』に巻き込まれてしまった場合に備えるためという理由もあったからなのだとか。
なおゲームの毒鼬の穴蔵にも、同じ内容の掟が存在。
俺も興味本位で1度だけ、穴蔵内で明かり代わりの『光球』を灯してみたことがある。
その瞬間……穴蔵内は、阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
俺達のパーティは命からがら脱出に成功したけれど、同時に穴蔵に潜っていた他の冒険者パーティのうち、いくつかはそのまま全滅してしまった模様。
ゲームとはいえ、さすがに申し訳なさで一杯になった俺は、その後の周回では絶対に掟を厳守すると決めたのだった。
さて『大きな音を立てるべからず』という掟はともかく、『明かりを灯すべからず』という掟を守った状態で、この真っ暗な穴蔵の中をどうやって進めばよいのか。
その解決策の1つが、スキル【暗視】。
発動すると、暗闇でも周囲を見ることができるようになるスキルである。
穴蔵に潜った直後から俺もテオも、いつもの【気配察知】と共に【暗視】も合わせて常時展開しているため、明かり無しでも歩けるのだ。
元々俺達は今回、毒鼬の穴蔵へ来る予定は無かった。
トヴェッテでのスライム狩りのおかげで資金に余裕はあるし、わざわざ危険に飛び込む必要はないと思っていたからだ。
だが俺が持つスキル【技能習得心得】に『スキル習得成功確率が劇的に上がる』という凄い効果があると判明したことから、急きょ「この穴蔵で習得可能なとあるスキルを、今のうちに覚えておいたほうがいいんじゃないか」という話に。
そこで、あらかじめ俺が【暗視】スキルを習得しておく等、道中で少しずつ穴蔵へ潜る準備を進めていたのである。
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潜り始めてから数分が経過。
俺達は変わらず慎重に穴蔵の通路を進み続けている。
「ところで、【暗視】の調子はどうだい?」
辺りを警戒しつつ先頭を歩くテオが小声でたずねた。
俺は少し考え、同じくボリュームを絞った声で答える。
「……たぶん……問題ないと思う」
スキルLV1の【暗視】では、霞んだ状態でしか周囲を見ることができない。
視界に映る世界は、全てがモノクロ。
言うなれば、安くて解像度が荒めな赤外線カメラの映像を観ているような感覚だ。
スキルLVが上がると、上がった分だけ視界が鮮明になる。
ゲームにも【暗視】スキルは存在していて、夜間や暗闇での移動時に便利だったことから、俺も時々使用していた。ぼやけ気味な視界でも違和感なく動けているのは、たぶんその頃の慣れのおかげだろうな。
「ならよかった。あとは戦ってみてどうかってのは気になるかなー」
「ああ……今のところまだ、魔物の気配は無さそうだな」
「毒イタチが生息してるのは、ほとんど穴蔵の最深部だからね。たぶんドロップ品が目当ての他の冒険者達も、最深部のほうをうろついてるだろうしさ」
毒鼬の穴蔵の中は意外と広く、複雑な構造だ。
岩壁の通路が入り組み、所々が少し大きな部屋状となっている。
奥に進めば進むほど場に散らばる魔力が濃くなり、毒イタチ出現率も格段に上昇。
そのため腕に自信がある冒険者達にとっては、効率よくドロップ品を手に入れるため、穴蔵に入ったらすぐに最深部へ直行するのが普通だ。
ただし俺達がここにきたのは、資金を稼ぎたいからじゃない。
あくまで目的はスキル習得のみということで、比較的安全な入口近くの浅め部分より奥に進むつもりはないんだよな。
「……何にしても、他の冒険者が近くに居ないのはありがたいな」
「だね。そのほうがトラブル起きにくいもんっ」
「「あ」」
ここで2人同時に何かに気付いた。
「……いるな」
「うん、いるね……」
【気配察知】に1匹の魔物が引っかかったのを確認した俺とテオは、小さくうなずき合う。
そして足音を殺しつつ、ゆっくり対象へと近づき始めたのだった。