第113話「耐性スキルと、毒鼬の穴蔵(2)」
クオカラの街を発った俺とテオ。
あまりの暑さによる想定外のトラブルに見舞われながらも、日没ギリギリには何とか最初の宿場町へと到着した。
この大陸には魔物凶暴化の影響で過疎化し、機能が停止してしまった集落も多い。
しかし局所的に変わらず栄えている街や村が存在するのもまた事実。
そして栄え続けている場所には、“それだけの理由”が何かしらあるもの。
例えば、現在俺達がいる宿場町の場合。
レアな素材アイテムを入手可能な『毒鼬の穴蔵』という狩場が街の近くに存在し、レアアイテム目当ての冒険者や商人達が集まっているので、稼働を続けることができているのだという。
俺とテオがこの町を訪れることにしたのは、稼働中の街道沿いの宿場町の中で、最もクオカラの街から最も近かったから。
そしてついでに毒鼬の穴蔵にて、とあるスキルを習得したいとも考えているのだ。
さて、この宿場町は十数軒の建物があるだけと非常に小さな街だ。
街の周りを囲む塀も、街の中の建物も主に『日干しレンガ』で作られていて、周りの岩石砂漠と同様くすんだ黄土色1色。
日干しレンガは水・砂・粘土・干し草などを混ぜて成形し、日光で乾かして作る建築資材であり、配合や乾かし方に応じて強度も変わる。
俺達が泊まる宿屋にも、日干しレンガが多用されていた。
この世界に来てから、木・石・焼成レンガ・モルタル・コンクリートなど、様々な素材で作られた建物を目にしてきたけど、日干しレンガ造りの建物を実際に見るのはこれが初めて。
あてがわれた客室に入り、備え付けの火の魔導具に魔力を籠めて明かりをつけたところで、俺は部屋の中を見回した。
天井はそこまで高くない。
建物の外と同じく壁は日干しレンガで、触ってみると意外と硬くヒンヤリする。
入口扉や、置いてある椅子やベッドは木製。
ベッドにかかっているのは、大きな鳥と花の絵が鮮やかな色で染め抜かれた布。
窓にガラスは無いけれど、かわりに草花を模った少々太めのワイヤー細工のような鉄格子がはめられている。
ゲームにおいてこの大陸の内陸部の建築物は、俺達が泊まっている宿のように、日干しレンガ造りの1階建てが大半だった。
日干しレンガで作られた建築物が広まった理由としては「内陸部には木があまり生えておらず、建築資材として自由に使えるのは土や砂が主であった」「低LVの生産系スキルでも、それなりの物が作れる」「雨がほとんど降らないため、日干しレンガが溶ける心配が無い」「日干しレンガを使用した建築物は熱を吸収しやすく、また吸収した熱を非常にゆっくり放出する性質があるため、建物内部が涼しく保たれる」など様々で、とにかく暑く乾燥したこのあたりの気候にぴったりな建築資材らしい。
室内を眺めているうち、そんなゲームでの設定を思い出す。
そういえば先程まで居た野外は太陽が沈んだばかりでまだまだ気温が高かったにも関わらず、部屋に入った途端に体感温度がグッと下がった気がするな……。
「……日干しレンガの建物の中って、ほんとに涼しいんだな」
思わず俺がつぶやくと、テオがうんうんとうなずいた。
「不思議だよねー。風の魔導具も無いし、窓も開きっぱなしなのにさ!」
「ああ。外の暑さが嘘みたいだよ」
この世界では、日本でいうエアコンの代わりに、【風魔術】の空調――適温の風を発生させる術式――や、空調を閉じ込めた魔導具を使って室内を適温に保つことが多い。
だがこの灼熱の岩石砂漠周辺は『火の魔力』が豊富なため、他の地域に比べて非常に気温が高くなっている。
そのため植物が育ちづらいほか、 空調の効果も薄いと言われているのだ。
もちろんテオの持つ『ニルルクの究極天蓋』のように、最高級魔石や最上級魔術を惜しまず使えれば話は別だけど、大多数の人々はそんな贅沢品に手が出るはずもない。
そこでこの地域の人々は、風の魔術に頼らずとも十分涼しく快適に過ごせるだけの設備を考案し改良し、そして技術を次代へと伝え続けてきたのだ。
何代も受け継がれてきた技術の中に深く深く刻みこまれた歴史の流れを感じながら、俺はしばらく日干しレンガの壁を観察するのだった。